巣立ち/旅立ち
首を傾げながらも、フィンは立ち上がって歩み寄った。
総十郎はフィンの両肩に手を置き、口を開く。
「彼の将来を、見守っていたゞきたい。彼がこの世界に骨を埋め、良き人生を送れるように。良き友に恵まれるように。小生もなるべく長く共にゐるつもりであるが、恐らくフィンくんのほうが長生きであろうしな。」
青年が肩をすくめると、低い笑いが周囲で漏れた。
「――誓います。我らエルフ族は、フィンくんを永遠の同輩として常に共に在り、彼を抱きしめ、慈しみ、笑顔も涙も分かち合いましょう」
「感謝する。」
「ただ、ひとつ問題と言いますか、障りがあります」
「と言うと?」
「召喚距離についてです」
シャラウはシャーリィと視線を交わす。
金髪碧眼の先祖返りが然るべき儀式を執り行うことで、英雄召喚と言う奇跡は成される。だが、召喚の基点となるシャーリィからあまり遠く離れた位置に行ってしまうと、糸が切れるように召喚が解除されてしまう恐れがあるのだ。
「あっ……」
その事実を思い出し、フィンは冷や水を浴びせられたかのように硬直してしまう。
「これまでも、〈聖樹の門〉を通って、あなたがた異界の英雄とシャーリィの物理的距離がはるか遠く離れてしまう瞬間は何度もありました。しかしそれは、王国全域が神話環による精霊力網で霊的に繋がっていたためです。英雄をこの世界に繋ぎ止める命綱の役割を、精霊力が代行していたがための特例でしかないのです。シャーリィが帝国に行けば、そこは森の法の及ばぬ地。距離制限が正常に働き始めてしまいます」
「その、距離というのは具体的にどの程度であるか?」
「なにぶん事例が少なすぎるので確かなことは言えないのですが、召喚者から三つ先の街邑まで英雄が向かうと、実在感が危うくなってきたので慌てて引き返した――という記録が残っています」
「あ、そんなものなのでありますか」
フィンは思わず安堵した。
「それならぼく、シャーリィお姉ちゃんと一緒に帝国にいくでありますっ!」
両のにぎりこぶしを持ち上げて、屈託なく笑う。
「それでずっとずっと、一緒にいるのでありますっ!」
シャーリィがその手を握って一緒にぴょんぴょんした。
「なに……いや、その方が良いのかもしれぬな。オブスキュアは美しく温かいが、もっと様々なものを見て、様々な人と触れ合うことが、フィンくんには良いのかもしれぬ。うむ、小生も賛同しよう。」
「えへへっ、みんないっしょでありますっ!」
「おっと、おや/\。」
右手をフィンに、左手をシャーリィに握られて総十郎は回り始めた。
苦笑しながら視線を巡らせ、烈火を見る。
「黒神、お主はどうする? 故郷に帰るか?」
烈火は眉間を揉みしだきながら、深く深くため息をつく。
そしておもむろに立ち上がり、フィンの首根っこをつまみ上げた。
「ガキ。ロリコン。てめえらはなんっっっっっっっにもわかってねえなぁオイ」
「ほえ?」
「揃いも揃って大事なことを忘れてやがる。海よりも深くパイオツよりもデカい事情を!!!!」
「……一応、聞いておこうか。」
「テメェら二人とも、俺になんか言うことがあるんじゃねーのかと!!!!」
フィンと総十郎は目を見合わせる。
「革ジャンが臭い」
「存在がうるさい。」
「誰が俺をDisれっつったよ殺すぞ!!!! てめーらの鳩尾に一本満足拳ブチ込んで寿命三十年ボーナスくれてやっただろうが!!!! 忘れたとは言わせねえぞコラァ!!!!」
「ああー」
泰斗養命牙点穴。
あのーなんかめっちゃいい感じにチャクラとか開いて血行がすごいことになったりして寿命が三十年くらい伸びる感じの拳法の技だ!!!!
「レッカどの、忘れてなかったでありますか……」
「踏み倒す気満々かよ!!!! 許さんよマジでテメェら年収三十年分の債務が俺にあるということを忘れんなマジで!!!! それを返済するまではテメェら二人とも俺から逃げられるなんて夢にも思うんじゃねーぞキョーキョキョキョ!!!!」
「要するに、お主もついてくるわけか。別に構わんが年収三十年分と言われてもまったく安定してゐないゆえに試算できぬぞ。」
「あぁ? だいたいの平均でいいよ!!」
「平均か。平均すると小生の年収は二千円程度であるな。」
「はぁあああああああああああ~~~~? 年収にせんえん~~~~~~~?」
「手取りはもっと減るぞ。」
「アホか!!!! 小学生でもそれよかもらっとるわ!!!! 今まで何やってたんだ!!!! お前そのナリでヒキニートかよ!!!!」
「……言葉の意味はよくわからんが、いわれなき侮辱を受けてゐる気がする。」
「アー黙れ黙れこのロリコン引き籠り債務者とかいう終わってる系男子!!!! その点チミは大丈夫だよねぇ~フィンくぅ~ん? おめーはあんなノーフューチャー変態とは違うよねェ~? 軍人だもんねェ~公僕だもんねェ~安定収入だもんねェ~? オラ、前は聞きそびれたけど年収いくらよ。言えこの野郎」
「えっと、えっと……確か28万シュケルであります」
「知らねーよ!!!! なんだよその謎単位!!!! 一シュケル何円だよ!!!!」
「わかんないでありますー……そして今は軍人やめたから0シュケルであります」
「はぁ~~~~~~~つっかえ!!!! お前らのダメ男ぶりにびっくりだわ!!!! なんだこの底辺ども、エスポワールでもここまでの奴はなかなかいねえよ!!!! マジお前ら俺がいないとダメだな!!!! 臓器売れやクズがと言いたいところだが烈火くん超優しいから!!!! 優しいからテメェら無職債務者どもが社会復帰できるように慈悲の心でもって就職まで面倒見てやるっ…! 圧倒的聖人っ…! ところで帝愛の地下労働って借金が減ってく上に給料が出るとかかなり有情だよねっ…! 圧倒的慈善事業っ…!」
「えっと、よくわかんないでありますけど、レッカどのも一緒でありますねっ!」
フィンは喜色満面で烈火の手を取り、ぶんぶん振る。
「よろしくおねがいしますでありますっ!」
「ねえ、あの、チミ、今の話聞いてた? あれれ~? おかしいぞぉ~? なんだかいい話にしようとしてるぞこのクソガキ~?」
「えへへ、また編みぐるみを教えてほしいでありますっ!」
「えぇ……(困惑)」
なんかそういうことになった。
「そ、それならっ!」
エルフたちの中から、リーネがふるふると胸を揺らしながら駆け寄ってきた。
「陛下、わたしもシャーリィ殿下についていきたく思いますっ! どうかお許しを!」
「リーネ、オブスキュア騎士の誓いを言ってみて?」
「う……ひとつ、國民の規範となり導くこと。ひとつ、王土の盾となり戦うこと。ひとつ、王族の僕となり仕えること」
「そうね。騎士の責務の重さはあなたもわかっているはず。それでも王国を出ると言うの?」
「うぅっ……で、でもでもっ、わたし、小さいころからずっとシャーリィ殿下のお傍に仕えてきましたっ! なのに、そんな……」
シャラウはそこで、にっこりと笑う。
「ふふ、いじわる言いすぎちゃったかしら。ソーチャンさまの真似ごとは難しいわねえ」
「おや/\、これは耳が痛い。」
「えっ」
「リーネ? 帝国に生きる新たな國民の規範となり、彼らの生き場を守る盾として生き、シャーリィの傍で能く仕えてちょうだいね」
「あ……」
ぱちくりと目を丸くしていたリーネだったが、やがて涙ぐむ。
「うぅぅっ、陛下ぁぁぁ~!」
ひっしと抱きついた。
「あらあら、リーネはいくつになっても甘えんぼさんね。しばらく寂しくなるわ。シャーリィのこと、お願いね?」
「ぐすっ、はいっ! この命に代えても殿下の心身を支えていきますっ!」
「それから、もしアーブラスと会うようなことがあったら、わたしはぷんすか怒ってますよと伝えておいてね?」
「あー……はい、それはもちろん。父を見つけたら首輪をかけてでも王国に連れ帰ると約束しますっ!」
フィン、総十郎、烈火、シャーリィ、リーネの五人は、女王の御前に並んだ。
総十郎が進み出る。
「陛下、ひとまず移民希望者を選定した暁には、小生の術で彼らを札へと変ぜせしめ、懐にしまってゆくことをお許しいたゞきたい。長い旅になる可能性もありますゆえ。」
「そうね、数十人分のお弁当を確保しながらの旅はきっと大変でしょうし、それが賢明と思います」
「エルフ族が比較的短期間で人類社会の一員として活躍できそうな場を見つけ次第、札から出して彼らの意志を問うことにいたす。」
「はい。どうかよろしくお願いいたします。人族とのより良き未来、その第一歩を、あなたたち五人に託します」
シャラウは玉座より立ち上がると、掌を開いて前方に掲げた。
すると精霊力の粒子が乱舞し、収束し、一振りの錫杖を形作った。
「おぉ、取り戻しておられたのですね。」
「ふふ、ギデオンとのお別れをきちんと済ませて、さすがに頭も冷えましたから。痛みは消えても、温もりは残る……フィンくんの言葉に、わたしも思う所がありました」
いたずら気に笑い、シャラウは神統器〈永遠の森に安らう大輪〉をシャーリィに向けた。
表情を引き締める。それだけで、神話の一場面かに思われるほどの威厳がその総身に満ちた。
「オブスキュアの王権をもって命じます。シャーリィ・ジュード・オブスキュア、命ある限り慈しむ心を忘れず、決して無茶をせず、夜は暖かくして眠り、三食バランスよく食べ、気品を保ち、よく笑い、よく学び、よく運動し、あなたを愛してくれる人々を大切にしながら、同時に新たな出会いも尊び、でもさみしくなったらいつでも森に帰ってきなさい。いいですね?」
――お母さんか!!
と反射的に突っ込んだ一同だったが、
――……お母さんだったわ!!
一瞬で納得した。
咲き誇る巨大な花のごとき錫杖が光を放ち、王権の絶対命令をシャーリィの魂に刻み込んだ。いや、いいのかそれ? 命令内容が多岐に渡り過ぎでは? とフィンは思ったが、神統器がちゃんと働いているのだからいいのだろうと思った。
かくして、一行の新たな目的が定まった。
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