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【敬意の書棚】💾レトロPCマニアと思ったら、冷戦史へ繋がってた。──異色の書き手「サイボーグMSX」

最初にフォローした時、私はサイボーグMSXという人を「レトロPCマニア」だと思っていました。

アイコンには8ビット時代のキャラクターが踊り、記事には「MSX」「超合金」「ファミコン」といった単語が並んでいる。昭和のゲームとパソコン文化を愛し、資料を集め、熱量高く語る人——その程度の認識で、私は止まっていたのです。

認識が変わったのは、「ソ連MSX物語」というシリーズを読んだ時でした。

第一話は、1985年の夏の記憶から始まります。

帰国した父が突然、「MSXを買いに行こう」と言い出した。

息子はMSXを欲しくてたまらないナイコン少年でしたから、「ついに自分も手に入れられるのか」と胸を躍らせる。
しかし父の返答は、「私の仕事用だ」の一言だった。

二人は秋葉原へ向かう。

そして物語は、そのまま冷戦下のソビエト連邦へと接続されていきます。

父は、プラント輸出に携わる技術者でした。アゼルバイジャンに建設された圧縮機工場の品質管理責任者を務め、長年にわたりソ連との仕事を続けていた。

しかし当時、16ビット機の輸出はココム規制によって制限されていました。

そこで父は、息子が愛読していた『MSXマガジン』を見て、「ヤマハのMSXなら楽器として持ち込める」と考えたのだそうです。

息子が、たまたまその雑誌を読んでいなければ。

MSXではなく、別の機種がソ連へ渡っていたかもしれない。

記事には、そんなことがさらりと書かれていました。

私はそこで、読む手をすこし止めました。

このnoteは単なるレトロPC記事ではない。

歴史の大きな流れと、個人の偶然が接続されてしまった瞬間の記録なのだ——そう感じたのです。


💾父という存在

サイボーグMSXさんの記事を読み進めていくと、ある人物が繰り返し姿を現します。

父です。

1970年代から始まったソ連との仕事。 工場のレイアウト設計図。 共産党幹部との記念写真。 在日ロシア通商代表部から届いたクリスマスカード。
そして、MSXを手渡されたソ連の技術者たちと並ぶ一枚の写真。

そこには、歴史の教科書には載らない人々が写っています。

父は後年、「彼らの目の輝きを忘れられない」と語っていたそうです。

工場で働く叩き上げの技術者たちは、当初、パソコンというものを半ば空想上の存在のように思っていた。

しかし実機に触れた瞬間から、彼らは変わった。

勤務時間が終わってもMSXの前から離れず、マニュアルも満足に読めない状態から独学でZ80アセンブラを習得し、やがて独自のデータ管理ソフトまで作り上げてしまったという。

「残業なんてもってのほか」と言っていた人々が、コンピュータと出会った途端、自発的に学び始めた。

冷戦の壁の向こう側で、そんなことが起きていた。

そして同じ1985年、日本では息子がつくば万博の会場でMSXロードランナー大会に熱狂していた。

父はソ連でMSXを技術者へ手渡している。 息子は日本で「何が何でもMSXを手に入れたい」と叫んでいる。

記事は、この二つの場面を並べて書いています。

それが意図的な演出なのか、あるいは本人にとって自然な記憶の並び方なのかはわかりません。

ただ少なくとも、この書き手は「書かずにはいられなかった」のだと思います。


💾偶然の連鎖が、歴史の隙間に入り込む

サイボーグMSXさんの記事を通読していると、ある特徴に気づきます。

歴史的な出来事と個人の記憶が、偶然の連鎖で結びついているのです。

息子がMSXマガジンを読んでいたから、父はヤマハ機を選んだ。 NEC側の対応が非協力的だったから、別ルートが選ばれた。 PC8801とMSXが同じZ80系CPUを採用していたから、ソ連の技術者たちは短期間で技術を吸収できた。

ひとつひとつは小さな偶然です。

しかし、それらが積み重なった結果、「おとな一人が持ち歩けるコンピュータ」が閉ざされた社会の内部へ入り込み、人間の意識そのものを変えていった。

後の記事では、ソ連の教育用MSXとしてヤマハ機が採用されるまでの経緯も掘り起こされています。

ソ連の子供向け映画には、日本製MSXが登場する。 コナミのゲームで遊ぶ子供たちの声が流れる。 宇宙船ミールでは、ソニー製MSXが運用されていた。

冷戦という巨大な対立構造の裏側で、人間は案外、こんなふうに繋がっていたのかもしれません。

そして記事は最後に、静かにこう締められます。

冷戦の壁を越えてパソコンやゲームを愛した彼らの情熱を画面から窺い知れるような気がするのです。

派手な言葉ではありません。

しかし、そこへ至るまでに積み上げられた無数の資料と記憶を読んだあとでは、この静かな一文が妙に重く響くのです。


💾鉱山を掘る人

私がサイボーグMSXさんの記事から受け取る最大の印象は、「冒険者」です。

研究者でも、コレクターでもない。

過去という広大な鉱山を、飽きることなく掘り続けている人。

記事の射程は驚くほど広い。

昭和の漫画家とパソコン文化。 1983年のファミコン戦争。 超合金とロボットアニメ。 YMOとゲーム音楽。 ソ連で人気を博した日本製ゲーム。

しかし、どの記事にも必ず「誰か」がいます。

ファミコンを買えず、MSXを持ち帰った友人。 アニメ文化を教えてくれた美大生。 最終回で一緒に泣いた弟。 安いタイムライタンを渡してきた母上様。

主役になる人は、一人もいません。

けれど、その誰かが欠けると記事が成立しない。

この書き手にとって記憶とは、「個人の中」にあるものではなく、「人と人の間」に残るものなのだと思います。


💾継承、という行為

プロフィール欄に、こんな一文があります。

「以前は総合格闘家&ムエタイ戦士でした。」

初めて読んだ時、私は思わず二度見しました。

レトロPC。 冷戦史。 昭和サブカル。 そして格闘技。

普通なら、ひとつの人物像として結びつかない。

しかし記事を読み続けていると、不思議と一本の線に見えてきます。

サイボーグさんの文章には、体験を経た人間にしか出せない密度があります。そしてその密度のない言葉に対して、かなり敏感です。

ゲームを語る時も、超合金を語る時も、MSXを語る時も、資料だけでは終わらない。

当時の価格。 家庭の空気。 誰と何を見ていたか。 どんな会話が交わされたか。

必ず、人間の体温が入ってくる。

ソ連MSX物語の中には、忘れがたい技術者が登場します。

父が選抜したソ連側技術者の一人で、MSXに夢中になり、独自ソフトを開発し、その後も交流が続いた人物です。

記事の中では、「名もなき技術者」として描かれています。

歴史の教科書には載らない。 父もまた、載らない。

しかし、1970年代から20年近くにわたり、日本とソ連の間で技術交流に関わった人々の記録が、今、息子の記事の中に残されている。

これを継承と呼ばずに、何と呼べばいいのか。

私は少し、本気でわからなくなります。


💾時間差で立ち上がるもの

私自身も、過去の記憶を言語化するシリーズを書き続けています。

リアルタイムでは意味のわからなかった出来事が、何十年も経ってから輪郭を持ち始めることがある。

当時そこにいた一個人の肌感覚を、どうにか文章として残しておきたい。

そんな気持ちが、私にもあります。

サイボーグMSXさんの記事には、同じ種類の焦りを感じます。

父の記憶が消えてしまう前に。 昭和の空気がただの「懐かし話」になってしまう前に。 FM7くんと電子ゲームを貸し借りしていた記憶が、完全に風化してしまう前に。

ある記事の末尾に、こんな言葉がありました。

吟遊詩人を気取って、怪物に挑んだいにしえの勇者の物語を唄ってみました。

少し気障な表現にも見えます。

けれど、この書き手の場合、その自己認識は案外正確なのかもしれません。

父。 FM7くん。 1985年の秋葉原でMSXを見つめていた少年たち。

歴史の本流には残らない人々の記憶を、拾い集めて語り継いでいる。

そう考えると、「吟遊詩人」という言葉は妙にしっくり来るのです。


💾この書き手の引力の正体

今回の「敬意の書棚」を書き始めるにあたり、私にはひとつ基準がありました。

誠実さは最低条件。 その上で、記事として面白いこと。 そして、表層と深層の間に落差がある人であること。

最初に見えるものと、掘っていくうちに見えてくるものが違う書き手を選びたかった。

サイボーグMSXさんは、その条件を満たしています。

ただ、この記事を書き終えようとしている今、もう少し正確な言い方ができそうな気もしています。

サイボーグさんの引力は、「ギャップ」だけでは説明できない。

たぶん根底にあるのは、記憶への誠実さです。

自分が面白いと思ったものを、証拠を集め、人を想い、時代の空気ごと残そうとする。

大げさに語りすぎず。 感傷に寄りすぎず。 笑いとシリアスを同じ温度で共存させながら。

そうやって積み重ねられてきた記事群には、独特の厚みがあります。

過去という鉱山は、掘っても終わりがありません。

なぜなら素材は、サイボーグさん自身の人生であり、父の人生であり、FM7くんやパピコンくんたちの人生でもあるからです。

そして掘れば掘るほど、「レトロPCマニア」という最初の認識は、少しずつ崩れていく。

代わりに浮かび上がってくるのは、冷戦と昭和と父とMSXと格闘技を、ひとつの地図として繋いでしまった、他に似た人のいない書き手の姿です。

もしまだサイボーグMSXさんの記事を読んでいない方がいれば、まず「ソ連MSX物語」から入ることをおすすめします。

表層をさらっと入ると、「レトロPC好きかな」で終わる。

けれど深層から入ると、まったく別の書き手が見えてきます。

過去という鉱山は、たぶんまだ掘り尽くされていません。

そして本人自身も、まだ掘り切れていないのだと思います。

だから記事は、いまも増え続けているのでしょう。


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