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極彩磁界

  目次

 その数、十数条。いったん全方位に拡散したのち、鋭角的に曲がりながらある一点に殺到していた。
 〈道化師〉のいた地点へと。

「これは――!?」

 機敏に跳び退った〈道化師〉も、さすがに目を丸くする。地面を砕いた棘群は、一瞬にして女騎士の元へと縮んでゆく。
 その意匠は、リーネが知るものとはまったく異なっていた。
 刺々しく、禍々しく、赤黒く。
 全体的な形状は変わらぬも、柔らかに美しい曲面で構成されていた以前のそれとは印象が大きく変わっている。

「そうか。この世紀末空間を満たす煉獄滅理の浸蝕を受けているんだね。より戦闘的な機能になっている」

 攻撃に反応して、自動的に反撃する魔導甲冑。
 だが――リーネとしては正直なところ歓迎できる変化ではなかった。騎士の誇りとは護ることであり、幽骨甲冑はその体現と言っても良いものだ。これは攻撃的すぎる。何より、禍々しく変異してしまったクレイスとラズリの姿を思い出され、リーネの胸は哀しみと恐怖で軋んだ。
 この場を満たす歪律領域ヌミノースが外界に漏出すれば、樹精鹿たちはふたたびあのような憂き目に遭ってしまう。

「その様子を見るに、防御能力は明らかに落ちているね。厄介だけど、対処できないほどじゃないな。根競べと行こうか――!」

 再び、〈道化師〉の周囲に壮麗なる翡翠色の魔導回路が展開される。精緻な時計仕掛けのような、あるいは絶唱を表す譜面のような、機能的整合性。一方で、ところどころにデザイン化された草葉の意匠が散りばめられており、〈道化師〉という人間の美意識が具象化したかのごとき小宇宙を構築していた。
 リーネは、覚悟を決めた。好みではないなどと言っていられる状況ではない。
 意識をこらし、この新たな装具と声ならぬ対話をする。
 できる・・・
 そう、確信した。

元素変換ソーサリー――神機霆砲!」

 再び降り注ぐ雷撃槍。一射一射が爆撃じみた破壊力を持ち、絶え間なく連射される。
 槍そのものが放つ光が辺り一面を照らし、まるで星空のようだった。
 これに対し、リーネは駈け出しながら魔法を発動した。

魔力操作エンハンス――魔鎧施呪!」

 赤黒い棘が甲冑より爆発的に伸び、広がる蜘蛛の足のごとき軌跡を描きながら雷撃槍を迎え撃つ。
 電場の炸裂を左右に感じながら、リーネはひたすらに間合いを詰めた。棘による迎撃などいつまでも続かない。手数が全く足りないのだ。
 一刻も早くハルバードの間合いに捉えなくてはならない。
 〈道化師〉の頬が、感心したように微笑んだ。

絢爛道化芝居2

 ――リーネには。

 あの少年がわからない。王国を崩壊させようとする巨悪であるはずなのに、その立ち振る舞いからは一切の邪悪さが感じられない。
 迎撃し損ねた雷撃槍を〈異薔薇の姫君シュネービッチェン〉で叩き伏せながら、想う。

 ――彼は……どこかですべてを諦めている。

 現状に不満を抱き、戦っている。しかし、本心の部分では、それで何かが変わるなどとはまったく信じていない。
 何も期待しておらず、ゆえに虚無的な余裕が崩れることはない。
 生きる気力をとっくに失っているのに、体は機械的に生きあがき続けている。
 精神と肉体の乖離。
 雷撃の雨の中を駆け抜けながら、一抹の憐憫に駆られる。

 ――もしも……

 彼自身の意志に反して肉体が動き続けているのだとしたら。
 行動に自分の意志がまったく反映されていないのだとしたら。
 そんな状況がずっと続いているのだとしたら。

「……終わらせてやらねば、あまりにも憐れ」

 ザン、と地を踏みしめる。
 たぷん、と胸乳が横に振れ、
 ゴウッ、とハルバードが大気を引き裂く。モーションはコンパクトながら、豊麗なる乳房を用いた重心制御と完全に同期して放たれるその一撃は、人体を甲冑ごと両断して余りある。
 それは――図らずも、〈道化師〉がこの森に来てから初めて浴びせかけられた、本気で殺すつもり・・・・・・・・の攻撃であった。
 少年の眼が、カッと見開かれる。だがもう遅い。その白い影が、重厚なる刃によって真っ二つに断ち割られた。

 ――まだだッ!

 肉を斬った手ごたえではない。彼はまだ生きている。
 視界が陰った。見上げて確認するなどという無駄手間を取るまでもなく、リーネは斬撃軌道をそのままに地面へと叩き込み、反動で宙を舞った。
 ハルバードの柄を支点に、空中で軽やかに回転。
 すでに撃ち放たれていた雷吼箭を紙一重でかわしざま、長い脚が唸りを上げて旋回。
 足刀が少年の頭に叩き込まれると思いきや、直前で蹴り脚を掴まれる。

「そらッ」

 途端、天地がひっくり返った。三半規管が悲鳴を上げる。
 だが――リーネの両胸はもにゅもにゅと互い違いに動き、逆ベクトルの回転運動を発生させる。魔法変異を起こしたリーネの爆乳は、重心を制御するカウンターウェイトのみならず、重力の向きや精霊力の流れを知覚する感覚器官としての機能も有していた。
 姿勢を回復し、音もなく優雅に着地。
 同時に敵手も地に足をつけていた。
 リーネは、目を丸くする。ローブを脱ぎ捨てた〈道化師〉の格好が、あまりに予想外であったから。

【続く】

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