吐血潮流 #2
攻牙は、はたと気づいて腕を下ろし、篤をにらみつける。
「……いやどうでもいい! ホントどうでもいい! お前の繰り言に対するツッコミほどどうでもいいものはないよ! 手紙だよボクが話題にしたいのは手紙! それ! 手紙!」
攻牙は火の出るような勢いでまくしたて、篤の持っている桜柄の便箋を人差指で何度も突いた。
「うむ、これか。下駄箱に入っていたのだ」
篤は目を細めて便箋を眺めると、丁寧に折りたたみはじめる。
「実に見事な書状だ。字体と言い文体と言い、書き手の熱き情念が伝わってくるかのようだ」
それから手紙の想いを胸の裡で味わうかのように目を閉じた。
――必ず、ゆこう。
そう、決意を新たにする。
「それで? 諏訪原くんはいったいどういう返事をするつもりなのかな?」
突如、優雅なテノールが背後から聞こえてきた。
攻牙の声ではないし、もちろん篤でもない。
「謦司郎かッ!」
篤は弾かれたように振り返った。その速さたるや凄まじく、篤の姿が一瞬小型の竜巻となったほどである。
だが、振り返った先に誰もいない。
「遅いねぇ、あくびを催す遅さだ。そんなザマでは僕の姿を捉えるなど到底無理だね」
凄まじいまでの少年漫画臭を放つ言葉が、背後から聞こえてくる。再び振り返るも、視界の端に黒い残像がかすかに見えただけで、次の瞬間にはそれも消え去ってしまった。声の主の姿は捉えられずじまい。
まるで、光に追われる影のごとき体捌き。もはや超人的という言葉すら生ぬるい。不可解と理不尽の権化と言えよう。
「謦司郎……恐るべき男よ……!」
額に汗をにじませる。
闇灯あんどう謦司郎きょうしろう。
嶄廷寺攻牙と同じく、篤のクラスメートだ。一年以上の付き合いがあるにも関わらず、篤は彼の姿を一度たりとも見たことがない。なぜか徹底的に篤の視界を避けているのだ。
そのくせ気がついたら背後にいるので心臓に悪いことこの上ない。
そういうわけで、篤は彼がどのような容姿をしているのかわからないのだが、クラスの女子の話を聞いてみると「すっごくカッコイイ」とのこと。同性な上に人を褒めることが滅多にない攻牙すらも「まぁ見た目だけはイケメンだよな。見た目だけは」と認めており、その胸焼け級の激甘マスクぶりが伺える。下級生の中には様付けで謦司郎を呼ぶ集団もいるあたり、尋常ではない。免疫のない人間などはこいつの顔を見ただけで糖尿病になるのではないかと思う。見たことないけど。
「で? どーすんだよ実際コレ? 放課後ってもう今じゃんコレ!」
攻牙がわめく。
「受けるのかな? 断るのかな? お友達からはじめるなどというヘタれた選択肢はパパ認めませんからね!」
謦司郎がウキウキとした声で言う。他人が困ったり焦ったりする様を見るのが楽しくてしょうがないらしい。
……しかし、残念ながら篤は困っても焦ってもいなかった。
「ふむ、知れたこと」
篤は手に持った封筒を頭上に掲げ、よく通る声で宣言した。
「急な話ゆえ、戦装束の支度はできていないのが悔やまれるが、入学式の時から始まっていたという彼我の宿命、ここで決着をつける」
「……え?」
「は?」
怪訝そうな声を出す二人。
――何をそんなに不思議がっているのだろう?
構わず篤は言葉を続ける。
「俺は物心ついたころから武士もののふたらんとして生きてきた。戦士としての俺を認め、雌雄を決するべく死合を挑んできたというのなら、その心意気に答えぬわけにはいくまい」
当然の選択だった。まず書状を送り、礼を尽くして勝負を申し込んできた相手がいるのならば、全力で受けて立たねば礼を失するというものだ。
「あのー篤さん? それは多分ラブレ……」
「見届けておくれ、我が友たちよ。結果がどうあれ、これより俺が挑む修羅場は誇りあるものとなるであろう……!」
どこの誰なのかはわからないが、この自分を勝負に値する存在と認めてくれた人間がいる。その事実は、篤の胸に誇りと闘志を灯した。
――もはや、言葉は無用。行動のみが、真実を語る。
床を蹴る。走り出す。
「あ! ちょ! 待てコラ篤ー! おいー!」
「うわぁい、これはひどいや! 明らかにとんでもない勘違いをしたまますごい勢いで走って行ったよ! ここで追いかけないなどという選択肢を選ぶ意味がわからないくらいおいしい状況だよ! いけない! ニヤニヤが加速する!」
「くっちゃべってねえで追いかけるぞオイ! ニヤニヤが加速する!」
「当然! ニヤニヤ!」
なぜそこで闘志が湧くのか。
なぜ明らかにスウィートな意味を持っているであろう手紙を果たし状だなどと勘違いできるのか。
もはや常人には理解しがたいところではあるが、武士と呼ばれる戦士階級が数多くいた時代には「恋愛」という概念がそもそも存在しなかったことと関係があるのかもしれない。
ないのかもしれない。
いや、さて。
攻牙と謦司郎である。
この二人、篤とよくつるんで騒ぎを起こすので、七人の凶悪な変人が君臨する紳相高校の中でも最もアグレッシヴな変人集団として恐れられていた。
具体的には、
1、融通という言葉を知らない篤が厄介ごとを引き起こす。
2、謦司郎が面白がって事態を深刻化させる。
3、攻牙が二人を怒鳴りながら解決に奔走。
この三段階の事件推移における文化的破壊力係数はゾウリムシ三百億匹分に相当し、これは一般的なバス停使いが全力で暴れまわった場合のエントロピー増加率にほぼ等しい損害である。学校の不良連中の中には彼らの名を聞いただけで顔を青くしながら周囲を見回す者もおり、三人の知名度は入学以来こいのぼりであった(有事の際はめちゃくちゃ目立つけど普段は空気という意味で)。
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