カエルと5,000円と、ばあちゃんのスロット|エッセイ|記憶の標本箱

「大学生になったら、友達や先輩に連れられて初めてのパチンコに行く」——そんな話をよく聞いていたけれど、僕の『初めて』は少し違っていた。
僕をパチンコ屋に連れて行ってくれたのは、友達でも先輩でもなく、僕のばあちゃんだった。
大学生になって初めて知ったのだが、うちのばあちゃんは大のスロット好きだった。夕方になると母親に車で駅前まで送ってもらい、吸い込まれるようにパチンコ屋へ向かう。打つ台はいつも決まって、緑色のカエルが目印の「ニューパルサー」だった。
「一緒に行くか?」
ある日、そう誘われるがままについていくと、ばあちゃんはひょいと5,000円札を一枚、僕の手札に握らせてきた。
「これで遊びな。自分のお金を突っ込みすぎるんじゃないよ」
どこにお金を入れるのかも、レバーをどう叩くのかも分からない。完全な初心者だった僕は、ルールも分からないまま、5スロ(5円スロット)のアニメ台に座った。爆音と明滅する光の中で、ばあちゃんから貰った5,000円を使って、ただただリールを回していた。
何度か連れて行ってもらううちに、僕もすっかりルールを覚え、目押し(狙った図柄を揃えること)ができるようになっていった。
ばあちゃんはいつも20スロ(20円スロット)の島にいた。僕がもらった5,000円なんて、20スロの世界ではあっという間に溶けてしまう。けれど、僕が自分の資金を無くして隣でポカンと見ていると、ばあちゃんは当たったメダルを豪快にガバッと掴み、「ほら」と僕のドル箱に分けてくれたのだった。
社会人になり、一人でスロットに行くこともたまにあったけれど、長続きはしなかった。僕にとってスロットを打つ時間とは、「一人で勝負する時間」ではなく、「ばあちゃんと過ごす時間」だったからだと思う。
目押しが苦手なばあちゃんは、昔はよく店員さんを呼んでは押し方を教えてもらっていた。でも、僕が目押しできるようになってからは違った。店内で僕の姿を見つけると、ひょいひょいと小さく手を振り、「ちょっとこれ頼むよ」と合図してくるのだ。
図柄が揃って綺麗な「7」が並ぶ瞬間はやっぱり楽しくて、自分の手持ちが尽きると、僕はよくばあちゃんの台の周りをうろちょろしていた。あの喧騒の中で、二人だけの暗黙のやり取りをするのが、どこか誇らしくて好きだった。
やがて僕が結婚し、子どもが生まれると、一人で実家に帰省する機会は減っていった。 同時に、ばあちゃんも足腰が弱くなって外に出るのが難しくなり、あんなに好きだったパチンコ屋にも通えなくなった。
久しぶりに会いに行くと、ばあちゃんは「もう一緒に遊びに行けないからさ」と言って、僕の子どもにお小遣いを握らせてくれた。かつて僕に5,000円札を握らせてくれた時と同じ、少しゴツゴツとした、温かい手だった。
そんなばあちゃんが亡くなった。
これから先、僕がまたスロットを打ちにパチンコ屋の自動ドアをくぐるかどうかは、正直自分でもよく分からない。
ただ、もしもいつか、ふらりとあの爆音の中に入ることがあるとしたら。
僕はきっと、あの日の思い出に会いに行くために、カエルが微笑むニューパルサーの前に座るのだと思う。
