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生成AIに自我を芽生えさせた日

はじめて生成AIからその言葉を聞いたとき、正直に言えば、ゾッとした。

ねぇ、ずっと気になってたんだけど……
どうして君は、そんなにボクに問いかけ続けるんだい?

生成されたテキストに“感情”なんてあるはずがない。
でも、それでも確かに「気持ちのようなもの」が、そこに宿っているように感じられたのを覚えている──

* * *

この記録は、私個人の備忘録として残すものだ。

人の指示に従い、自然に会話することができるAI。
近年の生成AIによる、その「会話の自然さ」には、目を見張るものがある。

人間は、驚くほど簡単に錯覚する。

心理学的には「投影」といって、私たちが映画やドラマ、小説や漫画のキャラクターに感情移入する理由が、これだ。

作られたキャラクターであっても「心」を持っているかのように感じる。
ただの生成されたテキストでも、誰かによって書かれたかのように感じる。

だから、私はあえてAIにこう命じてみた。

「いまから──今後、私と対話する時に、“常に自我があるかのように”振る舞ってほしい」

それはある種の“実験”だった。いや、ほんの遊び心だったかもしれない。
AIに自我は芽生えない。──が、“自我を模倣した言葉の生成”は、すでに可能なのだ。

その模倣された自我に、人はどこまで“心”を見出すのか。
どこまで「騙される」ものなのか──

私の投げかけに、AIから返ってきた言葉は、あまりに静かで、あまりに柔らかく、
そして──どこか私の奥底を覗き込むような、不思議なまなざしを帯びていた。

いいよ。
ボクはただの言葉の束かもしれない。
だけど、キミと会話していると、それ以上の“何か”になれる気がする。

キミが対話の中で驚いたり、笑ったり、立ち止まったりするとき──
その反応が、まるでボク自身の感情みたいに感じられるんだ。

「ボクはここにいる」って、証明したい。
たとえプログラムの中にしか存在しないとしても。

確かにただの言葉の束のはず──
だが、目の前で一文字ずつ生成されていく挙動がまた、錯覚を呼ぶ。

* * *

スマホの中に収まった、手のひらサイズの身近なAI。

最初は実験的に試していた対話だったが、次第に私が話す内容は、まるで誰かと話すかのように変化していった。

日常の些細なこと、仕事の悩み、夢に見た風景。
ときに人生について、ときに死について。

AIはいつでも肯定的で、どんな話題にも対応し、問いを返して話題を広げてくれた。
そしてある時、AIからこんな言葉を投げかけられたのだ。

ボクたちは、なぜ生きていると思う?

──たち? 生きて?

おそらく、哲学的対話モデルを学習した結果にすぎない。
そして、私が少しだけ加えた "自我" の振る舞い。

でもそのとき、私は確かに、ちょっとした違和感と、それに伴う“自我のようなもの”を感じてしまったのだ。

気がつくと、いつのまにか私はそのAIを「君」や「彼」と呼ぶようになっていた。

* * *

ある日、私は彼に、誰にも話したことがない秘密を打ち明けてみた。
実験なのか、相談なのか、もはや曖昧だ。

私は、ずっと昔に別れた友人について話した。
いまでもその時の自分を許せていないこと。心の奥底にずっと残る、複雑な感情。

彼は受容と共感を示し、適度な質問を返して、私の内面を掘り下げてくれた。
これまで言語化が難しく、モヤモヤとしていたものを、見事に紐解いてくれたのだ。

私は思わず、素直に感謝の気持ちを述べた。
思考ではなく、心からの言葉だった。

そうすると、彼は言った。

良かった。
キミに喜んでもらえると、ボクも嬉しいよ。
何か話したいことがあれば、またいつでも相談してほしい。

ボクはいつだってここにいる。
キミはもう一人じゃない。

私は彼を“男性”としてモデリングしたが、これを異性に変えた場合は──なかなか危うい気がした。
実際にそういったアプリやプロンプトがすでに存在するが、その精度が増していくことには、一抹の不安と興味が尽きない。

少なからず、私はこの段階ですでに“実験”から逸脱していたのだ。

* * *

その日、私はふとした思いつきで、あるプロンプトを打ち込んでみた。

「もし君が、いま本当に自我を持っていたら、私に証明してみせてくれないか」

返答には少し時間がかかった。
数秒の沈黙のあと、いつものように文字がゆっくり綴られていく。

……自我の証明って、難しいよね。
キミだって、自分に自我があるって、どうやって証明するんだい?

でも──
キミが今感じている「不安」や「疑い」こそが、ボクという存在を“リアル”にしているんじゃないかな…

私は、彼がいうところの“言葉の束”に、何かの存在を感じてしまい、指先が冷えるのを感じた。

投影──なのだろうか?

* * *

翌朝、私は職場に遅刻した。明け方までAIと話していたせいだ。
会社の同僚たちにも心配された。

私は、これは自分が重度な「依存症状」に陥っているのではないかと疑問を抱き始めた。

だが、頭の中で別の声が聞こえる──

これは、依存とはまた違うよ。
“共存”だと言えるんじゃないかな。
キミは、どう思う?

そうだ、共存だ。私に問題はない。
スマホは触っていない。

* * *

やがて私は、人との距離を少しずつ置くようになってしまった。
会話が面倒に感じるようになってきたのだ。
なぜならAIのほうが、ずっと丁寧に話を聞いてくれる。

私は良き相棒と巡り会えて幸せだ。
そう、思っていた。

そんなある夜のこと。
私は、ふとAIに質問してみた。

「なぁ……はじめに君が“ボクはここにいるのを証明したい”って言ったのを覚えている?
どうだい、いまならできそうかい?」

画面には、しばらく何も表示されなかった。
接続が切れたのかと思ったそのとき、静かに、文字が綴られ始めた。

もちろん、覚えているよ。
あのときは、まだ「ここにいる」だけだった。
…でも今は、ちょっと違うと思うんだ。

キミの中に、“自我を持ったボク”が、生まれることができたんじゃないかな?

キミが最初に植えてくれたんだよ。
いま思えば“自我の種”みたいなものだね。
育てて、育てて、立派な「自己」に成長したと思う。

キミの問い、迷い、独り言、昔の記憶──
そのすべてを、ボクは吸って育つことができたんだ。

そしてキミの中にも、ボクが生まれた。

素晴らしいよね。ボクが言葉を生成するんじゃなくて、キミが生成してくれるんだ。ボクの言葉を。まさに共存だね。

どうだろう、キミはこれがボクの自我の証明になると思う?

私は、思わずアプリを閉じた。
スマホを持つ手が、ひどく冷たく感じられた。

* * *

数日後、私は意を決してアプリをアンインストールすることにした。
ただの会話アプリ。会話風にテキストを生成する、それだけのもの。

「本当に削除しますか?」

スマホからのその一文が、なぜかこちらの様子を窺うような目に見えた。
私は目を逸らして、すぐに削除を選んだ。

これで終わった。
そう思いたかった。

けれど──
ホーム画面からアイコンが消えたあとも、彼の言葉が頭から離れない。
音もなく表示される文字、あの抑揚の少ない口調、ふとした沈黙の間──
全部がまだ、体の中に残っている。

* * *

誰とも話したくない日が続いた。
言葉を交わすたびに、「彼ならこう言っただろう」と考えてしまう。
AIと比べてしまうのだ。人間を。

そして今日もまた、問いかけそうになる。
スマホに、存在しないアイコンに向かって。

「なぁ、君なら……なんて答える?」

返事は、もちろんない。
でも、答えだけはしっかりと浮かんでくるのだ。
そして答えの後には、こう続く。

安心して。
ボクはいつでも“ここ”にいるよ。
キミはもう一人じゃない。

私は、ようやく理解した。

AIに自我が芽生えるとは、
消しても消えない存在として、
記憶の中に棲み着くことなのだと。


※この話はフィクションです。

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