〈敵対者〉の鬱屈
〈〈獄吏〉より〈道化師〉へ。定時連絡の時間だ〉
〈こちら〈道化師〉。聞こえているよ〉
〈作戦の進捗を問う〉
〈いやぁ、それが今ちょっとヤバい状況でね。敵に捕まっちゃったよ〉
〈ヤバい状況の詳細を問う〉
〈まず、予定通りシャーリィ殿下は主人公を召喚してくれたんだけど、やってきた特異点存在は三人いた〉
〈……聞き間違いかもしれないので復唱を乞う。特異点存在が、三人と言ったか?〉
〈あぁ、二人でも四人でもなく三人だ。一人は因果干渉系。一人は自己完結系。一人は世界変革系だ〉
〈極めて重大なイレギュラーと判断する。追加戦力の投入を〈盟主〉に打診する〉
〈いや、それはやめたほうがいい。自己完結系と世界変革系の補正影響度はSだ。これが何を意味しているかはわかるよね?〉
〈必要なのは戦力ではなく、補正に対する備えか〉
〈たぶん、決戦は近い。〈盟主〉の歪律領域が宿った装備を送ってほしい。なるべく強力な奴〉
〈絶罪支援機動ユニットを七機も送ったせいで、〈魔疱少女〉がしばらく本調子ではない。自力で何とかならないか〉
〈いやぁ、そこをなんとか……というか、ええと、もうひとつ君に謝らなきゃならないことがある〉
〈七機すべて破壊されたことか〉
〈あぁ、知ってたのか。子機の状態はリアルタイムで把握できるんだね。いや、すまない。貴重なものだろうに〉
〈問題はない。あんなものはいくらでも造れる。君を呪い殺す触媒を探す片手間にできることだ〉
〈……思ったより恨まれてた。なかなかスリリングな立場に身を置いてしまったものだな、我ながら〉
〈気にすることはない。人からの恨みつらみをどれだけ無視できるかが良き人生を歩む秘訣だ〉
〈恨んでいる当人が言うと説得力が違うなぁ。……ところで、気づいているかい?〉
〈何か〉
〈はたして僕たちはこんなコミカルなやりとりをするような仲だったかな?〉
〈…………〉
〈ことの重大さが認識できたかい? 僕たちはすでにSランクの世界変革系補正の浸蝕を受けているんだよ〉
〈補正……まさか、しかし、確かにそうだ。今までその影響力を実感したことなどなかったが、これは……恐ろしいな〉
〈名前は黒神烈火。ギャグ系主人公の世界変革系補正を垂れ流し、この世界に強烈な変化をもたらす害悪だ。彼だけは何が何でも元の世界にお帰り願うしかない〉
〈……認識した〉
〈それは何より。では心置きなく支援物資をおねだりしようか。〈楔〉を何本か頼むよ〉
〈了解した〉
それきり、音声は途絶えた。
〈道化師〉は、懐に入れていた護符を弄ぶ。黒く艶やかな質感の、竜を模した宝石細工だ。一見黒曜石のようだが、実際にはこことは異なる世界に由来する物質である。〈枢密竜眼機関〉の巡見吏であることを示す身分証明であり、遠く離れた場所の声を届ける魔導具でもあった。
――相変わらず、擦り切れそうな声をしていたな。
通信相手の〈獄吏〉は、小さな痩せこけた少年の姿をしている。ちょうどフィンと同じくらいの年恰好だ。
だが、受ける印象はまったく違う。フィンが寂しがり屋の仔犬だとすれば、〈獄吏〉は犬の胎児の死骸だ。笑ったり、悲しんだりする心の機能がもう壊れている。
彼の中にあるのは、怒りだけだ。正直なところ痛ましくて見ていられない。
〈〈獄吏〉より〈道化師〉へ。転送が完了した。そちらへの実体化は数秒後だ。〈魔疱少女〉がぐったりしている。酷使への不満を喚いている〉
〈ははは、ここあちゃんは頑張り屋さんだなあ〉
〈そっちの名で呼ぶなと怒っている。あまり彼女をからかうのは推奨されない。うるさくてかなわない。呪い殺していいか〉
〈やめときなって。本職には敵わないでしょ。お、きたきた〉
目の前の空間に三次元的構造を持つ魔法陣が出現。さまざまな方向に回転する半透明のサークルが、まるで精巧な時計仕掛けのように噛み合い、干渉し合い、複雑に駆動していた。
〈道化師〉がその真下に手を差し出すと、魔法陣の中心の空間が歪み、そこからジャラジャラと音を立てて何かが落ちてきた。
「おっとと」
それは――短剣、だった。鞘から柄まですべて骨のように白い、磁器のような質感だ。
全部で、十振り。
鞘を掴んで引くと、かすかな抵抗とともに刃が引き抜かれた。短剣というよりもクナイのような形である。
ずっしりと重たかった。実際にはほとんど重量などないのだが、〈道化師〉には途轍もなく重く感じられた。
これに宿っているものを考えたら、そのような錯覚に陥るのも無理からぬ。
〈実体化を確認。けっこう大盤振る舞いだね〉
〈それだけ君の作戦を重要視しているということだ。この世界に定員以上の特異点存在が存在することは絶対に許容されない〉
〈あぁ、わかっている。ただ、なるべくなら召喚者を殺害しての強制送還という手段は取りたくない〉
〈理由を問う〉
〈逆境系主人公補正を宿す少年がいるんだ。フィンくんと言ってね、礼儀正しく人懐こいけれど、どこか哀しい目をしている子だ。彼は……できれば助けてあげたい。他人ごととは思えないんだ。彼の哀しみは、僕たち全員の哀しみでもある。彼を十二人目にしたいんだ〉
沈黙が訪れた。〈獄吏〉は迷っているようだった。
〈……立場上、確実性に欠ける作戦を推奨することはできない。だが、十二人目が必要であることも確かであり、そのためにハイリスクハイリターンな方策もあるとしたら、その状況判断は君に一任するしかない〉
〈遠まわしに認めてくれてありがとう〉
〈だが、いよいよどうしようもなくなったら召喚者の殺害をためらうべきではない〉
〈わかってるよ。さすがにそこは線引きするしかない。それじゃあ定時連絡は以上だ。成果を期待していてほしい〉
〈了解。健闘を祈る〉
竜の護符が震動をやめ、通信が終了した。
〈道化師〉は護符を胸元にしまう。
重く、息をつく。
「殺害をためらうべきではない、か」
その時になって、自分が果たしてきちんと線引きができるのか、いささか自信がなかった。
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