何故貴方の息子はミソジニストの右翼になるのか?
という質問の前に、まず問われるべきは「何故貴方の娘はミサンドリストの左翼になるのか?」だ。実際これは順序が逆であり、男性の右翼・ミソジニスト化に先んじて女性の左翼・ミサンドリスト化が先行している。これはギャラップ社が世界各地の18~30歳の所謂Z世代における男女の政治傾向の推移を調査した図が分かり易い。

https://www.ft.com/content/29fd9b5c-2f35-41bf-9d4c-994db4e12998?syn-25a6b1a6=1
見て貰えれば分かる通り、総じて韓国以外の世界先進国は男性の右翼・ミソジニスト化よりも急激に女性の左翼・ミサンドリスト化が進行している。そして世界各国においては2010~2020年にかけて、女性の左翼・ミサンドリスト化が急進行した。これが何によって引き起こされたか?も明らかになっている。男女平等の進行だ。
客観的には男女平等が進めば進むほど、女性は主観的には女性差別を感じるようになるのは様々な統計や研究で確かめられている。例えば米国のギャラップ社の調査では2001年に「女性の待遇に満足してる」と答える女性は61%だったが、2021年には44%まで下落している。興味深いのは女性の待遇に満足できない女性が増えたのは2015年…metoo運動が契機であることだ。この運動自体の是非や評価はさておき、metoo運動によって男女平等が先に進んだ事や女性の声が大きな力を持つ事が示されたのは間違いない。実際2015年を契機にして積極的差別是正措置プログラムは更に加速した。それにも関わらず彼女達は「女性の待遇」により不満を持つようになり、更に「女性差別解消の為に積極的差別是正措置プログラムをやるべきだ」と思い始めているのだ。


また女性が首相を務め、様々な公的機関のトップも女性が占めており、ジェンダーギャップ指数で1位をとっているアイスランドの女性の70%程度は「女性は我が国で差別されている」と考えてることが明らかになった。2024年10月にアイスランドのGallupが1688人を対象に実施した調査では「アイスランドにおいて完全なジェンダー平等が達成されたか」の調査において男性の60%がYESと答えた1方で、女性は僅か30%がYESと答えている。
これについて彼女達の認識や主張自体の正否はココでは論じない。ただ女性達が男女平等が進むにつれて意識がアップデートされ、社会の中で性差別を発見したり、そういったものに敏感になったりしてるのは確かだ。そして貴方の息子がミソジニストの右翼になる理由もここにある。繊細で敏感になった女性達から男性は「貴方は危険で重要ではない」というメッセージを繰り返し浴びせられるようになったからだ。
ブーメラン効果
教育現場における抑圧的なジェンダー・アプローチや、幼少期からの反女性蔑視教育の強制は目的とは真逆の結果をもたらす「ブーメラン効果」を引き起こすことが心理学的・社会学的研究によって実証されている。
例えば反暴力や反女性蔑視のメッセージを強制的に受容させようとする介入は、若年男性に対しては自らの自由やアイデンティティに対する脅威(心理的リアクタンス)として知覚され、結果として暴力や差別的な態度への好意度をむしろ増加させてしまうことが確認されている。
例えば職場における女性の進出と男女平等的な試みは、しばしば(常に)男性全体を過度に非難・悪魔化するような敵対的で過激な言葉を伴うことがあり、このように強い圧力や制約を突きつけられると、人間は自分の「選択の自由」や「自律性」が脅かされたと感じ、反発してしまうことが確認されている。実際、metooやセクハラ運動が職場の女性における扱いを、どう変えたか?を分析する研究では、以下のような事が起こっていることが判明した。
・性別による隔離
セクシャルハラスメントの冤罪や誤解を恐れるあまり、男性が女性との1対1の会議、出張、会食などを意図的に避けるようになっている(所謂「ペンス・ルール」)
・メンタリング機会の喪失
キャリアアップには上層部(多くは男性)との繋がりや指導が不可欠だが、ハラスメント疑惑のリスクを避けるために男性側が女性へのメンター役を辞退するケースが増加している。(尚、女性は女性をメンタリング出来ず、そのことを実証した研究は性差別的だとしてキャンセルされた)
・セクハラ防止研修の逆効果
強制的で威圧的なセクハラ防止研修は強いリアクタンスを引き起こし、1部の男性参加者において研修後にハラスメント行為への寛容度が高まったり、被害者を非難する傾向が強まったりする逆効果が確認された。
また職場に限定されない事例として女性に対する救命措置への躊躇傾向も確認された。
要は悪い事してない子に「悪い事しないで!」と怒ったり、宿題をやろうとしてる子に「宿題やりなさい!」と叱ると、子供は逆のベクトルに進んでしまうのと同じ原理だ。これについては体感で理解出来る方が多いだろう。それと同様に「女性差別しないで!」も、言われた側は「なんやコイツ?」「私に不当なレッテルを貼っている!」「騒ぎ過ぎじゃない?」として反感を買ってしまうというだけだ。そして現在、男性があらゆる側面で、女性に対する犯罪者予備軍やハラスメント予備軍として扱われてることは否定出来ないだろう。
駅に行けば、痴漢や盗撮は駄目というポスターが並び、電車は女性専用車両があり、学校に行けば「相互理解の為」と称して生理痛体験マシーンで電流を流され、しまいには男性属性自体が原罪だと説かれる。それを象徴するのが「有害な男らしさ」という概念だ。
なにしろ「有害な男らしさ」という学術的・メディア的レッテル貼りは、当の若年男性たちに極めて不評である。調査によればZ世代の男性の37%がこの言葉を「不適切な言葉」として嫌悪しており、これは同世代の女性の約2倍の割合に上ぼる 。このように生来的な属性を「有害」と定義され、常に是正の対象として扱われることへの反発が、彼らを左翼・フェミニズムから遠ざけ、逆に反発的な右翼・アンチフェミニスズムへと駆り立てる最初のトリガーとなっている。
制度的非対称性
この手の男女論で自称中立派が言うお決まりの文句がある。それは「いがみ合ってる男女なんて極1部なんだから、それに触れずに距離を置き、自分の周囲の異性に注力しよう」というものだ。しかしながら、男女を巡る制度的非対称性は気の持ちようでどうにかなる問題ではない。男性がどう気を持とうが、女子枠やポジティブアクションといった「女性の方が有利に登用される制度」はなくならないし、トイレは広くならないし、司法の女割は続くし、男性エロ表現が規制される1方でBL無罪だし、男性専用の支援法は出来ないし、寮はボロいし、地方や転勤に行かされるし、宿直はあるし、労災や労災死は男性に偏るし、日本の異様な母権無双を非難する海外の圧力はなくならい…と例をあげればキリがない。
というよりハッキリ言えば、こうした我々の賢者気取りこそが貴方の息子をミソジニストの右翼にする要因の1つだ。目に見える或いは制度として確立された問題を「気の持ちようでなんとかなる」と流し、そんなモノを気にするのは愚かだと説く。自身の不満や違和感を矮小化され、まともに取り合わず、笑い飛ばし、更にはそれを持つこと自体がおかしいと否定される。このアプローチが如何に人間の自尊心を傷つけるかは言うまでもない。何故ならソレは「貴方は大切ではない」と伝えるのと同義だからだ。
そしてこの「貴方は大切ではない」というメッセージは社会全体が男性に投げかけている。健康面においてもこの非対称性は明白である。男性は女性よりも平均して6年早く死亡し、自殺率も高いにも関わらず、男性特有の健康問題(前立腺がんや精巣がん、男性のメンタルヘルス)に対する社会的関心や資金援助は極端に少ない。労働環境においても、日本における2010年の労災による死亡者は男性1184人に対し女性76人と、圧倒的な非対称性(約15.6倍)が存在する。社会のインフラを維持するための過酷な労働によって消費される男性の命は、政治的議論から完全に排除されている。これらが意味するところは明白だ。女性は大切だが男性は大切ではない。
地政学的危機における男性被害者の不可視化
そしてこれは国だけでなく国際社会も1貫して「男性は大切ではない」というメッセージを発信している。ウクライナにおける武力紛争の民間人保護に関する国連人権監視ミッション(2025年5月報告)のデータによれば、実際の民間人犠牲者の内訳は明確に男性に偏っている。具体的には成人男性19899人、成人女性14058人、男児1400人、女児1073人だ。民間人の死者の約59%を男性・男児が占め、特に男児の死者が女児を上回っている客観的事実が存在するにも関わらず、国際社会は1貫して「この戦争では特に女性と女児が影響を受けている」というメッセージを垂れ流している。
成人男性の出国を禁じる強制動員政策によって男性が最前線や危険地域に留め置かれ、基本的人権を剥奪された状態で命を落としている現実がある中で、男性被害者を意図的に不可視化し、女性のみを優先的な保護対象とする国際社会のナラティブを浴びて、男性がどう思うか?を語る間でもない。
極端なミサンドリーの不可罰化と日常化
そしてこうしたメッセージは社会だけでなく個人レベルからも発せられる。Xを見れば、如何に女性達が男性達は汚くて気持ち悪くて有害か?を熱心に語ってる。これに対して「男性も女性に対してそういうことを言ってるではないか」と反論する方もいるだろう。しかし問題は「規模」と「許され度」の違いだ。例えば男性が「女性死ね」とポストしたところで、そこまでバズることはなく、当然に過激なミソジニストとして非難を浴びるだろう。しかし女性の場合はコレだ。
バズるとか許されるとかを超えて、ヘイト表現で界隈を形成しているのである。これはXがTwitter時代に規制されるまで続いた。
女性から男性に対するヘイトは無制限に許されるが、男性から女性へのヘイトは決して許されない。実際に前述のデータの通り男性以上に女性が極左・ミサンドリスト化しているのだが、それは問題として騒がれないのが答えである。日常的にこうした非対称な言説に晒されている少年たちが、フェミニズムや進歩的イデオロギーに対して深い警戒心と敵意を抱くのは、心理的な防衛本能として極めて自然な帰結だろう。
分断の加速と「代替となる居場所」
このような環境下において、疎外感と不当な原罪意識を抱えた男性達はどこへ向かうのか。それは彼等の痛みを肯定し、「君は悪くない」「過剰なのは社会の方だ」と語りかけてくれる空間である。現代においてその空間を提供するのは、主にインターネット上のアルゴリズムと、いわゆる「マノスフィア(男性中心のオンラインコミュニティ)」や右派・アンチフェミニズムを掲げるインフルエンサー達や、彼等の苦境を具体的なデータや研究で証明してくれる理論家だ(他人事みたいに書いたが私の担ってるポジションがコレだろう)。
またSNSや動画プラットフォームのアルゴリズムは、人間の怒りや対立を煽るコンテンツを優先的に拡散するよう設計されている。その結果、以下のような悪循環が引き起こされる。
1.女性側の過激なミサンドリー的発言が、男性のタイムラインに意図的かつ集中的に運ばれる。
2.それに反発する男性に対し、「反フェミニズム」や「伝統的男らしさの復権」を説くコンテンツが次々とレコメンドされる。
3.社会から「有害」とラベリングされ、対面でのコミュニケーションにリスクを感じるようになった彼らにとって、そこは自己肯定感を回復できる唯1の「居場所」として機能する。
…としたり顔で自称中立派は語るだろうが、問題は「1」が万イイネされるという形でバズったり、メディア記事や人文学者といった場で頻繁に流れる事実である。

つまりエコチェンバーやSNSアルゴリズム論で必ず唱えられる「過激な1部の人間がクローズアップされる」論は通用しないのだ。そして実際に客観的検証ではどうであるか?は前述の通りだ。様々なデータは1貫して女性全般が、特に若年女性を中心に過激化してる事を示してる。
更に言えば、女性全般の傾向が「フェミニストではないと自認するが、強固なフェミニズム意識を抱いている」な事も確かめられている。
例えばイソプスが2018年に行った調査によれば日本人の15%が自分をフェミニストだと自認していたが、その1方で「貴方は女性の平等な機会を提唱し支援したいですか?」という思想強めな質問に42%の女性が賛同することが確認されている。この質問には「わからない」という回答も用意されていたが、それでも日本人女性の4割が「賛同する」と答えたのだ。
また同イソプス調査で「貴方は女性の平等な機会を提唱し支援したいですか?」という質問にハンガリーは46%の女性が賛同した。ハンガリー女性は日本女性と意識が近いと表現出来る。このハンガリーで行われた女性に「私たちの社会では少女と女性は少年と男性ほどには扱われていない」「女性と男性は同じ仕事に対して平等に報酬を受け取るべきである」「女性の無給労働は社会的にもっと評価されるべきである」と3つの信念についてYESかNOで答えさせ、最後に「あなたはフェミニストだと自認しますか?」と質問した研究がある。
結果としては79%の女性が3つの信念を支持し、18%が2つの信念を支持し、2%が1つの信念を支持し、1%が全ての信念を否定した。そして女性の43.5%は「自分はフェミニストである」と答え、56.5%が「自分はフェミニストではない」と回答した。この調査結果からは、次のような事実が浮かび上がる。即ち「女性の8割程度は極めて強い思想を有しており、それはフェミニズムやフェミニストに否定的態度をとる女性でも例外ではない」ということだ。というよりフェミニズム的信念を強く抱いているのに「自分はフェミニストではない」と否定する女性層こそが女性全体の最大マジョリティなのである。
アルゴリズムの影響も勿論あるだろうが、女性のそれは最早アルゴリズム云々や1部の過激な人間が…的なお決まりの文句で誤魔化せるものではない(そしてこういった問題の矮小化と真摯に向き合う事の拒否こそが、男性を右翼・ミソジニスト化させてる要因の1つだ)。
結論
我々が問わなければならないのは男児達に「貴方は危険で大切ではない」と言い続け、彼等の違和感が具体的制度となって可視化されても「1部が騒いでいるだけ」として取り合わず、言論空間に男性憎悪を蔓延させ、女子枠やポジティブアクションで彼等の席を減らし続けてきて、果たして彼等がどのように育つと期待していたか?
また左翼はメガホンを持って彼等を追い掛け回し、彼等が如何に邪悪で危険で特権階級で女性に贖罪する必要があると説き続けてきたが、成長した彼等が左翼を支持しないことは本当に驚くべき出来事だったのだろうか?
そして肝心な事に女性の過激化が始まった2010年~の少年達は、これに抗う力がなかった事だ。
彼らが多感な思春期を過ごした2010年代から2020年代にかけて、社会のメインストリームにおけるジェンダーの語り口は「加害者たる男性・被害者たる女性」という構図に大きく傾倒した。また卵が先か鶏が先かは別に、女性達も過激化していった。教育現場やメディアを通じて「男性であること」に伴う特権を自覚し、反省するよう求められた少年達には、自らの声で反論するための社会的地位も、言語的語彙も備わっていなかったのだ。
何故、貴方の息子はミソジニストの右翼になるのか?
その答えは、彼が少年の頃に見つめていた社会という鏡に彼を肯定する姿が映っておらず、また冷たい雨から守ってくれる傘もなかったからに他ならない。
余談
右翼は左翼と違って騎士ではない…とは言えない。今の男女平等先進国における右翼の最大の特徴は、左翼と違って男性の方が女性に比して差別的に扱われてること、男性特有の困難があることは認めてくれるが、その結論は必ず「だから男性は強くならなくてはいけない!」と(男性の)片務的義務論に落ち着くことだ。しかし、これはどっちもどっちではない。程度差という観点では右翼は左翼よりマシではある。端的に言えば「男性は罪人だ!」をドグマとするのが左翼で、「男性は奴隷だ!」をドグマとするのが右翼である(奴隷の方が罪人よりかはマシ)。
