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【連載小説】第6話 普通の高校生は人形劇の夢を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門




第6話  (約3400字)

「……那! 奈那! ちょっと起きなさいよ!」

 目を開けると、怖いものでも見ているような、そんな母さんの顔が見えた。あたしと目が合うと、やっと安心したように息をつく。

「いつまで経っても起きてこないから心配になって起こしに来たはいいけど……あんた、死んだように寝てて。本当に心配したんだから」

 上半身を起こすと、よほど揺さぶられたのか、頭がくらくらする。押さえて治るものじゃないけど右手で頭を押さえたら、手首に髪の毛が張り付いた。ねっとりとした、甘いにおいのする液体。蜂蜜だ。

 全身に鳥肌が立つと同時に、あたしは思わず母さんに抱きついた。

「母さん、ほんっと起こしてくれたこと、感謝してる! あたし、もう二度と目が覚めないかと思った」

 母さんはびっくりしていたみたいだけど、すぐに頭をポンポンと叩く。

「あんたって毎朝言うことが変わるのね。見てて飽きないわ」

「ありがとう! ほんとマジでありがとう!」

 あたしは何度も何度も礼を言った。何度言っても足りないくらい感謝していた。

「さ、早く学校行く準備しなさいよね。まだ今日は金曜なんだから」

 そう言って母さんは部屋を出て行く。あたしは着替えて出かける準備をしながら時計を見た。今日は余裕をもって起こしてくれたらしい。

 キッチンへ向かうと、パンが焼くだけの状態にしてあった。パンの表面にマーガリンを塗って、カリカリベーコンとスライスしたゆで卵とみじん切りのタマネギ、その上からチーズをのせて仕上げに網みたいになるようにケチャップとマヨネーズをかけて、これをトーストすると最高に美味い。命名、あたし的朝のスペシャルトースト。

 朝から幸せな気分に浸りながら、ドリップしたコーヒーをすする。母さんは向かい側の席で食後のコーヒーを飲みながら、テレビを見ていた。

「それにしても、まだ見つからないのね、この人たち」

 母さんはコーヒーカップを置くと、ため息を吐く。あたしはトーストにかぶりつきながらテレビを振り返った。そこには三人の男女の写真が映し出されていた。まるまる太った男子中学生と、スレた感じのお姉さん、これまた太った肌ボロボロのオタク系女。あたしはトーストをかじることも忘れて、その写真に目が釘付けになった。

「当初それぞれの事件に関連性は無いと思われて捜査されてきましたが、彼らは上森市にある海星小学校の卒業生であるという情報が発表され――」

「海星小学校って、あんたの母校じゃない。嫌ねぇ縁起でもない」

 母さんは新聞に手を伸ばしながらあたしの方に目を向けた。あたしは何も言えないまま目を合わせ、とりあえず落ち着こうとコーヒーカップを手にする。

「また、最近政治界に姿を現さずにいる片寄秀彰環境大臣も同小学校の卒業生であることから、この一連の事件に関与しているのではないかと、私たちは独自の調査を進めてきました。現在片寄大臣の自宅前にいる佐藤キャスターと中継が――」

 アナウンサーの声と同時に、メガネとスーツのちょっと髪の薄い頭固そうなおじさんの写真がテレビに写ったとき、それはもう、一生に一度出来るか出来ないかってほど見事なくらいに、あたしはコーヒーを吹いた。

「あんたって子は、どうして静かにご飯が食べられないの?」

 母さんは眉間にしわを寄せ、押さえた頭を小さく横に振っていた。でも、呆れかえっている母さんに言い返す心の余裕なんて、今のあたしは持ちあわせてない。

 行方不明者の顔に見覚えがあったら、それは誰だって驚くだろう。しかも四人中三人となればなおさらだ。太った男子中学生と、スレたお姉さんと、それとこの政治家。あのピエロが出てきた夢の中で、キモい感じに飴を食べていた人たちだった。中学生とお姉さんはどこかであたしがこの関連のニュースを見ていて、それで夢に出てきたんだって説明できる。でも自慢じゃないが政治家の顔なんてあたしが見るわけがない。

 あたしは噴射したコーヒーを拭いてご飯を食べ終わると、何も言わずに靴を履いて学校へ向かった。ぼーっとしたまま教室に入ると、未紀が大きく目を開いてあたしに声をかけてくる。

「奈那? 大丈夫? 体調でも悪いの?」

「あ、おはよ。ごめん、全然元気」

 あたしは遠くを見つめたまま、手首をパタパタと動かし、元気さをアピールする。未紀はあたしの様子を低く唸りながら眺めていたが、元気づけるように肩を叩いた。

「まあ、ユキヒロさんにはユキヒロさんなりの、何か事情があったんだよ。仕方ないよね」

 あたしは一瞬彼女が何を言ってるのかわからず、顔をまじまじと見つめてしまった。でも見つめていても何を言っているのかわからない。

「え、ユッキーが何? どうかしたの?」

 今度は彼女が驚いたようにあたしの顔をまじまじと見つめる。

「え、ユキヒロさん関係じゃないの? じゃあどうしたの? 何か変なもの拾って食べた?」

「それって親友が心配してかける言葉?」

 彼女はまあまあ、と笑って席に着く。あたしも腰掛けて、身体を彼女の方へ向けた。

「で、本当に何よ。ユッキーに何かあったの?」

 彼女は机に頬杖をついて、へぇー、って言いながらにやにやと笑う。黒髪が肩から机へさらさらと流れて、すごく大人びて見える。あたしも真似して頬杖をついてみたけど、週末に遊園地へ連れて行ってもらえない子どもみたいに見られる気がして、すぐに手を降ろした。

「昨日、ユキヒロさんのラジオ、聴かなかったんだね。今日奈那がラジオの内容を話すんだろうなぁと思って、私聴いていたんだけど」

「あ、そうだ! 昨日じゃん」

 あたしは携帯を開いてカレンダーを確認した。

 昨日は家に帰るなり、深夜を待つ前に寝てしまったのだ。やっぱり時間つぶしにベッドの中で漫画を読むのはダメだな。

「それで、時間にラジオをつけたら、ユキヒロさんの声じゃないのよ。どうやらユキヒロさんは体調不良とかで、急遽ピンチヒッターの方がされたみたい」

「ええ? ヤだ何それどういうこと? ユッキーは大丈夫なの? 風邪? ヤバいの? 死んじゃうの? ガン? ヘルニア? 白血病?」

「いや、そんな詳しくは知らないけど、でも心配いらないって言ってたよ? それに、あの雰囲気からすると、もしかしたらただの遅刻とか、そういうのだったかもしれないし」

 彼女は軽く肩をすくめて見せる。

「あのね、未紀。ユッキーはドタキャンとかはしないの! きちんとスケジュールを管理してて、少々の風邪なら無理してでも出演するんです! そのユッキーが休むなんてただごとじゃないんだってば。わかってる?」

 彼女に噛みつくようにまくし立てると、彼女はあたしが前のめりになった分のけぞっていた。とっさにヤバいと思ったんだろうけど、少々のけぞったところであたしのツバは飛ぶ。

 彼女が不満を漏らす前に、教室の入り口の扉が開いた。だけど入ってきたのはハゲタンじゃなくて、副担。

「はい、みんな着席してー」

 あたしたちは何事かとざわめきながらも席に着いた。気が利く副担の佐伯先生は、まず気になることを教えてくれた。

「おはようございます。今日は、後藤先生は緊急の出張があって出かけていらっしゃいますので、何かあったら私の方まで連絡を下さい。いいかな? では朝礼を始めます」

 おざなりの朝礼を終えて、一限目の授業が始まるまでの間、教室中ハゲタンの話題で持ちきりだった。ヤツが事前の連絡無しで来ないなんて前代未聞。何かの都合で来ないときも必ず一週間前から何度か言ってくるし、異常なくらい健康だから突然風邪をひいて休んだりもしない。さぞかしプリプリ言いながらその緊急の出張とやらへ行ったことだろう。

 あたしはいつもと同じようなよくわからない授業を、高速でペンを回す練習をしながら聞き流した。どんなにつまらなくても寝たくはなかった。朝のことが尾を引いているみたいで、とてもじゃないがそんな気分にはならない。

 放課後にはいつもみたいに未紀と買い物に行って、いつもみたいに家でテレビを見て笑って、いつもみたいにテレビの内容のチャットをしたけど、心の中は穏やかじゃなかった。夜が来るのが嫌で、明日は休みだけど早く起こしてくれるように何度も何度も気持ち悪がられるほどに母さんに頼み込んだ。

 ベッドの上で、座って漫画を読んでいたんだけど、やっぱりあたしには完徹とかは無理らしく、次第に海の中で昆布に足を引っ張られていくみたいに深く深く眠り込んでしまっていた。





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