騎士の奮起
突如として岩陰から人影が跳躍し、手にしたハルバードを斜めに振り下ろしてきた。難なくかわすギデオン。剛風がうねり、激突した斧刃が地面を爆砕。
「……リーネ・シュネービッチェンか」
うっそりと、ギデオンはつぶやく。
そこには、紅いコートと木蘭色のレギンスを纏う女騎士の姿があった。破壊的なまでに豊満な双丘をゆさりと揺らし、立ち上がる。
「お久しぶりです。ギデオン・ダーバーヴィルズどの」
「あぁ。百年ぶりか。お前がシュネービッチェンの家督を継いでいたとはな。アーブラスも妙なことをする」
「ギデオンどの。わたしは武人として、父と同じくらいあなたを尊敬していました」
ハルバードを回転させ、瞬時に構え直す。両腕に挟まれた乳房が煩わしげに身じろぎした。後ろで結わえられた青紫の髪が、艶やかに踊っている。
「……しかし、今ではあなたを討つことに躊躇いはないッ! 国賊よ、神妙にいたせッ!」
凛冽な啖呵。しかし。
「……ふっ、クク……」
「なにがおかしいッ!」
「引きずり出されてきた、といったところか。せっかくの不意討ちの好機、そこの男を救うために使い潰すとはな」
「くっ……」
「なるほど、見ない間にシュネービッチェンの斧槍術を能く修めたようだが、お前一人が出張ってきたところで状況が変わると本気で思っているのか? 私に勝つ気でいると? ずいぶんおめでたい楽観だな」
「黙れッ! 陛下と妃殿下らの哀しみも知らず、ぬけぬけと……!」
「……知らぬとでも思っているのか。そして、私がそれに対して何も感じておらぬと、そう思うのか」
瘴気が、溢れ出す。闇色の焔のように盛大に燃え盛った。
リーネの貌に、隠しきれぬ恐慌の色が走る。
ギデオンは、鼻で嗤った。
「そう怯えるな。殺す気はない。お前もまた、私にとっては庇護対象ゆえにな。だが邪魔立てするなら少々乱暴に寝かしつけることになるが、構わんな?」
「……いいや、この場で成すべきは、あなたと戦うことではない」
「なに?」
「おおおおおおおおッ!!」
裂帛の咆哮とともに、リーネは神統器〈異薔薇の姫君〉を渾身の力で投擲した。
狙いはギデオン――ではない。
白いローブの少年に向けて、神代の武装が猛然と宙を突き進んでゆく。
「へえ、そうきたか」
〈道化師〉は悠々と掌をハルバードに向けた。
だが。
「っ! 重い……!?」
止まらない。担い手の意志で自在に質量を変化させる〈異薔薇の姫君〉は、加速度がついたのちに超重量化した場合、重さが理由で速度が鈍るなどということはない。その運動量は人族が最近運用し始めた大砲をも凌駕するであろう。
だが、〈道化師〉は意外に俊敏な身のこなしでハルバードの突入軌道から逃れた。普段の悠然たる様子からは考えられない、突発的な回避。一息つく間もなく、その目の前にリーネが現れた。
ギデオンをして、あまりに意外な事態に反応が遅れた。
――何だ?
雄たけびを上げながら少年に飛び掛かるリーネの手には、神統器が戻ってきている。
つまり、なんだ? 超重量化して大砲以上の運動量を得たまま、担い手のもとへ戻ってきたと? 女騎士はそれに掴まり、一緒に宙をカッ飛んできたと? 神統器にそのような運用法があるとは。
だがそれも意味がない。振り下ろされた刃をバックステップで避けた〈道化師〉は、砕け散った大地が吹き上げる土煙ごしに拘束術式を放つ。詰みである。
粉塵が風に吹き散らされ、リーネの姿が現れる。〈異薔薇の姫君〉を大地に叩き込んだ姿勢のまま、微動だにしない。
「残念でした。拘束術式は二人まで止められる。せっかく出てきてもらって恐縮だけど、あなたの勇気は全部無駄――」
「魔力操作――身体施呪!」
瞬間、騎士の総身より魔力が充溢し、立ち昇った。
そして、彼女は突進した。
目を剥く〈道化師〉。
「馬鹿な……いや、なるほどね……!」
直後に繰り出された閃撃を屈んでやり過ごす。
リーネの胸がひとりでにゆさりと身を振り、反動で重心変化。通常の武術ではありえない軌道の第二撃が大気を引き裂く。
だが〈道化師〉はこれも側転して回避。続く暴風のごとき連撃も、木の葉のような身のこなしでかわし続ける。
ギデオンは瞬間移動し、リーネの後頭部に向けて〈黒き宿命の吟じ手〉の柄を振りかざした。
「油断大敵だな」
「――テメーがな」
その一撃を受け止めることができたのは、単なる僥倖に過ぎない。闇色の魔剣に、その天文学的威力の九割九分を吸収させ、残った残滓をもって間合いをとる。
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