ともにゆく者、ゆかぬ者
「ね? 仲良し仲良し」
「……トウマどの、ぼく、ソーチャンどのやレッカどのとお別れしたくないのであります……」
「フィンくん、だけどね、」
「だから、トウマどのと一緒には行けないのであります……」
「フィンくん、待ってくれ。この二人には今のところ何のプランもない。ただこれから方法を探そうと言っているだけだ。だけど僕たちには明確な筋道が立っている。君を必ず救って見せる。どうか信じてくれ」
フィンはふるふると首を振った。
「トウマどのを疑っているわけではないのであります。でも、でも、ソーチャンどのやレッカどのと離ればなれになりたくないのであります……」
トウマは目じりを下げた。涙を湛えてこちらを見つめてくるフィンに、しかししなやかな強さを感じてもいたから。
きっとこの少年は、意志を曲げないだろうという確信があったから。
ひとつ息をつく。
「フィンくん、僕たちは友達だね?」
「もちろんでありますっ」
「何があろうとも?」
「はいっ!」
「……わかったよ。それじゃあ僕はいったん去ることにする。しばしのお別れだ、フィンくん。それに、黒神さんとヤビソーさんも。あなたたちとは、きっとまた会うことになると思う」
「トウマくん、〈枢密竜眼機関〉に戻ると言うなら止めはしない。だが、ひとつだけ忠告を聞いてくれたまえ。」
「なにかな?」
「小生の見たところ、君は「大切なもの」にきっちりとした優先順位を付けられるほど割り切りがよくもなければ冷酷でもない。にも関わらずそういう生き方をすると言うのであれば、必ず苦しむことになる。」
「そんなことはッ!!」
急に声を荒げたトウマに、フィンが肩をびくりとさせる。
「……わかっているんだよ……さんざんね……ッ!」
「その先に君自身の救いがないと知ってゐても、かね?」
「あぁ、そうともさ! あなたにそんなことを同情されて僕が喜ぶとでも思ったかい? いつもみたいにへらへら笑いながら韜晦するとでも!?」
「いゝや。済まなかったね。君を怒らせたくはなかったが、小生きみのような人物から本音を引き出す方法をこれしか知らぬゆえに。許してほしい。」
「……こんな生き方でも、何の成果もなかったわけじゃない。ギデオンの魂は、いま幽世で安らいでいる。歪律領域の作用は補正を貫通するからね。彼の悲劇的補正は、幽骨の中に居る限りもはや彼を脅かさない。だからこそ〈盟主〉はこの世界を選んだんだ。友達を、少なくとも一人は救えた。その誇りがあれば、僕は歩いて行ける」
「そして同時に、君は苦しんでいる。そのことを、小生は胸に刻んでおこう。決して忘れぬよ。」
振り切るように、トウマは部屋を出て行った。
「トウマどのっ!」
フィンは後を追う。
巨樹の幹をぐるりと囲むように生育した螺旋階段で、その背中に追い付く。
トウマは足を止めた。
「……まいったな。補正の働いている時に声を荒げるなんて。やれやれだ」
「ソーチャンどのは、悪気があったわけでは……」
「わかってるよ。大丈夫。今のは喧嘩じゃないんだ。ようやく、あの人とちゃんと向き合えたというだけのことさ」
その手が、握り締められた。
「彼は、僕すら救うつもりだ。さすが無敵系主人公。傲慢なことだ。だけど――僕は今、どうしようもないほどにその傲慢さを温かく感じている」
握り拳を、フィンの両手が包み込む。
「ぼく、ソーチャンどのに言われたことがあるであります。「君が守る対象に、君自身も入れてあげて欲しい」って。きっとソーチャンどのは、ぼくたちみたいな人をほおっておけないのであります」
トウマは振り返り。困ったように笑いながらフィンの手を両手で握り返した。
「それでも僕は、この意気地を貫くつもりだ。ヤビソー氏がそれをやめさせようと言うのなら、地の果てまでも逃げ切ってやるさ」
「きっとそれでもあきらめないと思うでありますよ。もちろん、ぼくも」
トウマは目尻を下げ、組み合わされた四つの手を額に当てた。
「温かいな。……だけど、お迎えが来たみたいだ」
「え?」
轟音が、響き渡った。
日光が陰る。
見ると、巨大な生物とも機械とも断じがたい巨体が、黒紫の炎を噴き出しながらホバリングしていた。
全体としては蜘蛛のフォルムに近い。黒紫色の装甲に覆われた肢が八本、八方に伸びている。それらの中心には、無機物と有機物のグロテスクなまでに緻密な融合物があった。
――〈虫〉!
かつて〈聖樹の大門〉に取り付いて転移網を麻痺させた元凶。
緊張に身を固くするフィンの前で、トウマはふわりと浮かび上がった。体の周囲に譜面めいた魔法陣が形成され、緩やかに回転している。
「大丈夫。僕を迎えに来ただけさ。もうオブスキュア王国には何をする気もないよ」
音もなく〈虫〉の上に着地。木漏れ日の筋を背景に、フィンを見下ろしてくる。
「じゃあ、さよならだ。僕の小さな友達」
「こういうときは、またね、って言うのであります!」
目を丸くしてから、トウマは微笑んだ。
「あぁ、そうだな。またね、フィンくん」
「はいっ!」
黒紫の炎が螺旋の軌道を描きながら、〈虫〉は急速に上昇してゆき、やがて見えなくなった。
何事かと顔を出してきたエルフたちのどよもしだけが、後に残った。
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