どんぐり農家を続けるべきか・・・#16 天才的なアイドル様
どんぐり農家を続けるべきか・・・。
俄然、どんぐり農家を続けたくなってきた。
椎山大新年会(#15)の後、一人走り帰っていった幸三が遅れて帰ってきた男衆を『どんぐり集会所』に体全体を使って手招きしていた。
幸三は先程、山の新年行事の椎山大新年会で恐竜の着ぐるみ姿を山主様にバッサリとやられて、地区としてのプライドが著しく傷つけられたばかりだ。
山のエリートである同じどんぐり農家でありながら自分達の先祖は武将だと、ちょっとマウントを取ってくる生意気な椎山地区や山のカーストでは格下のはずの山菜農家のくせに最近やたらと絡んでくる九頭地区の連中にまで見下された悔しさで、皆、幸三を睨みつけた。
しかし、幸三はそんなことはもう忘れたとばかりに、全身を使って必死に両手で『こっちに来い』と、どうやら男衆だけを呼んでいるようだった。

仕方なく団栗集会所の方に向かうと、幸三は甲高い声を上ずらせ、
「お、女子(おなご)っち!お、お、女子がいたっち!お、女子が!」
と身振り手振りの割には、あまりにも薄い情報を必死に伝えて来た。
「全然わからん!お前はいつも説明が下手過ぎるちが!女子がいたのか?何て名前だ!どんな女子なのだ!何歳だった!どんな髪型だったのだ!」
兄の幸次が顔を真っ赤にして幸三に詰め寄ったが、いつも感情が先走る幸次では一向に要領を得なかった。
女子の話となればやはり男前は余裕が違う、順也が幸三の肩に手を置くと
「幸三、落ち着いて順を追って話せ、俺たちの所から走り去った後どうなったのだ?」
と聞くと、幸三も少し落ち着きを取り戻した。
「ンポホー人の和美さんに捕らまえられたっち!」
「公民館館長を委託されているNPO法人の和美さんに捕まったっちなー。ほんで、どーなった?ゆっくり、順を追って話せ。」
順也は幸三を落ち着ける様にゆっくりと聞いた。幸三はブンブンと何度も頷き、
「『なんで裸で走って来たか!追いはぎにあったんか!警察呼んじゃる!』言われた。」
「ほんで『追いはぎではない、自分で脱いで走って来たから警察呼ばんでいいっち』と言った。」
「ほしたら『自分で脱いで走っとったんか、この変態男児が!警察呼ぶ!』言われた。」
「だから『警察は呼ばんでいいっち』言った。」
一向に核心に近づかない幸三の話に皆がイライラしてきて身を乗り出して、
「ほんで!もう警察の話はいい!その後どうなったのだ!」
と声を荒げた。
「女子がおった。ア、アイドルみたいな女子がおった!」
と唐突に核心に辿り着いて、皆のボルテージがいきなり上がり、
「どういうことっちゃあ!分からん!」
「アイドル言っても色々居ろう!誰ち!言え!」
「公民館に居ったか!外か!髪型はどうじゃ!家はどこじゃ!」
「なんで居る?なんで居るかを言え!幸三!なんで居る!」
この退屈な山に我々が知らないアイドルの様な女子がいるという天変地異のような事態に普段はおとなしいナマズ顔の長太郎は何かを察知したナマズが水槽の中をグルグル泳ぎ回るように、皆の周りをウロウロと周り、
更におとなしい草食系の博文まで、何か得体の知れない異常事態を感じ取ったヤギの様にキョロキョロしながら右往左往し異常行動をとっていた。

草食系ではないにせよ肉食と言うほどでもない自分も、興奮した犬が走り回り、時々自らの尻尾を追う様に集会所内をせわしなくうろついていたようで、竜也に
「お前も落ち着け!犬か!」
と言われてしまい、皆の前で恥をかかされ奥歯を嚙みしめた。
外に出ず集会所に寝泊まりしている守先輩だけは
「その女子は都会から俺を追ってきた刺客っち!もうバレとるっち!」
と一人怯えていたが、皆、それどころではない様子で
「おい!公民館にアイドル見に行こうぜ!」
と太郎が叫ぶと同時に守先輩以外の全員が集会所を飛び出し走り出した。
時間は17時だったが、走ればまだ公民館で会えるかも知れない。
「既婚者は帰れ!バカ野郎っ!」
「母ちゃんは、母ちゃん。アイドルは、アイドルだろがっ!」
「おっさんが大勢押しかけたら、アイドルが怯えろうが!」
少なくとも日中、椎山大新年会でプライドを傷つけられたことを忘れて、皆がはしゃぎ、時折、飛び跳ねながら山道を走り下って行った。
団栗地区の名誉のために言うと、皆を動かしているのは多分、下心ではない。退屈な山に知らない人が来るとテンションが上がるのだ。
それが幸三が言うには『アイドル』のような女性だと言うので、
50%増しぐらいでテンションが上がっていたのだ。

山を駆け下りて仔馬宿の郡道109号に突き当たり右折すると『パチンコ三好』そして『バス停』を過ぎて、『小中学校』の前に差し掛かった時、公民館の方から仔馬宿公民館長の和美さんとベージュ色っぽいコート姿に白いモフモフマフラーを巻いたうら若き女子が並んで歩いて来た。
幸三が先程一度見ているはずなのに、信じられないものを見たかのように女子を指差し口をパクパクさせた。
先程まではしゃいで跳ねるように走って来た連中が皆一様に押し黙り、アホ面を並べてボーっとアイドルに見とれていた。
「なんだい!団栗地区か!やっと九頭地区と関谷地区を追い返したのに!もうバスが来るからどきな!」
和美さんに冷たくあしらわれてしまった。が、
「姪の中台 碧(なかだい あおい)です!団栗地区の皆さんですね!これから宜しくお願いしますね!」
と『アイドル』がぺこりと頭を下げた。
「これからと言うのは、ずっと公民館に居るんか?」
「公民館で働くんか?」
「明日も来るのか?」
「名前はどういう字なのだ!どこに帰るのだ!その服はどこで買ったのだ!」
皆が勝手に質問するのを公民館長の和美さんが遮ると、
「碧はあんた達と違って天才なんだよ!大学で地方創生の勉強をしているから、時々ここに呼んで、地方の中でも廃れきった山を見せてあげて、何が出来るのか勉強させてやるんだよ!ほら、バスが来たよ!どきな!」
と言われ、二人はバスに乗り込んでしまった。
走り始めたバスの中で碧さんが微笑んで会釈してくれた。

「都会の女子っちな…いくらなんでも、お洒落が過ぎるぞ。」
「でも可愛らしくて、愛想の良い、気立てええ女子だったのう・・・」
皆が立ち尽くし、バスの後ろ窓が見えなくなるまでずっと見送った。
幸三は夢遊病のようにペタペタと100mほどバスを追いかけていた。
