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神はなぜ私を砕くのか カウマン『荒野の泉』からの黙想 8月15日

神は、なぜ私を砕くのか。

心が粉々に砕かれるような
痛みを覚える日は
ありませんか。

「どうして自分ばかりが
こんな目に遭うのだろう。」

「私の人生は
台無しになってしまったのではないか。」

使徒の働き14章22節、新改訳2017でお読みします。

私たちは多くの苦しみを経なければ、神の国に入ることができません。

聖書は、神を信じれば
苦しみが一切なくなるとは
言いません。
むしろ「多くの苦しみを経る」と
率直に語っています。

なぜ神は、
ご自身が愛する者を
無傷のままにしておかず、
砕かれ、傷つくことを
お許しになるのでしょうか。

神の御手によって砕かれることは、
決してあなたを壊すためではありません。

それは、あなたの人生から
思いもよらない豊かな恵みを解き放つための、
深い御手の働きなのです。

人生の最良のものは、
傷を受けることで生まれます。

麦の粒は、
そのままではパンになれません。
石臼で粉々に砕かれてはじめて、
飢えた人を養うパンになります。

香は、
火にくべられてはじめて、
天に向かって芳しい香りを立ち上らせます。

大地もまた、
鋭いすきで激しく裂かれてはじめて、
種を受け止める豊かな土壌となるのです。

野に咲くバラは、
人の指でぎゅっと押しつぶされる時にこそ、
最も甘やかな香りを放ちます。

ある人は言いました。
「もしあなたが、
真に人を慰める人になりたいなら、
キリストと同じ苦しみの代価を
払わなければならない」

傷ついたことのない人は、
人の傷の痛みがわかりません。

あなたが今通っているその深い傷は、
いつかだれかの命を養うパンとなり、
泣いている人をそっと包む
キリストの香りとなります。

祈りましょう。

主よ、
私はいま、砕かれる痛みのなかにいます。

しかしこの痛みが決して無駄ではなく、
だれかの命を支えるパンとなり、
だれかを慰める香りとなることを知りました。

何もない、砕かれたこの小さな私を
あなたの御手に差し出します。

どうか、あなたの愛と慰めを届けるために、
私を用いてください。

イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン。

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