補正貫通
「一振りは小生が封じよう。残り五振り――それさえどうにかできれば、ひとつだけ血の神を滅する手管に心当たりがある。」
その眼は、どこか彼らしからぬ冷酷な色を湛えていた。
「善人でいることは、どうしてこう難しいのか――殺意という名の絆、それをいま小生は確かに感じておる。振り払いたくとも絡みつき、我が宿命に禍々しい輪郭を添える。」
出現した神韻軍刀の鯉口を切り、総十郎は前に――血の神アゴスの斬間へと踏み入ってゆく。
「付き合おう。我が身命をもって、一振りは封じて見せようではないか」
ギデオンも躊躇なくそれに続く。
二人の男の背中を成すすべなく見送るしかない。トウマも、フィンも、アゴスの斬撃に対応できないのだ。総十郎、ギデオン、烈火とは、生きている時間が異なる。
トウマは、唇を噛んだ。
「フィンくん」
「はい」
「悔しいね」
「……はいっ!」
●
ヴォルダガッダ・ヴァズダガメスは満腔に満ちる万物万象への感謝と敬意を乗せて、鏖殺の刃を振るう。
それだけが愛だったから。
『……アぁ……』
巨塔のごとき腕を暴風のごとく旋回させ、まとわりついてくるちっぽけな人影を撃ち落とす。真竜ですら容易く両断する極限の斬撃を、今のヴォルダガッダは蠅を追い払うような気楽さで振るっている。
そして――この蠅は死なない。
『……死ナないでくれテ……アりがトう……』
「死ね!!!!」
〈終末の咆哮〉の切っ先が幾度もその体を捉え、幾度も彼方まで打ち飛ばしているにも関わらず、両断も圧壊もせず、心折れることなく、雄叫びを上げながら吶喊してくる。
それは、なんと幸福なことだろう。
もはやヴォルダガッダの中に怒りも憎しみもない。ただ、この場に自分がいること、殺せるものがそばにいること、即座に殺せること、なかなか殺せぬこと、その対立のすべて、そこに至りし前提を形成する因果のすべて――余さず肯定していた。感謝していた。
ただ、愛を返し続けるだけだ。
とはいえ、ただ漫然と大神鎌の刃を叩き込み続けるだけではいけない。それは誠実ではない。殺せないことすらも肯定するが、だからといって殺すための創意工夫を惜しんではいけない。それは真の愛ではない。愛するポーズをとっているだけだ。
煉獄滅理の法を〈終末の咆哮〉に漲らせ、血の神は奇策の挙に出る。
生前はそうこうことをほとんど重視せず、むしろ嫌悪すらしていたが、圧倒的に力が増した今においては、殺すために最善を尽くさないことにこそ嫌悪を感じるようになっていた。
三振りの神統器を振りかぶり、振りかぶり――背中で三つの刃先を触れあわせる。
残る三振りは依然として蠅の肉体を打ち飛ばし続けている。
触れあった三つの刃は、そこでひとつの相克を形成する。
――神統器は、不滅である。
だがそれは、不壊であることを意味しない。
この世界の歴史に現れた、ありとあらゆる神統器所有者を圧倒的に引き離して、誰よりも深く強く〈終末の咆哮〉と繋がったヴォルダガッダは、その事実を分かっていた。
同じ神統器同士ならば、傷つけることも、砕くこともできるのだ。
ゆえに。
打ち交わされた三つの刃先は、それぞれに小さな傷をつけていた。煉獄滅理を宿した刃は、頑健さよりも攻撃性に特化する存在へと変異していたから。
それらを、繰り出す。
アゴスの巨体の周囲を紅い三筋の流星が凄惨な弧を描いて飛び――その斬撃弧の途上で砕け散った。
ヴォルダガッダの得た悟り。殺し合いの途中で逃げる奴を認めない。その法の具現。交錯の際につけられたわずかなひっかき傷は、斬撃の動作にともなって葉脈のごとく全方位に罅を拡げ、やがて砕け散った。
神代の秘跡が、無数の散弾と化して蠅に降り注いだ。
●
――泰斗光衡鋼甲功。
黒神烈火が為していたことは、実に単純である。なんかすごい呼吸法で肉体をオリハルコン的な強度に変えさしめる感じの奥義であった。
原理不明!!!!
そして――この技の使用を即座に判断させるほどまでに、血の神アゴスが放つ閃撃には致命的なものを感じ猿を得なかった。
――まともに喰らったら死ぬ。まじで。
架空侵食の理の中で、トウマに動きを止められ、ギデオンに刺殺されそうになったときと同様のものを感じていた。
喰らったら、死ぬ。
そのリアルな肌感覚。
元の世界では一度も感じたことのないもの。
「だァからなんだっつーんだよコラァッ!!!!」
黒神烈火にその種の怯懦はない。『もひかん☆えくすぷろーど』は己の弱さに揺れる心理描写――などというまどろっこしいものをまったく重視しない作品であったから。北斗パロとおっぱいだけで食ってく気マンマンのクッソ意識の低いギャグ漫画だったから。
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