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時代の特等席で。交錯する世界史と自分史 #番外編

🎶1994年のMTVと『Cotton Eye Joe』—— "どこから来て、どこへ行くのか"

前回、1989年の熱気渦巻く香港の「摩擦」を描き、時計の針はいよいよ旅の原点である1988年のオーストラリアへと巻き戻されるはずでした。

しかし、その南の大陸へ渡る前に、少しだけ足を止め、……脇道へそれることをご容赦ください。いや、これは旅を語る上で避けては通れない『踊り場』の話なのです。
ふと、旅の記憶を整理する中で、ある強烈な「音」が蘇ってきました。

1994年、日本。 長い海外放浪を終えて帰国した私の部屋には、まだインターネットの回線などはあるわけありません。その代わり、ビデオデッキは持っていました。部屋の隅にあるテレビのブラウン管からは、一日中、極彩色の映像と音楽が流れ続けていました。 『MTV』
 英語のリカバリーと、海外の空気を吸い続けたくて、私は暇さえあればこの録画ビデオをつけっぱなしにしていました。

窓の外には、平和で清潔で、そしてどこか物足りない日本の日常が広がっています。しかし、MTVの画面の中だけは、私がつい先日まで身を置いていた「外の世界」の熱気を放ち続けていました。 そんなある日、画面から奇妙なフィドル(バイオリン)の音色と、強烈なテクノビートが飛び出してきました。 画面の中では、泥だらけのオーバーオールを着た男たちが、納屋のような場所で激しく踊り狂っています。

Rednex(レッドネックス)の『Cotton Eye Joe』。

「なんなんだ、これは?」 最初はただのコミックソングだと思いました。しかし、その耳にこびりつくようなリフレイン——"Where did you come from, where did you go?"(お前はどこから来て、どこへ行くんだ?)——というフレーズは、放浪を終えて「ここ」に留まっている私の心を、不意に、そして鋭く刺しました。

今回は、時計の針を少し進めて1994年へ。 旅の終わりの地・日本で出会ったこの一曲を通して、私が巡ってきたオーストラリア、香港、そしてイギリスという「移動の時代」を、文化史と世界経済の視点から紐解いてみたいと思います。

スウェーデン製のアメリカ —— 歪んだグローバリゼーション


当時、この曲を聴いて「アメリカの田舎のカントリーソングだ」と思った人は多かったはずです。しかし、実はこの『Cotton Eye Joe』を歌っていたRednexは、アメリカ人ではなく、スウェーデンのプロデューサーたちが仕掛けたユーロダンス・グループでした。

これが何を意味するのか。 それは、私が旅した1980年代末から90年代初頭にかけて世界を覆い尽くし始めていた、「グローバリゼーション」という現象の正体そのものでした。

私が香港の重慶大厦で見たのは、アフリカや南アジアの商人たちが国境を越えて物を運ぶ、生々しい「低次グローバリゼーション」でした。 一方で、この曲が象徴していたのは、文化が国境を越えて記号化され、再生産される「高度なグローバリゼーション」です。スウェーデンの若者が、アメリカ南部の伝統的なフォークソングをテクノビートに乗せて加工し、それをMTVという巨大メディアが全世界へ配信する。そして、それを日本にいる私が消費する。

そこには、私がロンドンの煤けた電車や、香港の着陸で感じたような「物理的な摩擦」はありません。あるのは、洗練された商業主義と、文化のパッチワークです。私はこの曲を聴きながら、自分が「摩擦のある世界」から「摩擦のない消費の世界」へと戻ってきてしまったことを、痛感せざるを得ませんでした。

歌詞に秘められた「悲劇」と「感染」の歴史


当時の私は、気に入った洋楽に出会うと、単にメロディを楽しむだけでなく、その歌詞の奥にある意味を「解読」することに夢中になっていました。この曲についても、同じようにルーツを辿っていく過程で、思いもよらない事実を発見することもありました。

まだGoogle検索など影も形もなかった1994年。私の情報源は、伝説的な音楽番組『ベストヒットUSA』で小林克也さんが語るウィットに富んだ解説や、足繁く通った図書館の音楽コーナーでした。

本屋に並ぶ『MUSIC LIFE(ミュージック・ライフ)』や『rockin'on(ロッキング・オン)』といった音楽雑誌のバックナンバーをめくり、時にはなけなしの小遣いで買ったCDのライナーノーツ(解説書)を辞書片手に読み込む。そうして、アナログな手段で一つひとつの情報を繋ぎ合わせていきました。

そこで突き止めた事実は、意外なものでした。
世界中のクラブで消費され、軽快なダンスナンバーとして認識されていたこの曲ですが、そのルーツを探ると、驚くほど深く、暗い歴史の闇に突き当たります。 『Cotton Eye Joe』の原曲は、1994年に生まれた流行歌などではありません。
その起源は、アメリカ南北戦争(1861-1865)が勃発するよりもさらに前、19世紀中頃のアメリカ南部まで遡る、古いフォークソングだったのです。

タイトルの「Cotton Eye(綿のような目)」が何を指すのかについては諸説あります。 粗悪な密造酒を飲んで目が白濁した男、白内障を患った老人、あるいは——これが最も衝撃的ですが——梅毒やトラコーマといった感染症によって目を患った人物を指しているという説です。

歌詞の中で繰り返される "If it hadn’t been for Cotton-Eye Joe, I’d been married long time ago"(コットン・アイ・ジョーさえいなければ、俺はずっと前に結婚できていたのに) という嘆き。 これは単に恋人を奪われた男の愚痴とも取れますが、歴史的な文脈を鑑みれば、感染症によって結婚生活や人生そのものを破壊された人々の、悲痛な叫びとも読み取れるのです。

私がロンドンの駅で出会った寸借詐欺師の少女や、香港の九龍城砦の影に生きていた人々。彼らが抱えていた「どうしようもない生の苦しみ」が、100年以上の時を経て、テクノビートに乗せられて私の部屋に鳴り響いている。 そう考えたとき、この曲は単なるパーティ・チューンではなく、「持たざる者たちの放浪の歌」として、私の中で再定義されました。

Where did you go? —— 自分自身への問いかけ


"Where did you come from, where did you go?" (どこから来たの? どこへ行ったの?)

MTVから流れるこのフレーズは、帰国して「何者でもない」状態になっていた当時の私にとって、あまりにも重い問いかけでした。

シドニーでサーフボードを抱えて走った夏。 香港の雑踏で怪しげなチケットを掴んだ湿った空気。 ロンドンの冷たい部屋で、サッチャー政権の終わりを告げるニュースを見た夜。

私は確かに、そこから来ました。 しかし、「どこへ行くのか(Where did you go?)」という問いには、まだ答えられずにいました。 バブル経済が崩壊し、「失われた30年」の入り口に立っていた1994年の日本。社会全体が方向感覚を失い始めていたあの時代に、私はただ、MTVという「世界への窓」にしがみつきながら、自分の居場所を探していました。

インターネットが普及し、世界中の情報が瞬時に手に入るようになるのは、もう少し先の話です。 私たちはまだ、情報の断片を繋ぎ合わせて世界を想像するしかありませんでした。MTVは、その最後の時代の「教科書」であり、同時に、二度と戻れない「旅の記憶」を呼び覚ます装置でもあったのです。

旅は終わらない、ただ形を変えるだけ


Rednexの『Cotton Eye Joe』は、その後も世界中で愛され、2024年にはSNSを通じて再びバイラルヒットするなど、奇妙な生命力を保ち続けています。それは、この曲が持つ「根無し草」のようなエネルギーが、いつの時代も人々の心のどこかにある「放浪への憧れ」を刺激するからかもしれません。

1994年の私は、この曲を聴きながら、自分の長い旅が一つの区切りを迎えたことを悟りました。 しかし、それは「終わり」ではありませんでした。 物理的な移動としての旅は終わりましたが、「なぜ、あの時あそこにいたのか」「あの出来事は何だったのか」を問い直す、内面的な旅がそこから始まったのです。

この「人物月旦」シリーズ、そしてスピンオフである「時代の特等席で」は、まさにその答え合わせの旅そのものです。

【追記】溢れるリスペクトを込めて —— 30年越しのファンアート


今回、この「Cotton Eye Joe」の歴史的背景や当時のMTVの熱気を紐解いているうちに、私の中で1994年のあの「カオスなエネルギー」が蘇り、どうしてもその衝動を形にしたくなってしまいました。

あの伝説的にハチャメチャなRednexのミュージックビデオ。その世界観への溢れんばかりのリスペクトをどうにか表現したくて、オマージュMVを制作してしまいました!

動画では、私のオリジナルキャラクターである「Bell note(ベルノート)」と「寅子(とらこ)」が、あの狂騒的なフィドルの音色に合わせて踊り狂っています。歴史の重みも考察も一旦忘れて、ただただ楽曲とバンドへの純粋な愛ゆえに制作した、完全プライベートなファンアート作品です。

1994年のブラウン管から流れていた、あの最高にハイテンションなパーティーの空気を、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。

👇理屈抜きの30年越しのファンアート、ぜひ音を出してご覧ください👇

それでは、このダンスの熱気が冷めやらぬうちに。
次回は、時計の針を再び巻き戻しましょう。 私が「どこから来たのか」を語るために。私が海外放浪の最初に足を踏み入れた場所、そして多くの「師」と出会った原点の地、オーストラリアへと向かいます。


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