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Bell noteは何者なのか?――それにすこしだけ触れてみる話

こんにちは、Bell noteです。

今日お話しするのは本当は、ずっと語るつもりのなかった話です。

ここ最近、XのDMやコメントで、

「Bell noteさんは、どんな方なんですか?」
「お仕事は何をされているんですか?」

と聞かれることが、以前より少し増えてきました。

正直に言うと、いつも少しだけ返事に迷います。
というのも、このアカウントはもともと、

妻との旅の記録を書き写していただけの場所として始まったものだからです。

ただ、それがすべての始まりでした。

2016年から手書きで続けてきたトラベルノートが溜まり、
「せっかくだし、どこかに残しておこうか」と思って選んだのが、noteでした。

当時の自己紹介にも書いたように、私は長くSNSに触れてこなかった人間です。
妻の干支と自分の名前をくっつけて
「Tora(寅)Bell Note」というダジャレでスタートしてしまうくらいには、
肩の力の抜けた、素朴な始まりでした。


仕事の文章と、“自分を書く文章”はまったく別物でした

誤解のないように言えば、
仕事の場ではこれまで、文章と向き合う時間がとても長い人間でした。
整理し、まとめ、言葉にして前へ進める──
そんな“仕事の文章”には慣れていました。

ただ、

  • 自分の感情や記憶を軸にした文章

といった“自分自身のことを書く文章”には、ずっと苦手意識がありました。
というよりも、それを書くという発想がそもそもなかったのかもしれません。

仕事のメモは熱心に取っても、日記を書く習慣はなかった。
唯一、素のままの言葉が出ていたのは、旅先で書き散らしたトラベルノートくらい。

そんな状態でnoteを始めたので、当初の私は、

「自分が書いたものに、果たして価値があるのだろうか?」

と、どこか半歩引きながらキーボードを叩いていました。

それでも続けていくうちに、
旅の記録からガイドブックが生まれ、
フォトブックになり、
人との出会いを掘り下げる「人物月旦」というエッセイシリーズへと広がり、やがてフィクションや映像作品へと形を変えていきました。

気づけば、書くことが私の景色を変えていました。


「Bell note」という匿名の真意

この話は、少しだけ深呼吸が必要です。

いま私は、なぜ
Bell noteという名前で書き続けているのでしょうか。

ここからが、本題です。

リアルの世界の本業ではこれまで、組織の節目となる局面に関わる役割を多く担ってきました。
特有の期待と責任が同時にのしかかる場面も多く、
順調なときもあれば、むずかしい局面もあり、
そのたびに多くの人と向き合いながら、現場に身を置いてきました。

そうした場所では、必ず「肩書き」や「立場」がセットでついてきます。
それは、多くの人と一緒に成果をつくっていく仕事人としての誇りでもあります。

一方で、心のどこかには、次のような感覚もありました。

現実の私は、肩書きに守られ、責任に縛られながら、
多くの挑戦の現場に身を置いてきました。
ありがたいことに、その世界では名前を覚えていただく機会も増えましたが、
その名前の延長で仕事をしているときに、どこか本来の自分でないような違和感もありました。

「肩書きも実績も外した“ただの人間”として評価してもらったら、 何が残るのだろう?」 それを確かめたくて、Bell noteという名前で静かに書き始めました。
匿名でいることは、
いろいろな“装備”をいったん外したうえで、

「わたしがつくるもの、そのものが、どんなふうに評価されるのか」

を静かに見てみたかったのだと思います。

仕事は、
別の名前・別の場所で淡々と今まで通りすすんでいます。
ここでは、その世界から半歩離れたところで、
一人の旅人として、一人の生活者として、創作をつづけたいと思っています。


旅・人物・物語――私が立ち止まりたくなる場所

今、私がnoteで書いているのは、大きく分けると4つです。

  • 旅の記録(トラベルノート/旅栞/タイムトラベルフォトブック)

  • 人との出会いを振り返るエッセイ(人物月旦シリーズ)

  • そこから生まれたフィクション作品(寅子の事件ノート等)

  • そして、それらをもとにした映像作品

どれも根っこは同じで、

「過去の経験が、時間をおいてから別の意味を帯びて立ち上がる瞬間」

に、強い興味があります。

旅をして、記録を残し、
時間が経って読み返したとき、
当時の自分には見えていなかった「別の意味」が浮かび上がってくる。

ある人物との出会いも、
その場ではうまく言葉にできなかったのに、
年月を経て振り返ることで、はじめてその人が自分に与えた影響の大きさに気づくことがあります。

そうした 「時間差のある気づき」 を、
エッセイや物語としてすくい上げておきたい。
その延長線上に、今の創作活動があります。

本業で見てきた「成功や失敗の構造」や「人の感情の揺れ」も、
少し角度を変えると、物語の大切な素材になります。
ただ、それを“仕事の話”としてではなく、
一つの切り取った人生の断片として描いてみたい。

Bell note という名前には、
そんなささやかな試みも、そっと託しています。


それでも、「Bell noteという人」への問いは増えてきた

ありがたいことに、
旅の記録や人物月旦、フィクション、映像などを通じて、

「作品」だけでなく「作り手そのもの」

に興味を持ってくださる方が、少しずつ増えてきました。

「Bell noteさんは、どんな人生を歩んできたんですか?」
「どういう仕事をしてきたら、こういう視点になるんですか?」

そんな問いをいただくたびに、
「ただ残していければ十分」と思っていた頃から、
少し景色が変わってきたのを感じています。

匿名でいたい気持ちは、今も変わりません。
ただ、問いかけが増えてきたという事実に対して、
どこかで一度、きちんと応えておくべきなのかもしれない――。
そう思って書いたのが、この文章です。


名前の裏側には、こんな人間がいます

ここで語ったのは、あくまで輪郭だけです。
多くを語るつもりはありませんし、
語らない部分のほうが、これからの物語には都合がいいこともあります。

それでも、この名前の裏側には、

  • 会社員として日々を送りながら、

  • 旅と出会いを記録し創作を続け、

  • 肩書ではなく一個人として、

  • どんな評価をされるのかを静かに試している人間

がいるのだということだけ、
どこかに置いていただけたら嬉しく思います。


最後に

ここまで読んでくださった皆さまへ。

旅の途中で見つけた景色や、時を隔てて立ち上がる物語を、これからもそっと置いていきます。
ときどき覗きに来てもらえたら、それだけで、十分すぎるほどです。

気が向いたときにふらりと立ち寄って、
一つ二つ、気になる記事を拾っていただければ十分です。

今はこれくらいで。
続きが必要になったときには、また書くことにします。

またお会いしましょう!

どうぞこれからも、気軽に、気楽に、
Bell noteをよろしくお願いいたします。


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