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どんぐり農家を続けるべきか・・・#32 破れた恋の数だけ人に優しくできる

どんぐり農家を続けるべきか・・・。

そんなことを毎回言っているが、辞める気などないのだろう?

寂しがり屋さんの女子(おなご)のように気を引きたいのだろうと思われているかも知れない。

そんなことはない。辞められるものなら、どんぐり農家など辞めたい。

ただ、他に何が出来るのかと考えると、全く浮かばないだけである。

草食系の博文に恋の相談を受けた。
当然、碧ちゃんに対してである。

アホの幸三に「碧ちゃんは俺っちと付き合うから降りろ!」と言われたのだそうだ。

博文も幸三もエリートのどんぐり農家と言っても、樫椎独自の階級制度では博文は『ミズナラ』階級、『コナラ』の幸三より一つ上である。

「どんぐり農家である上、ミズナラなのだから、碧ちゃんも自分を選ぶはずだ!」

泣きながら自分に訴えてきた。

そんな話を聞いていたら、昔の苦々しい思い出が蘇り、眠れなくなってしまった。

自分は関谷学園高校かんごくがくえんを卒業し、山を出て都会に打って出ると、都会での就職を目指した。

「どんぐりを拾うこと以外に得意なことは無いのかね?どんぐりを拾う系の仕事がしたいって何?ウチの仕事の何に役立つの、ソレ?」

都会の会社の面接で成金社長たちにこき下ろされ、深いため息をつかれ、ペンを放り出された。さらに両隣の面接官が顔を見合わせて失笑しやがった。

そんな扱いを受けるとは夢にも思わなかった。
自分は樫椎二十二階級制度かしいにじゅうにかいきゅうせいどの中で、第七位の『アベマキ』の階級なのである。

ほとんどの団栗地区の者は『コナラ』せいぜい『ミズナラ』であり、
大変生意気な話ではあるが、仮に日本の位階制度に当てはめると
『アベマキ』は従三位である。

これは、どんぐり農家の中でも、かなりの高い身分なのだ。

樫椎位階制度は非常に厳格で「今はみな平等だ」と山主様も建前で言っているが、そんなわけはない。

何しろ、この制度が山主様がふんぞり返っていられる根拠なのだから。

もっとも、これは自分の力ではなく、御父上が樫椎出身ではない身でありながら、この辺境の地に移住して、『都会者めが山主様に媚びよって!』『山民ではないからミスするのだ!下がっちおれ!』と泥水をすすりながら努力したお陰なのだ。

御父上は『椎山警備保障株式会社』の設立に深く関わり、二代目社長に就任したことで、『馬刀葉椎まてばしい』の階級まで登り詰め、嫡男である自分も『アベマキ』の位階を手に入れたのだ。

自分は高校受験で県立農業に落ちて、関谷樫椎家が経営する関谷学園高校に進学するしかなかった。

関谷樫椎家を決して許さない山主様にも、山主様親衛隊とも言える『椎山警備保障』社長の御父上にも見切られてしまったが、それでも若かった自分は『特別な階級の人間』なのだと思い上がっていた。

だから山を出て、就職の面接を受けた時も、得意げに自分が山のエリート層である『どんぐり農家』であり、しかも『アベマキ階級』なのだと履歴書に、そこだけボールペンではなく、マッキー極太で大きく記入した。

しかし、噂以上に都会は冷たく、自分を尊重してくれず、

「こんな無礼な会社はこちらから願い下げだ!」

そう言い放ち、席を立ち続けていた。


しかし12社目で樫椎出身の社長と巡り合った。
キチンと礼節をわきまえた社長で面接では上座を譲られ、

「俺っちは辺泥の山菜農家で階級は『ウド』っちですよ!団栗の高貴な方が面接に来て頂いて光栄です。」

そう謙遜していたので、

「『ウド』から身を立てて、都会で社長を何十年もやっているのだから、お前も立派ではないか。」

そう言ってやると、「もったいないお言葉痛み入ります。」と大変喜び、『株式会社 ラッキー知恵の輪金属かぶしきがいしゃらっきーちえのわきんぞく』に採用が決まった。

社長に「自分は開発部で知恵の輪の開発に携わろうと思う。」と言って、
開発部に配属された。

適当に知恵の輪を作ってみたものの、外れなかったり、簡単に外れてしまう物しか作れず、すぐに嫌になった。

「なんでこんなヤツ採用したんですか?」
先輩のあまりの言葉に掴みかかってしまってからは、完全に腫物扱いにされた。

全然評価してくれない先輩や上司に嫌気がさし、社長に「やっぱり営業部に行こうと思う!」と告げて、営業部に移ったのだが、社長が同じ樫椎出身者が経営する会社を担当させてくれた。

自分がどんぐり農家の出で階級が『アベマキ』で父は『馬刀葉まてば』だと言って、「買って貰わぬわけにはいかぬのだ!」と言うと、取引先の社長も困った顔をしながらも、知恵の輪を買ってくれた。

そんな絶好調の頃、結構タイプだった製造部の房江に声をかけたのだ。

房江はラッキー知恵の輪金属への就職が決まり、バイトできていた女子おなごだった。

自分は1つ先輩で、トップセールスマン。

しかも『どんぐり農家』の身分であるばかりか『アベマキ』の階級も持っており、父は『椎山警備保障の社長』。
死角なしだった。

よく房江を誘って金を全部出してやって公園デートをした。

胸に『アベマキ』の階級章を付けて、自分がいかにどんぐりを早く拾えるか、格好の良いところを見せてつけやった。

山でもトップクラスのどんぐり拾いのスピードに房江は感動し喜び、何度も「もっと拾って!」と笑い、何枚も写メを撮って喜んでいた。

毎回毎回、色々な公園で「どんぐり拾う所をみたい」と言われて、自分が圧倒的スピードを見せつけてやると大喜びするのだ。

当然、房江にとって、自分は『先輩』であり、『営業部のエース』であり、『どんぐり農家』であり、『アベマキ階級』であり、『圧倒的などんぐりを拾うスピードスター』であり、完全に自分にお熱なのだと信じて疑わなかった。

房江のどんぐり拾いを見て喜ぶ笑顔たるや、そこら辺のアイドルの何倍も可愛いらしくて、自分も房江を嫁に貰ってやっても良いとまで考えていた。


しかし、ある日、製造部の連中に、「先輩~!トカゲみたくどんぐり拾うとこ見せて下さいよ~」と笑われた。

「なぜ、お前らに見せねばならんのだ!」

おかしなことをいう人達だと思いながら、営業部に戻ると、営業部の憧れの的、千尋姐ちひろねえさんまでもが、

「トカゲみたく這いつくばって、キョロキョロどんぐりを見つけて、異常なスピードでどんぐり拾うんでしょ!私も見てみたい!」
そう言って周りの営業や営業事務までもが笑うのだ。

この人たちは『山外』という低い身分の人達だが、ここは山ではないので、郷に入りては郷に従えで、自分は普通に接してあげていた。

しかし、次第に房江がデートの時に自分にどんぐりを拾わせて、
社内で「どんぐりトカゲ男」とネタにしていたことが分かってきた。

製造部の仲間と皆でどんぐりを拾う自分を笑いバカにしていたのだ。

自分の知らない社員や、パート、アルバイトまでが、
「どんぐり拾うの見せて下さいよー」
うすら笑いを浮かべ声をかけてきたり、クスクス笑うようになり、

町では房江の友達なのか誰なのか、知らない人に何度も、
「どんぐりトカゲいるじゃん」
小ばかにしたような顔でニヤニヤ笑われた。

誰が伝えたのか、取引先の担当者や事務員さんまでが、
「這いつくばって、トカゲみたくバタバタ走りながら、どんぐり拾うんだって?」

ゲラゲラ笑われたその時は、苦笑いをして何とか凌いだが、

「もうこの土地には居られないっち」

営業車の中で一人声を上げて泣いた。

社長は退社の日に
「山のルールは山だけにするっちぞ。ウチでそれだけ学べたら十分っち」
そう言って、肩をモミモミしてくれた。

そんな苦い経験を持つ自分は、自分を頼り相談してきた博文に、

「『どんぐり農家』だの、『ミズナラの位階』など、都会の賢い女子大生の碧ちゃんには1ミクロンも通用しないっちぞ!」

そう伝えてやるべきだろうか、しかし、草食系の博文が自分の最大の武器がハリボテで、実は丸腰であることを知ったらどうだろうか?

『都会の賢い女子大生』というあまりに眩いブランドに委縮してしまうのではないかとも思う。

伝えるべきなのか、悩ましいところだ・・・

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