【連載小説】第3話 普通の高校生は人形劇の夢を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
第3話 (約3300字)
「ねえってば。奈那、もう起きてよ」
未紀のよく通るはっきりとした声で、あたしは目を覚ました。白いシーツの中でがさごそと身体の向きを変えると、オレンジ色に染まった外の風景と未紀の呆れた顔が見える。
「あ、おはよ」
「おはやくはないでしょう。夕方だよ夕方」
彼女は大きくため息をついて、窓にもたれかかる。
「終礼するから連れてこいって、後藤先生に頼まれたの。お腹の調子はいかがでしょうか?」
「それはご親切にどうも。腹具合は大変結構でございます」
あたしは上体を起こし、ぼさぼさになった髪を手櫛で撫でつける。そして一つあくびをすると、足で上履きを引き寄せて履く。
「それにしても、どんな夢見てたの?」
「え? どうして?」
あたしは驚いて顔を上げると、彼女は人差し指であたしの口元を指す。
「ここ、よだれの線」
慌てて鏡に駆け寄ると、たしかに跡がついていた。
「うわー、現実でも出てたんだ……ヘコむわー」
「そんな美味しいものを食べる夢だったの?」
「いや、全然。むしろ悪夢」
「よだれの出るような悪夢、ね」
彼女は小さく笑う。あたしがよだれの線を拭いたのを確認すると、二人で教室に帰った。
今度学力テストがあるとかないとか、たいして重要でも無い話を延々と聞かされる終礼が終わると、あたしと未紀は買い物へ出かける。買い物といっても見るだけで、本当に買うことなんて滅多にない。
椅子に座りたくて入ったコーヒーショップでカフェオレをちびちび飲みながら、あたしは頬杖をついた。
「はあ、ユッキーがほんとに結婚するなんてねー。ファン辞めようかな……」
「いつもながら、唐突だなぁ。奈那の憧れのユキヒロさんね。あたしはなんか、あの人ナルシストっぽくて好きじゃないんだけどな。結婚のお相手は、モデルさんだったっけ?」
「そう。篠崎リサ」
「そっちの方がビッグじゃん」
「あーあ、何で芸能人は芸能人と結婚するの? あたしユッキーの出る番組は欠かさずチェックしてたし、ラジオも毎回聴いてたし、ユッキーの出現ポイントにもよく通ったのに」
「それはそれは。ファンの鏡ですね」
「そ、あたしは結局、芸能人でもなんでもない、ただのファンなんだよね。でもさ、血液型も誕生月も出身地も一緒なんだよ。これほんとは惹かれ合う運命なんだよ」
「そんなの、一緒の人なんていくらでもいるって」
「じゃあ、いっそのこと、お友達からでいい」
「まあ、こっちが良くとも、あっちが良いとは限らないからね」
あたしは未紀を睨みつけながら、ズズズッと音を立ててカフェオレを吸い上げた。ちびりちびりと飲んでいたから氷が溶けて、美味しさが三割減。
「あたしにも篠崎リサ並みのスタイルや、相川菜穂並みのルックスや、アンナ並みのセンスがあればなー」
「ユキヒロさんと対等に付き合えるってこと? 私は、奈那は奈那のままで良いと思うんだけどな」
「良いわけないじゃん。足太いし、団子鼻だし、ペチャパイだし」
「そんなのダイエットしたり、化粧を工夫したり、洋服にこだわったりすれば良いだけの話でしょ? 奈那はそういうの普段から意識してるから、私なんかよりも洋服のセンスとかすごく良いじゃない」
「洋服が良くても着る人が良くなかったらダメなんですー。未紀は良いよね。何着ても似合うし」
「似合う服を必死で探してますから」
あたしは話すのが億劫になって、店の外を歩く人たちのファッションを眺める。こうして眺めているだけでもわかる。洋服のセンスが良い人はみんな美人で背が高い。
「奈那はかわいいのにね」
未紀は独り言のようにつぶやくと、ブラックコーヒーを飲んでいた。
あたしは頭をぐしゃぐしゃと掻きながら、思わず唸った。あたしは制服を着て上履きを履いた状態で、暗い廊下の真ん中に立っていた。この間の夢と同じところだ。
とりあえず、一階へ降りてから考えよう。
階段へ行くと、手すりの間から下を覗いてみた。前回は三階からのスタートだったけど、今回もどうやらそうらしい。
あたしはため息をつきながら、階段を一歩ずつ下り始める。すると、上の階からガチャガチャと音を立てて何かが階段を転げ落ちて来た。やがて三階の床で落下は止まり、音はしなくなる。
気がつかなかったことにして階段を下りる気にもなれず、へっぴり腰でそっと様子をうかがった。
黒っぽい毛で覆われた小動物が白くて丈夫そうな糸に絡まっている。その糸のせいで階段を転がって落ちてしまったのかもしれない。助けてやりたい気持ちはあるが、突然噛みつかれても困る。
どうしようかと眺めていたら、その黒い物はもぞもぞと動き出した。やがて、顔を上げてあたしの方を振り向いた。
耳が立っていて目つきが悪くて鼻先が長い犬。ここまで条件が揃うとオオカミかもしれないとも思うんだけど、何せ小さい。
でもそんな些細なことはどうでもよくて、とにかく奇妙なのはそれが生き物じゃないということ。目がまんまるで金色なんだけど、その目は明らかにプラスチック製だ。
それは、あたしのことなんてかまわずにごそごそと動き、やがて立ち上がる。絡まって動けなくなったようにみえた糸は今やピンと上に向かって張っていて、その先には十文字に交差された木片が宙に浮かんでいる。これは、いわゆる操り人形ってやつだ。
その犬だか何だかは、当然といえば当然だけど、怪我一つしなかったように平然と歩き出す。糸がついているのは頭と胴体の真ん中と尻尾だけ。ぶら下がっている四本の足がゆらゆらと揺れる。
宙を歩いているみたいな歩き方で三階の廊下を進んでいたが、ふと立ち止まって顔だけあたしに向ける。
ここで無視して階段を降りてもどうしようもない気がする。あたしは思わず出そうになったため息をむりやり深呼吸にして、その変な物の後を追うことにした。
それとの距離を五メートルくらいに保って歩いていると、扉の開いている教室が目に入る。
さっき階段まで歩いていたときにはまったく気がつかなかったのだから、その後で開いたということなんだろう。もうその程度では不思議とも思わない。予想したとおり、前を歩いていた変な物はその教室へと入っていく。
あたしはへっぴり腰のまま顔だけで中を覗いてみたのだが、とくに変わったところはない。たくさんの机と椅子が並んでいて、前には黒板と教卓。
あの黒犬みたいな物の姿は見あたらなかった。あたしは教室の中を歩きながら机と椅子の脚の間を、目をこらして探してみる。
「やい、お前。良いものを持っているじゃないか」
突然、黒板側から声が聞こえた。大人が子供を喜ばせようと、おもちゃを生きているように動かすときの、独特の高い変な声。あたしは驚いて振り向くと、スポットライトが当たっているかのように、教卓の上だけが明るくなっていた。
そこには背中にゼンマイ式のネジがついた猿が教卓に乗っていた。手にはその猿の身体の大きさに合わせた安っぽいシンバルを持っている。ネジを回すとシンバルを打ち鳴らすおもちゃだ。その猿の前にはピンク色のかわいいウサギのぬいぐるみがあった。
「その耳をよこせ」
猿は愛嬌たっぷりの声を出しながら、手に持っていたシンバルでウサギの耳をそぎ落とす。
あたしは思わず顔をしかめた。ウサギの頭からは詰めてあった綿が飛び出している。そんなこと気にもならないように、猿は器用に自分の頭にそのウサギの耳を乗せる。それだけでくっつくのか、試すように耳の先を少し動かしていた。
そして猿は反対を向くと、いつのまにか現れたフクロウのぬいぐるみに目を止める。
「やい、お前の翼をよこせ」
そう言って、シンバルでフクロウの翼を奪うと、それもシンバルを器用に使って背中に持っていく。軽く羽ばたいてみせると、また反対を向く。
耳のないウサギはどこかへ消えてしまっていて今度は少し大きめのゾウのぬいぐるみがあった。
「やい、お前の鼻をよこせ」
ゾウの鼻は切り取られて、また猿の顔にくっつく。
「やい、お前のトサカをよこせ」
「お前の足をよこせ」
「尻尾をよこせ」
「爪をよこせ」
「金をよこせ」
「名前をよこせ」
「地位をよこせ」
猿がどんどん怪物になっていくのを眺めていると、あたしは次第に意識が遠くなっていった。
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