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【夏休み】伊計島、トラブルだらけでも、また会いに来たくなる島だった。

こんにちは、Bell noteです。

今回の沖縄・伊計島旅行は、これまでの旅の中でも、かなり印象に残る4日間になりました。

ただし、いい意味で、とは最初から言えません。

飛行機は遅れ、閉店後のレンタカー店に駆け込み、海では妻が沖へ流され、最終日は空港まで大急ぎ。

「よく、こんなにトラブルが続いたものだな…」

帰宅してから、そんなことを思ったくらいです。

ところが、写真を整理しながら4日間を振り返っていると、不思議なことに、嫌な記憶よりも先に浮かんでくる場面がありました。

閉店後なのに待っていてくれたレンタカー店の人。

時間ぎりぎりの私たちを乗せて、裏道を走ってくれたタクシーの運転手さん。

深夜、部屋を三度も替えることになった私たちのために、最後まで一緒に部屋を探してくれたホテルの方。

そして、海で途方に暮れた妻を、どうにか岸へ連れ戻したあの日。

トラブルばかりだったはずなのに、思い出すのは、なぜか人の顔ばかりでした。

今回のトラベルノートは、そんな旅の記録です。

ただ起きたことを時系列に並べるだけではなく、帰宅してからあらためて振り返り、「あのときは分からなかったけれど、今ならこう思う」というところも、少しだけ書き足しました。

旅の反省記でもあり、備忘録でもあり、そして何より——

こんな旅だったけれど、やっぱり伊計島はよかった。

そんな話です。

📢ちょっとだけトラベルノートについて
今回で、トラベルノートは30回目になります。
この活動を始めたのは、noteを始めるずっと前の2016年。
忘れっぽい私が、妻との旅行をあとから思い出せるように、旅の出来事を書き留め始めたのがきっかけでした。
当時は、誰かに読んでもらうことなど考えていません。
だから昔の文章は、構成も文体もかなり自由です。
noteで公開するようになった今も、その「記録として残す」という部分だけは、なるべく変えずに続けています。
冒頭にこうした導入を書くようになったことが、昔とのいちばん大きな違いかもしれません。


第一章|着陸したときには、もうトラブルが始まっていた

今回の目的地は、沖縄本島から海中道路を渡った先にある、うるま市の伊計島。

青い海。

白い砂浜。

時間まで、少しゆっくり流れているような島。

4日間、そこでのんびり過ごす。

出発前の私たちは、そんな旅を思い描いていました。

ところが。

夏季休暇の初日から、いきなり、沖縄は台風です。

沖縄行きの便は次々と欠航。

翌朝には台風が抜け、私たちの便はどうにか飛ぶことになりましたが、搭乗前からすでに20分ほどの遅延が決まっていました。

「まあ、20分くらいなら」

このときの私は、まだ呑気でした。

機内に乗り込むと、急に眠くなった。

目を覚まして時計を見る。

そこで、少し嫌な予感がしました。

20分だったはずの遅れが、いつの間にか——

1時間30分。

旅というのは、最初の一歩から予定どおりに進まないことがあります。

今回は、その典型でした。


那覇空港に着くと、私はすぐに予約していたダイハツレンタカーへ電話をしました。

……つながらない。

営業時間は、すでに終わっています。

「これは、まずい」

そう思ったところで、見覚えのない番号から電話が鳴りました。

レンタカー会社でした。

通常の閉店時間は19時。

その時点で、時計は19時50分近くを指していました。

「対応できていないお客様は、今日もうお客様が最後です」

そして、

「明日の朝にしていただけませんか」

とのこと。

それは、困る。

明日の朝まで待てば、今夜は宿なしになってしまいます。

そこで、粘りました。

結果、先方が折れてくれました。

「20時30分までに来ていただければ対応します」

残された時間は約40分。

レンタカー会社まではタクシーで20分ほど。

しかも、空港で荷物がでてくるのを待たねばなりません。

二手に別れよう。

「先に行く。後で迎えに来る。」と

妻にそう言って、私は一人でタクシー乗り場へ向かいました。

タクシーを待つ長い列。

時計を見る。

20時10分。

ようやくタクシーに乗り込み、運転手さんに事情を話しました。

すると、

「それは大変でしたね。できるだけ急ぎましょう」

と、言ってくれた。

車が走り出す。

那覇の夜の道路を、ただひたすら眺めていました。

そして——

20時29分。

レンタカー会社に到着。

1分前でした。

「お釣りはいりません」

そう言うと、運転手さんは、

「お客さん、間に合ってよかったね」

と笑いました。

その顔を見て、こちらまでようやく笑えました。


店に駆け込むと、スタッフの方が、

「間に合いましたね。お待ちしていましたよ」

と迎えてくれました。

閉店時間を過ぎている。

しかも、こちらの都合です。

それなのに、責めるでもなく、

「今日はもう最後のお客さんだから、ゆっくりで大丈夫ですよ」

と言ってくれる。

張り詰めていたものが、そこでようやくほどけました。

旅の初日。

まだ沖縄らしい景色を一つも見ていないのに、私たちはすでに二人の人に助けられていました。


車を受け取り、ようやく妻へ電話。

スマホには、何通ものメッセージが届いていました。

「ゆっくりでいいからね」

「落ち着いて来てね」

心配しているはずなのに、妻の言葉は妙に穏やかでした。

ようやく合流。

ここから伊計島へ向かいます。

宿泊先は、AJリゾートアイランド伊計島。

海中道路を渡り、さらに先へ。

ナビが示す所要時間は約1時間30分。

ところが、夜の沖縄の道は、昼間とはまるで違いました。

暗い。

知らない道。

そして、気がつけば時計は22時40分。

「お腹、空いたね」

23時まで営業しているスーパーに滑り込みます。

惣菜は、ほとんど残っていません。

その中から見つけたのが、

シークヮーサー味のいなり寿司。

旅先で食べるものとしては、なかなか渋い選択です。

でも、そのときはご馳走でした。


ホテルに着いた頃には、日付が変わっていました。

それでもフロントの方は、

「遅くまでお疲れ様でした。お待ちしておりました」

と迎えてくれました。

ところが。

部屋に入って、また問題発生。

スマホの電波が、ほとんど入らない。

Wi-Fiも弱い。

フロントに相談すると、別の部屋を探してくれました。

そこも、だめ。

三部屋目。

ようやく、電波が2本。

深夜にもかかわらず、マネージャーの方まで一緒に部屋を探してくれていました。

ようやく荷物を置き、スーパーで買ったいなり寿司とお菓子を食べる。

そして、眠る。

長い一日でした。

飛行機は遅れた。

レンタカーには間に合わないところだった。

知らない夜道を走った。

ホテルでは三部屋替わった。

それでも——

不思議と、「散々だった」という気持ちにはなりませんでした。

むしろ、旅の最初の日から、誰かの親切に何度も助けてもらった。

そんな一日でした。


第二章|予定になかったビーチが、一番の思い出になった

翌朝。

昨夜の騒ぎが嘘のように、沖縄の朝は穏やかでした。

朝食会場には、沖縄そば、チャンプルー、ゆし豆腐。

そして朝から豚しゃぶ。

「沖縄に来たなあ」

と思わせる料理が並んでいます。

朝食を終えると、妻が言いました。

「ホテルから歩いて行けるビーチがあるらしいよ」

伊計ビーチや大泊ビーチのような有名な場所ではありません。

正直、そこまで期待していませんでした。

ところが。

ホテルの裏手の小路を抜けた先に現れた海は、想像していたものとはまるで違っていました。

小さなビーチ。

簡素なシャワー。

着替え用の小屋。

そして、ほとんど人がいない。

ヤドカリが、砂の上をちょこちょこと歩いています。

妻が言いました。

「ディカプリオの映画に出てきそう」

なるほど。

言われてみると、確かにそんな感じです。

海に入る。

透明な水の中を、色鮮やかな魚が泳いでいる。

観光ビーチのような設備もない。

人もいない。

だからこそ、海そのものが近く感じられました。

結果として、今回の旅では伊計ビーチにも大泊ビーチにも行きませんでした。

私たちが通ったのは、この小さなビーチばかり。

そして、それで十分でした。

……ただ。

この場所が、この旅で最も怖い思いをする場所になるとは、このときまだ知りません。


第三章|「死ぬかと思った」

部屋へ戻り、シュノーケルセットを持って、もう一度海へ。

妻は全身に日焼け止めを塗っています。

私は顔だけ。

「ちょっと海に入るだけだから」

この判断は、夜になって後悔することになります。

二人で海に入り、魚を眺める。

水中カメラを構える。

妻が何かを見つけるたびに、少しずつ沖へ進んでいく。

私は足の着く場所にいました。

「ちょっと遠くない?」

声をかける。

返事がない。

妻は魚に夢中です。

さらに沖へ。

「戻ってこい」

今度は大きな声で呼びました。

それでも戻ってこない。

波に隠れて、妻の姿が見えたり、消えたりする距離まで離れていきました。

このあたりから、笑っていられなくなりました。

泳いで助けに行くか。

一瞬、そう考えました。

でも、私は妻より泳ぎが下手です。

足の着かない場所で妻に追いついたところで、二人とも沈むかもしれない。

動けない。

声をかけるしかない。

そのときです。

妻がこちらを振り向いて、

「やばい」

と言いました。

その一言で、状況が変わりました。

妻も戻ろうとしている。

でも、なかなか近づいてこられない。

ようやく足が着きそうなところまで来たのを確認して、私も足のつかない海へ一歩踏み出しました。

妻を引き寄せる。

強くしがみつかれたら、こちらも危ない。

息を止める。

なんとか足の着くところまで戻しました。

妻は、今にも泣きそうな顔をしていました。

そして、

「死ぬと思った」

と何度も言いました。

どう泳いでも全く進まなかった時間が長くあったそうで、それでも気を抜いたら終わってしまうとおもったそうです。


帰宅してから、あらためて調べました。

おそらく、離岸流のような沖へ向かう流れに捕まっていたのだと思います。

もちろん、実際に何が起きていたのかは、その場にいなかった私たちには断定できません。

ただ一つ確かなのは、

「シュノーケルがあれば大丈夫」などという考えは、まったく大丈夫ではなかった

ということです。

海を甘く見ていました。

旅から帰って、いちばん強く残った反省は、このことでした。


その後はプールへ移動しました。

「過信はだめだ。足の着くところまで」

妻にそう言い聞かせる。

そして、その日の夜。

妻は海で遭難しかけ、私はというと——

肩から背中まで、ひどい日焼け。

二人そろって、ずいぶん派手に懲りました。

それでも。

二人とも無事でした。

その日の夜は、それだけで十分でした。


第四章|神話の島を走る

翌日は、海を少し離れてドライブです。

目指すのは、海中道路。

沖縄本島から平安座島へ伸びる、全長4.7kmの道路です。

海の上を走っているような感覚。

左右に海が開ける。

その先に、また島が現れる。

旅先でこういう道を走ると、それだけで少し得をした気分になります。

海の駅「あやはし館」に立ち寄り、さらに浜比嘉島へ。

ここ浜比嘉島には、沖縄の神話が残っています。

アマミチュー。

シルミチュー。

島々を生み出したとされる神々の伝承です。

観光地として整備された場所というより、島そのものに古い記憶が残っている。

そんな印象でした。

人の少ない道を走り、神話の残る場所へ向かう。

海の青さとはまた違う、静かな沖縄です。

そして、果報バンタへ。

断崖の上から太平洋を眺める。

「果報」は、幸福を意味する沖縄の言葉だそうです。

妻が海を見ながら言いました。

「これは、幸せになれそうだね」

私は何も言わず、その景色を眺めていました。

旅というのは、こういう瞬間があるから面白い。

予定表に「果報バンタ」と書いてあったから見る景色ではなく、

たまたまその日に、その人と、その場所にいるから見る景色。

そういうものが、あとから妙に残ります。

ぬちまーす観光製塩ファクトリーに立ち寄り、塩ソフトクリームを食べる。

テレビで見たことのあるアップルパイの店にも偶然出会う。

予定にはなかった寄り道。

こういうものまで含めて、旅なのだと思います。


第五章|最後に待っていた、空港ダッシュ

最終日は雨でした。

帰りの飛行機は18時20分。

空港へ向かう途中、最後に立ち寄ったのが、ひめゆりの塔でした。

海。

島。

青空。

今回の沖縄旅行は、そんな景色の連続でした。

でも、今日は違いました。

この土地には、それだけではない時間もあります。

沖縄戦。

ひめゆり学徒隊。

私たちは献花を買い、二人で静かに手を合わせました。

展示を見ていると、さっきまでの旅の気分が少しずつ遠ざかっていきます。

もっと見ていたかった。

でも、時計を見る。

レンタカーの返却時刻が迫っています。

「行こうか」

妻と車へ戻りました。

このとき、私はまだ知りませんでした。

この旅には、最後にもう一度だけ、大きな山場が残っていたことを。


ナビによれば、レンタカー会社までは20分。

大丈夫。

……そう思っていました。

ところが、走り始めると渋滞。

到着予定時刻が、少しずつ後ろへ動いていく。

助手席から妻が言いました。

「ねえ……これ、間に合う?」

ここで、ようやく気づきました。

レンタカーの返却時刻は17時30分頃。

飛行機は18時20分。

しかも返却後には送迎車に乗り、空港へ移動しなければならない。

さらに、保安検査もある。

つまり、

17時30分に返せばいい、ではない。

当たり前です。

あまりにも当たり前なのですが、私はそこを完全に見落としていました。

いい大人になって、旅行の最後にこんな計算ミスをするとは。

……我ながら、なかなかのものです。

でも、反省会をしている時間はありません。

妻はJALへ電話。

私は運転。

ガソリンを入れる。

レンタカー会社へ向かう。

17時30分。

到着。

車を返す。

タクシーを呼ぶ。

そのときでした。

飛行機が20分遅れる。

機材繰りによる遅延でした。

20分。

たった20分です。

でも、このときの私たちには、その20分が救いでした。

タクシーの女性運転手さんに事情を話すと、

「それなら急いだほうがいいですね。裏道使いましょう」

と言って、迷いなくハンドルを切りました。

17時55分頃。

空港到着。

間に合った。

妻が道中で何度もJALへ電話をしていたこともあり、空港側にも事情が伝わっていました。

搭乗手続きを終える。

二人で顔を見合わせる。

「間に合った」

「本当にね」

そこで、ようやく笑いました。


ところが。

福岡での乗り継ぎ便も遅れていました。

今度は逆に、時間ができた。

さっきまで空港へ向かって大疾走していたのに、なぜかラウンジで一息ついています。

人生、分からないものです。

その後、羽田行きの便にも無事に乗り、自宅へ。

最後は終電にも滑り込みました。

こうして、4日間の沖縄旅行が終わりました。


エピローグ|予定からこぼれ落ちたもの

写真を整理しながら、今回の旅を振り返ってみました。

予定どおりに進んだこと。

……あまりありません。

飛行機は遅れた。

レンタカーには間に合わなくなりかけた。

ホテルでは三部屋替わった。

妻は海で遭難しかけた。

最終日は空港まで大疾走。

普通に考えれば、

かなり散々な旅行です。

それなのに。

「失敗した旅行だった」とは、どうしても思えません。

むしろ、記憶に残っているのは、予定表に書かれていなかったことばかりです。

閉店後なのに待っていてくれたレンタカー店の方。

「間に合ってよかったね」と笑ってくれたタクシーの運転手さん。

深夜まで部屋を探してくれたホテルの方。

海で途方に暮れた妻。

果報バンタで海を眺めながら、

「幸せになれそうだね」

と言った妻。

そして最後に、裏道を走ってくれたタクシーの女性運転手さん。

考えてみれば、今回の旅では、トラブルが起きるたびに誰かに助けてもらっていました。

旅というのは、自分たちだけで完結するものではないのかもしれません。

予定を立てて。

その通りに動いて。

目的地へ行って。

帰ってくる。

そんなふうに思っていたけれど、実際には、その途中で出会う人たちや、偶然起きる出来事まで含めて、一つの旅になっていく。

今回、そんなことをあらためて感じました。

もちろん、反省もあります。

海では、流れを甘く見ない。

離島へ行くなら、通信手段は一つ余分に。

そして——

レンタカーの返却時刻から予定を組まない。

飛行機に乗る時刻から逆算する。

これは次回、絶対に忘れないようにします。


それでも。

伊計島には、もう一度行きたい。

今度は、もう少し余裕を持って。

もう少し慎重に。

そして、できれば空港まで走らなくて済む旅を。

……まあ、それができるかどうかは、また別の話ですが。


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