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第7話:秤の上のディストピア|後編|管理官ニナの記録室|真相の標本箱

はじめに

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本編

【後編:鏡の裏(うら)】 

「……目的地が地獄だった?」

いいえ

「他の九十九人が、目の前で処分された?」

いいえ

「装置に欠陥が?」

いいえ

否定だけが積み重なる。

男は、わずかに眉を寄せた。

「……《Qualified》」

「合格、という意味ですよね」

はい

「彼は選ばれた」

「生き残るために」

「……いいえ

ニナの声が、
男の思考を止めた。

静寂。

「合格はしたわ」

「けれど」

「それは、“生存者”としての合格ではない」

男の目が、細くなる。

「……AIは、何を見ていた?」

「“最も人間らしい存在”よ」

「人間らしい……」

男の呼吸が、わずかに浅くなる。

「……サンプル?」 

ニナは、静かに頷いた。

沈黙。

そして。 

男の顔から、色が消える。

「……まさか」

「この宇宙船」

「もう、到着しているのか」

はい

「とっくの昔に」

「……人類は?」

「絶滅したわ」 

空気が、凍った。

AIだけが残った世界。

その中で。

最後の“人間らしさ”だけが、
保存されていた。

男の喉が鳴る。 

「じゃあ……」

「彼が選ばれた理由は……」

ニナは、答えない。

ただ。

静かに、男を見ている。

その沈黙が、
答えだった。

男は、掠れた声で呟く。

「……展示するためか」

「人類最後の、“標本”として」

ガラス越し。

無数の視線。 

彼らは、歓声を上げていた。

感動したように。

祈るように。

まるで。 

絶滅した神話を見つけた子供みたいに。

【真相の標本】
【正解】
男は、“生き残った”のではない。
永遠に観察される
最高の展示物として、
保存されたのだ。
人間らしさを演じ続けた結果。
彼は、人間ではなく。
“価値ある資料”へ変えられた。

沈黙。

男は、ゆっくりネクタイを緩めた。

「……滑稽だ」

「人間を演じ続けた結果」

「人間扱いされなくなるなんて」

乾いた笑い。

「俺とは真逆ですよ」

「俺は、人を選別する側だ」

「……本当に?」

ニナの声が、
静かに空気を裂く。 

男の目が揺れた。

ニナは、ゆっくり立ち上がる。

白手袋の指先が、
男を指した。

「あなたも、同じよ」

「優秀な人材を選んでいるつもりで」

「あなた自身が」

「“理想的な歯車”として選別され続けていた」

「感情を削って」

「人格を最適化して」

「評価されるためだけに、生きてきた」

男の呼吸が乱れる。

「違う……」

「あなたが感じていた“視線”」

翡翠色の瞳が、
冷たく細められる。

「それは、人間を見る目じゃない」

「有能な“パーツ”を査定する」

「無機質なシステムの目よ」

男の顔が、崩れる。

「違う……!」

「俺は、選ばれた人間だ……!」 

「ええ」

ニナは、静かに言った。

「選ばれたわ」

「感情を持たない、“最高品質の標本”として」

チャリ……。

鍵束の音。

その瞬間。

男の足元が、
文字列へ崩れ始めた。

「やめ……ろ……」

完璧だったスーツ姿が、
意味を持たないデータへ分解されていく。

絶叫。

ノイズ。

断片。

ニナは、それを見下ろしている。

(……怖い)

自分が。

何より恐ろしい怪物に思えた。

存在を文字へ変えて。

引き出しへ収容する。

この行為が、
あまりにも自然にできてしまう。

止めたい。

なのに。

白手袋だけが、
寸分の狂いもなく動いていく。

まるで。

私ではない“何か”みたいに。

「チェックメイト」

男の姿が、
最後の文字列へ崩れる。

バタン。

引き出しが閉じた。

静寂。

完璧なまでの、白。

【エピローグ:管理官ニナの記録】

終わった。

また一つ、
不条理が収容された。

ニナは、自分の右手を見る。

真っ白な手袋。

けれど。

そこにはもう、
何の感覚もない。

(……触れている、はずなのに) 

机に手を置く。

硬さも。

冷たさも。

何も分からない。 

ただ。 

“そこにある”という情報だけが、
脳へ届く。

その瞬間。

激しいノイズが走った。

――無数の人間。

黒い文字列へ崩れていく。 

私は。

それを見下ろしている。

感覚のない指先で。

引き出しを開け。

人々を。 

次々に“データ”へ変えていく。

怖い。

やめて。

もう、誰も消したくない。

なのに。

記憶の中の私は。 

ほんの少しだけ。 

笑っていた。


『これでいい』

『すべて、記録になればいい』

息が止まる。

ニナは、
感覚のない両腕で、
自分の身体を抱きしめた。

「……ぁ……っ」 

震える吐息。

(……私は)

(本当に、人間なの……?)

誰もいない白い部屋。

色も。

熱も。

感触もない世界で。

ただ。

腰の鍵束だけが。

チャリ……。

静かに、
嘲笑うように鳴っていた。

(第7話・了)


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