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新しい毎日が 降り注ぐ どんな空にも

  目次

 ――リーネと一緒に、朝ご飯を獲りに行ってるわ、ねぼすけさん。

「うー……」

 錬金登録兵装、特に穿界神槍エンテウクシスは行使に多大な消耗を伴う。別に惰眠を貪っていたわけではないのだが、そんなことをいちいち説明するのもなんだかかっこ悪いような気がした。

「い、いつもはもっと早起きでありますよ……っくしゅん!」

 くしゃみも出る。
 すると、体を柔らかな感触が包み込んだ。シャーリィがマントの前を広げ、フィンを中に引き入れたのだ。

 ――部屋に上着があったはずだけど、気づかなかった?

「そうだったのでありますか? じゃあ取ってくるであります」

 身を翻そうとすると、ぎゅうぅぅぅぅぅ~っと抱きしめられて阻止された。
 絹の衣服と彼女の肌が、滑らかな感触を伝えてくる。温かいミルクの中に身を浸しているような気がした。
 どこか、縋りつかれているような気がして、フィンははっとなった。
 純粋にこちらのことを思ってなにくれとなく優しくしてくれる総十郎とは異なり、フィンを抱きしめることそのものが彼女にとっての救いになっているように感じた。
 声を喪い、エルフの女性にとっても生涯の目標とも言える出産権すら得られなくなった。
 それら重い代償と引き換えに得たこの温もりを、全霊で感じたい――そんな彼女の内なる気持ちを、背中に回された細い腕の震えから受け取った。
 胸の中で、気持ちが膨らむ。この人のために、なにかしてあげたい。
 だからフィンは、シャーリィの背に手を回し、抱きしめ返した。胸の中に、包み込むように。
 そして、昨晩総十郎に言われた「方策」を思い出す。
 今こそそれを実行に移すべき時なのだと。

「……シャーリィ殿下?」

 膨らんだ気持ちを吐き出すように、囁きかける。
 巨きな碧眼が、視界いっぱいに広がる。
 同年代の子供と遊んだ経験なんてないから、なんだか恥ずかしいけれど、意を決して言う。

「小官と、その、ともだちになってほしいであります」

 言った。言えた。オークを殲滅するよりも、カイン人を殲滅するよりも、ずっと尊いことを成せた気がした。
 目をぱちくりさせて驚いたような彼女の様子に、不安を覚える。

「えっと、だめ、でありますか……?」

 ふるふるっ、と元気に首を振る少女。うねる黄金の髪が、フィンの鼻先をくすぐった。

 ――ありがとう。うれしい。

 こっつんと額を合わせる。

 ――わたしがこの世界でのフィンくんのともだち第一号ねっ。

「あ……ごめんなさい。ソーチャンどののほうが先なのであります」

 ぷくーっ、と頬を膨らませるシャーリィ。

 ――もー、そういうことは黙っておくものよ。

「うぅ……?」

 自分から友達を作ったことなどないフィンは、機微がよくわからないのであった。

 ――フィンくん、まずは小生のような友達をたくさん作ると良い。
 ――相手を待ってゐるようではいかん。これはという人物に、自分から友達になりたい旨を切りだすのだ。
 ――そうして、そうだな、この世界で最低十人の友達を作ること。そうすれば、君の胸の中に「献身」以外のものが溢れだすことであろう。最初は戸惑うかもしれぬが、なに、小生がついておる。なんでも相談してくれたまえ。そうした上で、君が生涯の道をどう定めるか。それこそが重要なのだよ。

 最低、十人。
 それは、〈鉄仮面〉の次なる襲撃から王国を守り抜くことよりもずっとずっと、すてきに輝く目標であった。

 ――それじゃあ、三人が返ってくるまで、ともだちらしくおしゃべりしましょ?

 そう告げてくる姫君に、フィンは零れるような笑みを浮かべた。

「はいっ」

 朝靄の中でキラキラと陽の光が乱反射し、まるで夢の中にいるみたいだった。
 徐々に明るくなってゆく世界の中で、フィンは抱きしめる/抱きしめられる感触を、切なく透明な気持ちで受け入れた。
 澄んだ小鳥の囀りが、どこかでフィンを祝福していた。

 ●

 それからの日々は、フィン・インペトゥスにとって、生涯の宝物と言うべき期間だった。

「レッカどのレッカどの! おともだちになってほしいでありますっ!」
「あー? よろしくしてやってもいいけどよ、ダチだからっつって寿命三十年代踏み倒せると思うなよテメー」
「えへへ、了解でありますっ!」

 美しく優しい巨大樹林の中で、爽やかな香気と、多様な禽獣、そして長閑な長命種――エルフたちに囲まれて過ごす日々。

「リーネどのリーネどの! わわ、どうされたでありますか!?」
「うぅ~、わたしが最後ってちょっと納得いかないですっ! 特にレッカより後というあたりがっ」
「もがが、い、いや、順番なんて関係ないでありま……もがもが」

 火の熾し方を学び、獣たちが残す痕跡の見分け方を学び、リーネやシャイファ殿下らと一緒に森を駆け回った。

「フィンくん、最近はシャラウ陛下のところによくお邪魔してゐるようであるな。」
「オブスキュアの歴史や伝承を勉強してるでありますっ!」
「うむ、感心なことだ。」
「マジかこいつ……マジで誰に言われたわけでもなくベンキョーなんかしてんのか……え、どしたん? なんか嫌なことでもあったん?」
「いや、あの、なんで急にカウンセリング風な感じになってるのでありますか?」
「お前だっておかしいだろうが!!!! 十歳のガキが自発的に勉強とか明らかに何かの精神疾患だぞ!!!!」
「お主がどのような学徒であったかが如実に想像できる発言であるな……。」

 すれ違うエルフたちは皆、フィンを見ると何くれとなく話しかけてくる。構いたくてしょうがないようだ。

「おやフィンくん。今日も狩りに行くのかい?」
「今日はキノコ狩りを教えてもらうであります。たくさん採れたらお裾分けするでありますっ!」
「そりゃ楽しみだ。気を付けて行っといで」
「フィンく~ん♪ お菓子焼いたのっ! おひとつどーぞ♪」
「わぁ、ありがとうであります! むぐむぐ。あまーい!」
「どれどれ…………いや、これはいくらなんでも甘すぎるだろう」
「いいんだもーん! フィンくんが喜んでくれるように特別甘くしたんだもーん!」
「フィンくん……虫歯にはくれぐれも気を付けるんだ」

 彼らと一緒に一緒にごはんを食べたり、魚釣りをしたり、様々な祈り唄や伝承を聞かせてもらったり、お菓子作りをしたり。

「シャイファ殿下、一雨きそうであります。いったん追跡は中断して、キャンプに戻ることを進言するであります」
「うー、もう少しで大槍鹿の群れに追い付けそうなんだけど……」
「雨の間は彼らも移動しないはずであります。ずぶ濡れで風邪をひいちゃったら狩りどころではないであります」
「仕方ないか……うん、戻りましょ」
「了解でありますっ!」
「ところでフィンくん、最近いろんな人とともだちになってる感じじゃない?」
「はいっ! すでに目標人数を大幅超過であります」
「えっと、その、もう増やすつもりは、ないの?」
「シャイファ殿下、小官とともだちになりたいのでありますかっ?」
「べ、べ、べ、べつにそんなんじゃないわよっ! 勘違いしないでよねっ!」
「そうなのでありますか……ご、ごめんなさいであります……」
「あ、いや、あの、その、な、なりたくないこともないというかっ!」
「???」

 暗灰色の荒野と、鋼鉄のアルコロジーによって構成された世界から来たフィンには、何もかもが初めてで、何もかもが輝いて見えた。

 ――この日々を、自分は生涯忘れない。

 そう、実感した。

【続く】

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