【連載小説】第6話(最終話) ひとりぼっちの高校生は少女の面影を見る #創作大賞2024#ファンタジー小説部門
第6話(最終話) (約3000字)
日直の号令がかかると、私は包帯で固定された左手でカバンを押さえ、右手でノートを詰め込む。その様子を、奈那が頬杖をつきながら眺めているのがわかる。
「でもさ、ヒビ入ったのが左手で良かったね。右手だったらほんと生活大変だったよ」
「そうだね。試験も受けられなかったしね」
私はカバンを右手で閉じながら、奈那に微笑む。
すると、周りを気にしながら女子三人が近づいてくる。古瀬さんたちだ。
「ねえ、白谷さん。ききたいことがあるんだけど」
古瀬さんはにらむような目で私に話しかけてくる。私が思わず首を傾げると、耳元に口を近づけてくる。
「千石君のこと、本当のところどう思ってるの?」
「それは、もちろん感謝してるよ」
私は彼女の目つきに気圧されながらも、答える。
「そういうことじゃなくて」
思わず大きな声を出してしまったらしく、彼女は咳払いをして声をひそめる。
「そういうことじゃなくて、ほら、だってわざわざ駆けつけてくれたんでしょ? しかも身を挺して助けてくれたわけだし、あっちはカタいよ、絶対。あとは白谷さん次第じゃない?」
私が奈那を見ると、彼女は器用にウインクしてみせる。
事前に聞いてはいた。私が屋上に閉じ込められて、非常用の梯子から降りようとしたときに足を滑らせ、助けに来てくれた千石君が受け止めてくれた、という噂を奈那が流しているらしい。私が自殺しようとしていたことは伏せられたけど、千石君が骨折して入院している限り、受け止めてくれた事実は伏せようがなかったようだ。
私が古瀬さんに視線を戻すと、彼女は早口で話し出す。
「客観的にみて、私はなかなかオススメだと思うよ。顔もカッコいい系だしスポーツできるし。それに自分の身を投げうって助けるなんて男! って感じ。あ、そうそう、聞いた? 前の高校を退学した理由。噂では、先輩が弟の悪口を言ったから殴って、それが問題になったとか。ぶっきらぼうな感じがするけど、根は優しいんだよ、きっと」
私はもう一度奈那を振り返ると、彼女は小さく舌を出す。どうやら弟さんの話も一緒に噂として流したらしい。私が視線を離さずにいると、居心地が悪そうに頭をガリガリとかきだす。おもむろに立ち上がり、古瀬さんの肩に手を回す。
「ねー、もしかして真由美が千石のこと好きなんじゃない?」
「な、ちょ、違うわよ」
「えー、あーやーしー」
「え、え、違うってば、私はただ――」
古瀬さんが両手で奈那を追い払うようにしながら後ずさるのを見計らい、奈那は私の腕を掴んで教室を走り出る。階段を駆け下り、靴を履き替えると、吹き出してしまう。奈那もつられたように笑い出し、私達は笑いながら病院に向かった。
エレベータで三階に上がり、四人部屋の窓際のベッドへ進むと、千石君の姿が見えてくる。
「おう、未紀。高校はもう終わったのか」
ベッドわきにある椅子には着流しのお祖父さんの姿。腕を組んだまま、私たちの姿を見て顔をほころばせる。私は千石君に軽く頭を下げ、お祖父さんに答える。
「神社は空けておいていいんですか?」
「今日は定休日だ」
さらりと答えながら立ち上がり、私たちに椅子をすすめる。
「ところで奈那の顔をみて思い出したのだが、奈那と千石の勝負はどうなったんだ?」
「そりゃあたしの不戦勝でしょ」
さも当然のように答えながら、奈那は椅子に座り鼻を鳴らす。千石君は天井を見つめて、考える。
「そうだな、もしお前が校内で五十位以上だったら、負けを認めてやるよ」
千石君の右足は一回り大きく包帯で包まれている。
あの日、屋上から飛び降りて気を失った後、次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。左手首には包帯が巻かれていたが、後は青あざとかすり傷だけだった。お祖父さんと看護師さんに事情を教えてもらって彼のベッドを訪ねると、彼は足と胸に包帯を巻いてベッドに寝そべったまま、散々私を罵った。私は数十回謝って、数回お礼を言うと、彼は安心したのか毒つきながら眠りについた。
「何ムチャ言ってんの? だいたい五十位以上って何よ。根拠は?」
「俺の前回の模試が全国で五十位だったから」
顎が外れたのか、大きく口を開けたまま固まる奈那をよそに、ほう、とお祖父さんが口を開く。
「おぬし、なかなかフェミニストだな」
「ワースト五十なら可能性あるよ、奈那」
私は笑いながら、彼女の肩を叩く。それで我に返ったのか、彼女は壊れたおもちゃのように、よくわからない言葉を叫びながら顔を左右に振り続ける。黙って眺めていると、彼女は大きく深呼吸を二回繰り返し立ち上がる。左手を腰に当て、右手で彼の顔を指さし、今後は日本語を使う。
「あんたが全国一億人中五十位とか絶対おかしいし! いいわ。この勝負、二学期の中間に持ち越すわよ。覚悟しなさい。絶対、ゼッッッタイぶちのめす!」
それだけ言うと、ローファーを鳴らしながらひとりで部屋を出て行く。私はお祖父さんと顔を見合わせて、思わず吹き出した。
「まあ、全国民が高校二年生だと思っておるようなやつだ。お手柔らかにな」
お祖父さんはそれだけ言うと、私の背中を押す。私はうなずき、千石君に視線を戻す。
「じゃあ、私たちもこれで。また来るね。お大事に」
「ああ」
彼は短く答えると、不器用に笑った。
部屋を出ると、まだ息を荒げた奈那がエレベータの前で私たちを待っていた。私たちが部屋から出てくるのを見ると、エレベータのボタンに向かってパンチをする。
「未紀、悪いけどあたしの夏の猛特訓に付き合ってね」
素振りをしながらエレベータに乗り込む奈那の言葉に、私は苦笑する。
「でも夏休みは海の家でバイトをするとか言ってなかった?」
「それはそれ。これはこれ。ほら、文武両道ってやつ?」
お祖父さんは笑いながら病院の入口へ足を向ける。
「これは先が思いやられるな」
「何で? じーさん、どういう意味よ」
小走りで追いかける奈那の後ろを歩きながら玄関をくぐると、ちょうど日が落ちる時間帯だ。思わず目を閉じて、手で影を作る。
「きれいな夕陽だ。明日も夏日になりそうだな」
立ち止まっていたお祖父さんは楽しそうに歩き出す。私はお祖父さんの隣に並んで歩く。
「ところで未紀、今日の夕飯は?」
私は少しうなりながら考えて、お祖父さんを見上げる。
「お祖父さんの卵がゆが食べたいですね」
お祖父さんは少しだけ薄茶色の目を見開き、すぐにいつものニヤニヤ顔に戻る。
「ほほう。高くつくぞ?」
「けが人にばかり作らせないでくださいよ」
私は左手を上げてみせる。お祖父さんは緩んでいる口元を隠すように手で覆うと、深刻な表情を作る。
「ふむ、その手では上手く食事もとれまい。どれここはワシが口移しで」
「やめてください。余計病気になりそうです。というか、いつも普通に食べてるじゃないですか」
「しかし食事は冗談にしても、その手では風呂も満足に入れまい。遠慮せずとも手伝ってやるぞ」
「かえって迷惑です」
「ふむ、そうか。これがツンデレか」
「違います」
お祖父さんは大げさにため息をついて、頭を大きく横に振る。
「やれやれ。未紀は冷たくなったのう。昔はワシに抱きつき大好きって言ってくれたものを」
奈那はまだボクシングをしながら少し先を歩いている。泣き真似を始めたお祖父さんを無視して、私は空を鮮やかに染める夕陽に向かい駆け出した。
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