noteを始めるきっかけ
おはようございます。
今日は、noteを始めるきっかけについて書いてみようと思います。
昔から書くことが好きだった
ちょうど大学を卒業した頃である2000年代初頭、まだSNSなるものがなかった頃、世の中は空前のブログブームでした。
今で言うインフルエンサーのような一般のブロガーさんもいて、自分も読む側でしたが、何故か急に「俺も書きたい!」と思い立って、ブログを始めました。
言葉は悪いですが「クソみたいな日常」を書いていました。笑
日記みたいな感じですかね、要するに今のSNSみたいな感じでした。
それでもインターネットの世界に発信していたわけで、縁もゆかりもない方々と繋がるんですよ。
今でもカタチを変えてお付き合いしてくださる方もいます。
人との繋がり、というのはとても嬉しかったし、きっとそういうものを心のどこかで求めていたのかもしれません。
友人からも「おまえの文章引き込まれるから、なんか表現してみたら?」などと言われ、その気になって文章を書くことで生計を立てたいと思うようになりました。
しかし、ブログが大当たりするわけでもなく、ましてやそれを目指していたわけでもなく、また、生活するにはお金が必要なわけで、日々忙殺されてその夢も尻すぼみに…
年齢も30歳になり、定職に就かなきゃと安定した社会人生活を選択し、書く事をやめました(当時流行ってたmixiとかはやっていましたが)
社会人になっても褒められる文才
社会に出ても文章(文書?)を書く機会というのは当然あるわけで、とりわけ現職の会社はメール文化なんですよね。
言質を取るために文字に残すという意味合いが強いとは思いますが。
同じチームでの情報共有もメール。
ある日飲み会で、苦手で嫌いな上司から「あなたのメールの言い回し、とても参考になる。なんなら真似してるんだよ」と言われたことがありました。
それに同意する同僚もいて、「やはり文章を書くことが俺には向いているのかな」なんて思ったりしましたが、結果的にそのまま社会人生活を送り今に至ります。
ただ今でもその言葉は頭の片隅に残っていて、自分は表現者なのかもしれない、という気持ちは事あるごとに浮かんできます。
別に国語がとても得意だったわけでもなくて、俺自身もことメール文書に関しては誰かのいい表現を真似していました。
きっとその取捨選択が上手かったのだと思います。
とはいえ、「何か表現したい!」という気持ちを抱え、生活のために我慢して生き続けてきました。
…こうして過去を振り返ってみると、自分の気持ちに蓋をし続けてきたことがよくわかりますね。
適応障害で休職〜再び表現することへの渇望
昨年2024年、適応障害と診断され1ヶ月ほど休職。
収入も途絶え(後に傷病手当でロスはほぼ相殺されましたが)、自宅で無為を貪っていた時にふと、「俺の居場所はここ(会社)じゃない!」と強く感じました。
個性を殺され、根回しやら社内政治やら、そんなものに疲弊しきった自分を見出しました。
「俺が求めているのはこんなものか?金銭的に安定していても心は不安定じゃねえか!」という心からのSOS。
しかし齢44、今から何ができるだろうかと自問自答の日々。
愛娘は未就学児、住宅ローンも車のローンも抱えて冒険なんてリスキーにもほどがある。
ただ、心の奥底では社会に適合できない自分、サラリーマンにとことん向かない自分というのを痛いほど感じていたわけで。
キャリアの棚卸しというか、「今の俺ができそうなことってなんだろう?」と、自問自答の日々を過ごしました。
結果、「今の安定に縋りつくのは自分に嘘をつくことだ。もっと自分らしく生きたい!」と思うに至ったわけです。
ただ、妻子を路頭に迷わすことはできない。だったら働きながら道を拓いていこうじゃないか、ということで、noteに辿り着いたという経緯です。
「きっと俺の言葉は誰かに届くだろう」
大学卒業後に始めたブログの原点に立ち返った瞬間でした。
世の中にはたくさん情報がある。
俺がブログを始めた20年ほど前とは比べものにならないほどに。
ただ、自分で色々調べていても、本当に欲しい情報に辿り着くのは至難の業。
だったら俺がその情報源になればいい。
それが、今の自分を動かす原動力です。
まだまだこれからですが、この俺の投稿が誰かを救えたら本望…と思いながら、これから書き続けていこうと決意しました。
いま、本当にやりたいこと
とはいえ、ただこの現状を書き連ね、つぶやいていてもどうしようもないことはよくわかっています。
これまでのキャリアを振り返り、さて、俺には何がベストなんだろうと掘り下げていった結果、
「同じような苦しみに囚われている人を一人でも多く救いたい」
という大それた思いを抱くに至りました。
生きづらさを感じ、場合によっては精神を病んでもがき苦しんでいる人、そんな同志と共に前向きになりたいと思うようになりました。
しかし、思い悩み精神的に崩れた経験談などそこら中に溢れてる。
自分が学んでソリューションを導ける存在になりたいと強く思うようになりました。
まだまだこれからですが、ひたすらインプットして、同じよつな境遇の人たちを救える存在になりたいと思っています。
思えば大学時代に受けた適職診断、タレントやらアーティストやらカウンセラーやら、当時の俺には受け入れ難いものばかりだったな。
ただ、社会人生活において人の上に立ち、指導する中で、カウンセラーってしっくり来るなぁと。
だったらそれしかないよね。
実際に結果出しているし(微々たるものだけれど)、それを伸ばしていこうかな、というのが今この瞬間の偽らざる本音です。
だからこの、飾らずハラワタをかっさばいて吐き出すこの投稿が誰かの役にたつよう、これからも自分を丸裸にしていこうと思っている次第です。
それが、俺がこのnoteを始めたきっかけ。
俺の言葉が誰かを救うなら、喜んでハラワタ見せてやる。
…とか言いながら今日も仕事ズル休みしてますけどね。笑
こんな世間的にはクソみたいなアラフィフがいるってだけで勇気をもらえる方がいたらそれ以上の喜びはありません(正当化も甚だしい)
