マジナヒ、こは物実を構えて、
「橘の小戸の身禊を始めにて今も清むる吾が身なりけり、千早振る神の御末の吾なれば祈りし事の叶わぬは無し。」
五人の祭祀とシャラウも唱和する。事前にみっちり練習しておいたので、発音に不足はない。
「招ぎ奉る此の柏手に恐くも来たりましませ薬師の大神。」
柏手を打つ。瞬間、砦樹に霊威を帯びた衝撃が走る。
それは雷に打たれたかのような激震。穏やかな森の意志とは異なる、強壮にして苛烈なる魔縁調伏の神気が満ちる。
「神皇産霊神、高皇産霊神、生産霊神、足産霊神、玉留産霊神、大宮能女神、御食津神、事代主神、直日神、普留御魂神、此の神床に願い奉るヱルフの御国に寄り来たり給いて速く死霊を鎮め給えと恐み恐み白す。」
五人の祭祀がいる他の砦樹も同様に神域化しているのが、総十郎には霊的に感得された。砦樹は全部で五十カ所。そのうち、王都シュペールヴァルクを中心に、六角形を成す六つの砦樹を選んで祭祀たちを配した。
後ろで、シャイファが息を呑みながら儀式を見入っている。
総十郎は懐から札を取り出すと打ち振るった。手の中に神韻軍刀が出現する。すらりと抜刀。
鎬の部分に艶やかな爪を当て、澄んでいながらどこか物悲しい旋律を弾奏する。この神韻は戦術妖精を中継して他の五つの結界結節点でも問題なく奏楽される。
やがて震える刀を足元に突き刺し、両手を組み合わせて鎮魂印を切った。
「幽鬼の王が瘴気を療し給えや薬師の大神、年を経て身を妨ぐる禍災を祓い賜えよ天地の神、一節に十種唱えて祈りなば浮世の病療えざるはなし、怨霊の災より戦乱発るとも直日の神ぞ直し給える。」
足元の神韻軍刀を引き抜き、再び爪弾く。さっきよりも強く、厳かな音色だ。
「血の道と血の道と其の血の道と血の道復し父母の道。禍災に喘ぐ国土も此の加持に今吹き払う、伊勢の神風――!」
瞬間――五人の祭祀と総十郎の精霊力が神威に当てられて爆発し、霊験凄まじき風となって王都に殺到した。それは玉座についた女王シャラウの膝の上に座すシャーリィの神統器へと流れ込み、瞬時に魔力へと変換される。
カッと目を見開く。神韻軍刀が閃光と化し、境界を斬り裂くがごとく横一文字に振るわれた。
「――禁厭法・神楽鎮魂祭!」
シャーリィを中心に、新たなる神の法が、王国を遍く覆い尽くした。不浄なる怨霊の存在を許さぬ、峻険なる裁きの法だ。
摂理をはみ出た存在にのみ牙を剥き、青碧の光炎となって骨まで焼却する。
総十郎は刀礼し、ゆっくりと鞘に納める。
「各々方、ご協力に感謝する。たゞしこれだけでは威力不足なり。これより毎日、砦樹をひとつずらして同様の儀式を執り行う。すべての砦樹を結界の結節点と成すまで続けるのだ。」
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〈各々方、ご協力に感謝する。たゞしこれだけでは威力不足なり。これより毎日、砦樹をひとつずらして同様の儀式を執り行う。すべての砦樹を結界の結節点と成すまで続けるのだ。〉
フィンが玉座の間に至ると、戦術妖精が遠方の総十郎の音声を伝達しているところだった。
「おっと、件の儀式が終わったみたいですね」
隣でリーネが言った。
しかしフィンは、玉座で一緒に座っている親子をじっと見つめていた。
シャラウの膝に、シャーリィが乗っている。ややはしたなく足をゆらゆらさせている。
「お礼を言うのはこちらのほうですわ、ソーチャンさま。幽骨を通じて、王国全土に強力な加護が宿ったのを感じます。シントウ、と言うのでしたか。不思議な魔術体系ですわね」
〈小生の技術、というよりも、神格との絆を所以にした奇跡である。己が思い通りになる力というわけではないのだ。小生には、あなたたちの駆る魔法のほうが興味深く思えるよ。〉
戦術妖精を通じて談笑するシャラウの横顔を、フィンは見据える。
戯れに娘の髪を梳りながら、柔和に微笑むその横顔を。
――第一王女の、非業の最期。
それに女王が関わっているとするならば、なにやら緊張感を帯びた光景に思えてくる。
通信が終わったタイミングを見計らって、フィンは前に出た。
「シャラウ陛下」
「まぁまぁ、フィンくん。〈道化師〉さんはきちんとごはんを召し上がってくれましたか?」
「は、はい。残さず食べてくれたであります」
「うふふ、よかった。腕によりをかけた甲斐がありました」
女王自ら調理していたらしい。両手を合わせて華やいだ笑みを見せるシャラウ。基本的に、神々しくも柔らかな威厳に満ちた人だが、たまに見せる表情は思いがけず幼い。
見るものをほっとさせずにはおかない、善意の塊のような人である。
一瞬、決心がぐらつきそうになるフィン。本当に、この人が自分の娘を殺すなんてことがありうるのか?
「あ、あの、陛下」
「はい、なあに?」
尖ったところのまるでない、柔らかな表情がこちらを見ている。
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