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第4話:沈黙の残り香(記録No.005)|前編|管理官ニナの記録室|真相の標本箱|水平思考ゲーム

はじめに

前回のお話はこちらから

本編

【前編:鏡の表(おもて)】

「……ここに来れば、この胸のウザいざわざわを消してもらえるって、本当ですか?」

管理室「0番の仕切り」。地上から切り離された、どこまでも白い無機質な空間。

私はスクールバッグの持ち手をきつく握りしめたまま、目の前に座るアッシュシルバーの髪の少女――管理官ニナを、すがるような目で見つめた。

バッグの脇でゆらゆらと揺れる派手なマスコットは、クラスの中心にいるあの子たちとお揃いのものだ。 

正直、名前すら知らないし、可愛いと思ったことも一度もない。
ただ、あの子たちの「それな」という笑いの輪からはみ出さないためだけの、私にとっての安全装置でしかなかった。

「……お掛けなさい。あなたが『ウザい』と主張するその裏側、診てあげるわ」

彼女は冷めた紅茶に視線を落としたまま、感情を排した声で言った。

彼女がわずかに動くたび、腰の古い鍵束が「チャリ……」と硬質な音を立てて静寂を刻む。

まるでお人形みたいに綺麗なのに、人間っぽさが全くなくて、どこか少し怖い。

……ううん、周りの目を気にしてビクビクしなくていい、こんな静かで完璧な世界にいる彼女が、なんだか少し、羨ましかった。

「あの、聞いてください。私の名前は薫(かおる)って言うんですけど……最近、クラスの雰囲気がピリピリしてて最悪なんです。

なんか……誰かが私を責めてるような、冷たい視線を感じるっていうか。

別に何もしたわけでもないのに、クラスにいるのが居心地悪くって。」

私は、精一杯の困り顔を作ってみせた。

ニナは感情を映さない翡翠色の瞳をゆっくりと上げ、壁一面の引き出しの群れから、一つの煤けた標本箱を引き出した。 

「……あなたのその『胸のざわめき』。正体が何であるのか、この標本を使って診断しましょう。

……薫さん。ルールは簡単。あなたは私に質問を投げなさい。私は『はい』『いいえ』、あるいは『関係ありません』の三言だけで答える」

【標本No.005:静寂の後悔】
男は、壁の向こうから聞こえてくる「音」に、毎日苛立っていた。
「いい加減にしてくれ……」
我慢の限界に達した男が、壁を激しく叩いて抗議した翌日、ついに音は止み、部屋に完璧な静寂が訪れた。
男は平穏を手に入れたはずだったが、数日後、彼は自分の行動を一生後悔することになった。
一体、なぜ?

「……何ですか、これ。クイズ? 私はクラスの人間関係の相談にきたんですけど」

私は小さくため息をついた。しかし、ニナはガラス玉のような瞳で私を射すくめたまま、冷徹に促す。

「いいから、問いを続けなさい。この不条理を解き明かしたとき、あなたの焦燥の正体も明らかになるわ」

彼女の冷たい視線に見透かされているような気がして、私は落ち着かない気持ちのまま、思考を巡らせた。

「……わかりました。じゃあ、その男がイライラしてた壁の向こうの『音』って、楽器の練習とか、テレビの騒音ですか?」 

いいえ

「……じゃあ、隣の住人は男を困らせるために、わざと音を出してた?」

いいえ

「……嫌がらせじゃないんだ。じゃあ、その音は何か、生きるために不可欠な生活音みたいなもの?」

いいえ。……けれど、ある意味では『生きるため』の音だったわね」

ニナの返答は短く、冷たい。

生きるための、音。それなのに、男が激しく叩き返したら止まってしまった。

「……男が壁を叩き返したとき、向こうの住人は部屋にいたんですよね?」

はい

「じゃあ、その翌日に音が止まったとき……住人はまだ、そこにいた?」

「……はい。そこにはいたわ。死体となってね」

死体。

その単語が真っ白な空間に落ちた瞬間、私は一瞬、息が詰まった。

誰もいない部屋から響いていた不気味なパズルが、私の過ごす教室の光景と、じわじわと重なり合っていくような気がして――。

(前編・了)


【後編へ続く】


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