終末の〈獣〉
翠色の淡い日差しが陰り、絶望的な闇がフィンたちを覆った。
――それは、竜だ。
おとぎ話で騎士に倒される役どころの、モンスター。しかしそんな牧歌的なイメージを完全に裏切る、殺気と凶気の集合体。
黒き鱗のひとつひとつが歪みねじくれた邪悪な造形をしており、打ち広げられた翼の皮膜には嫌悪感を煽る青黒い静脈が浮かび上がっていた。
紅い双眸が殺意と愉悦にギラつき、咽喉部が膨れ上がる。
「まずいっ!」
フィンとシャーリィは甲冑に包まれた腕に抱えられ、その場を飛び退いた。
直後――
何か大量の液体が竜の口から噴射され、地面に叩きつけられた。そして一斉に気化する。
「なっ――!」
直前までフィンたちがいた地面が、消滅していた。十メートル四方の範囲があの一瞬で溶解し、気化したのだ。
「あれを吸い込んではいけません。肺が焼け爛れます!」
「――そうかヨ。手伝ってやるゼ」
汚泥が煮立つような胴間声とともに、黒い何かがのたうちながら飛来し、リーネの首に巻きついた。
「ぐっ!?」
それは、黒い鎖であった。まるで意志を持っているかのように、リーネの細い頸部を締め上げている。
フィンは即座に指を動かし、銀糸で斬りつける。
が。
「斬れない!?」
斬伐霊光の切断力は、鋼鉄すらもバターのように斬り裂く。それが傷一つつけられない。
「くっ、オオオッ!!」
勇ましく咆哮を上げ、リーネは自分の首に絡みつく鎖を腕力任せに引きはがしにかかる。
「ヒョロカスのわりには粘るじゃねえか……よォ!!」
鎖が引っ張られる。バランスを崩し、前につんのめるリーネ。
瞬間。
「いけないっ!」
反射的に斬伐霊光を大量に編んで銀の丸盾を形成――したと同時に禍々しく紅い刃が盾を突き破り、リーネの頭蓋を貫く直前で止まった。
「あァ?」
それは――見るからにただならぬ謂れを持つ、曲刃であった。赤黒い奇妙な材質で形成されており、脈打つように陰惨な光を湛えている。
まるで常に返り血にまみれているような。
「んだよ、こレ」
耳を塞ぎたくなるような破砕音とともに、盾が横に薙ぎ払われ、砕け散る。
こんな無造作に、あっけなく壊されたことなど、これまで一度もなかった。
――銀の帳の向こうから現れた者の本質を、フィンは一目で理解した。
奪うもの。壊すもの。天性の捕食者にして破壊者。
そして、退屈に倦んだ者。これまでの生で、一度たりとも「死力を尽くして挑みかかる」という経験ができなかった者。
黒く禍々しい甲冑に身を包んだ、巨躯のオーク。両肩の装甲が頭より高くなっている。
その肌は、他のオークよりも年季を感じさせる暗緑色だった。柄の両端からそれぞれ逆方向に曲刃が伸びる、奇妙な大戦鎌を担いでいる。
「じ、人語を解するオークだと……!?」
ようやく鎖を引き剥がすことに成功したリーネが、驚愕に身を硬直させている。
「よう、ヒョロガリどモ。さっさと構えろヤ」
硬い音とともに大戦鎌が分離し、両手に握られる。長大な曲刃同士が、オークの背中で交差していた。
どっしりと低くスタンスを取り、あたかもそこに要塞が出現したかのような威圧感を発する。
「ま、待て! 言葉が通じるのなら話を聞いてくれ! エルフ族は戦いを望んでいない! どういう意図で森に侵攻してくるのかわからないが、何かお互い妥協点を探ることはできないか!?」
「……はァ?」
眉を寄せ、心底不可解そうに眼を眇めるオーク。
その反応だけで、恐らく交渉は不首尾に終わるであろうことを察したフィンは、戦術妖精とのリンクを通じて〈アンガラ〉に声を送った。
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