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安定って何ですか?

私の実家は、蜜柑農家だった。平地ではなく山に広がる蜜柑畑。子供の頃は、山が遊び場。開墾して石を積み上げて段々畑になっている。よく弟は、おもちゃのダンプカーに土を入れて、一緒に石垣を創っていたっけ。冬には皆で蜜柑の収穫。寒い中みんなで食べるお弁当。親戚のおじさんおばさんも一緒に。そんなのどかな毎日だった。

けれど私は、小学生くらいになると、それが恥ずかしいことだと思っていた。
農家。一年中休みはない。雨が降っても、自宅横の蜜柑小屋で作業をする両親。経済的にも、毎月決まった収入があるわけじゃない。年に一度、冬の収穫の時期だけ収入がある。それを一年間、母はやりくりしていたのだと思う。母はよく愚痴を言っていた。お金の管理は祖母がしていて、毎月10万円で生活と色々な支払いをしていたと。当時、祖母は牛乳の宅配を頼んでいたのだけれど、私と弟の分も一緒に注文してほしいと頼んだけど断られたのだとか。多分ずっと根に持ってたんだろうな。あくまで母だけの言い分だけど。

そんな苦労話をずっと聞いていた。母は結婚するまでは靴のメーカーに勤めていたのだとか。結婚を機に仕事を辞めて、それまでやったことのなかった農業をやることに。母は私にいつもこう言っていた。「女でも、結婚しても、出産しても、長く続けられる公務員が良いよ。絶対に。決まった額をもらえるしボーナスもある。退職金もある。倒産もない。」

私の中には、「自営=経済的に苦しい」「公務員=安定・安心」という公式が出来上がっていたのだと思う。他に「コレが好き」とういことも、あまりなかったように思う。いや、あった。本を読むのが少し好き、絵を描くことが少し好き。デザイナーになりたいと思ったこともあったな。でもそれが仕事に結びつくなんて、1ミリも考えたことはなかった。仕事とは雇われること。自ら何かを生み出すなんて、想像もしたこともなかった。そして私は短大の時に公務員試験を受ける。が、全滅。そして半年間、公務員専門学校に通わせてもらい、1年後、国家公務員になった。

けれど人は変わる。考え方も変わる。21歳だった私は、20年以上かけて色々な経験をして、色々な学びをして、仕事に対する考え方や生き方に対する考え方、この先どんな在り方で生きていきたいか、そんなことを考えるようになっていた。

21歳の私は、そんなこと考えもしなかった。
度々鬱や体調不良を繰り返してきた私は、安心・安定の公務員を退職した。48歳の時だった。ほとんどの人に、「もったいない!」と言われた。

辞めてはみたものの、「はて?何しよう?」と。起業してみようとあれこれ模索してみたけれど挫折。退職金も心もとなくなってきて求職活動。

コレを書いている今、派遣社員として働き始めた2025年8月。
収入は公務員時代には及ばないが、27年間で培ってきた経験が、意外にも色々なところでお役に立てるようで、有難い限りである。
「資格も何もない、私には出来ることが何もない。」と度々落ち込んできた私だったけど。必要としていただけるところで働きながら、こうして書く時間がある日常。

21歳の頃に思い描いていた安定とは違うけれど、
心は公務員時代とは比べ物にならないくらい安定している。
人の役には立たない内容かもしれないけれど、こうして文章を書くという楽しみにも気づけた。

書いたからには、何処か陽の当たるところに出してみようか。陽に当てなければ腐ってしまいそうだな。鬱々と考えるのが得意な私だから、そうなる前に早めに出してしまおう。

#エッセイ #在り方  

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