聖地失墜史
「覚えていて、くれたのでありますね」
「実際のところ、いの一番に聞きたかったのであるが、なか/\機会がなかったものでな。許してほしい。」
フィンは大袈裟にぶんぶんと頭を振った。
それだけ気にかけてもらえたことが、嬉しかった。
「あ? なに? 何の話?」
「真面目な話だ。」
「OK寝るわ」
「聞け、馬鹿者。」
「いでででで」
烈火の耳を引っ張ると、総十郎は椅子にどっかりと腰をおろし、滑らかな木製の酒器を掴んで押しやった。
「注げ。」
「お、おう……」
「さぁフィンくん。君もかけたまえ。ゆっくり語り合おうじゃないか。」
「りょ、了解であります!」
こぽこぽと音を立てて注がれる濁り酒を前に、フィンは席に着いた。
「ま、まずは、小官の故郷について。それから、カイン人について……」
「うむ。」
「あー、それ系のアレか……」
「寝たら指を折るぞ。」
「さらっとこえーよ! わーったよ!」
そして、フィンは語った。
アダムの末子にして全人類の始祖たるセツ。
高度に理論化された錬金術による情報化文明が地表を覆いつくした世界。
預言者トリスメギストスの出現。
彼は語る――天へ。かの御方が、我らをお待ちである。
〈統一神話無限螺旋塔〉の建立。
その結果として実現した、神と称される高次元存在との接触。
神は人々の叡智を讃え、歓迎。下賜される黄金錬成の奥義。
しかしさすがに難解に過ぎた。その不完全な模倣たる白銀錬成を実用化するにとどまる。
これからじっくりと黄金錬成に対する理解を深めようとしていた矢先、カイン人が出現。
人類最初の殺人者たる始祖カインは、その罪科ゆえに神の手によってこの世から追放の憂き目に遭っていた。
逃げ込んだ先は、虚数によって記述される非実在空間――虚構領域。そこで永遠なる無為を過ごすはずであった。
だが――外宇宙より播種されし存在が、カインの持つ「原初の殺人者」としての特異性に目を付けた。
夜魔リリス。
神の御光すら及ばぬ遠き深淵の果てより来たる存在。黒き聖女。闇の太母。
その播種本能に従い、地表に仔を産み落とすも、環境が合わずに全滅。セツ人の文明世界は、リリスの胤を受け入れるには清浄すぎた。
そこでリリスは、虚構領域に幽閉されたカインと交わり、殺人者の遺伝情報を獲得。
播種聖娼として、その胎内に無数の魔妖の遺伝子を保管していたリリスは、ひとつの種として充分に自立できるだけの遺伝的多様性を備えた種族をここに誕生させた。
カイン人。
人類の特性を持つがゆえにセツ人の世界でも生存可能な、魔妖の子孫。
虚構領域に産み落とされた純正なる魔妖どもを相手に、カイン人たちは酸鼻を極めた生態系を形成。夜魔リリスを多いに喜ばせる。
外宇宙のテクノロジーをリリスより伝授されたカイン人らは、虚構領域で妖美なる戦士文明を構築。
やがて、物質世界に虚構生物を受肉させる技術が確立された。
「そうして――君たちの戦いは始まったのか。」
うつらうつらしかける烈火にデコピンを叩き込みながら、総十郎は言った。
「はい……カイン人は、自らの体液をもって物質世界の環境を作り変え、やがて純正の外宇宙魔妖らが居住できるようにしようとしているであります」
「生存をかけた対立か……和解の目はなさそうであるな。」
「はい。言葉は通じますが、話が全く通じないであります……」
「神……と言ったな。神のご助力は仰げないのであるか?」
「『黄金錬成を理解せよ』としか託宣は下されないであります。神に見捨てられたと考える者。あるいはこれは、神が我々の進化を促すために計画された試練なのでは、と考える者も少なくないのであります」
「無理かならぬな。しかし――アダム、トリスメギストス、セツ、カヰン、リゝス、か……。」
「ソーチャンどの?」
「……いや、今はよい。それよりも話を続けてほしい。」
促されて、フィンは語る。
カイン人は極めて狡猾であった。
物質世界に干渉する術を得た彼らがまず行ったのは、衛星軌道上への腫瘍要塞の受肉である。荘厳にして醜悪なる腫瘍要塞は方々に向けて腫瘍艦を出産。セツ人が打ち上げた人工衛星をすべて制圧・掌握してしまったのだ。
次いで揚陸腫瘍艦を通じて地上世界の各所に受肉したカイン人は、即座に虐殺を開始。
この最初の襲撃によって、全セツ人の十パーセントが彼らの凶刃に倒れた。セツ人とて戦争の経験ぐらいあるが、カイン人はまったく異質な敵対者であった。
銃弾がまるで当たらず、振るう刃の末端速度は音速を超え、死を全く恐れない。だが、そんな枝葉末節よりも遥かに恐ろしいのが、遠距離通信手段をすべて奪われてしまったことであった。統一法王庁は各地で何が起こっているのかすらわからぬまま何の対応も取れず、それぞれの教区軍がバラバラに迎撃するほかなかった。他の地域の様子は何もわからず、連携も取れず、すぐ隣の教区で苦戦している味方に援軍を送ることもできない。どこで何が不足し、何が過剰なのかも一切不明。組織的抵抗、というものを完全に封じられてしまったのだ。まるでオブスキュア王国のように。
それでもこの第一次虚構強襲をセツ人が乗り切ることができたのは、単純に数が圧倒的に多かったからだ。
正確な所はわからないが、このとき受肉したカイン人はわずか五千人程度であったと言われている。いかに弾丸を避ける魔人とはいえ、間断なく飽和攻撃を続けられればいずれは当たる。数の利を最大限生かした戦術的勝利を地道に積み重ねて、ついに最後のカイン人を討伐するにいたったのだった。
こちらもオススメ!
いいなと思ったら応援しよう!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。