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【10月週末】ゆりかもめ“30円一日乗車券”で歩いた湾岸の小さな日帰り旅|トラベルノート🚃ゆりかもめ30周年旅の記録

🖋この記事のヘッダーについて

今回のヘッダー画像は、ゆりかもめ30周年記念として発表された
公式オリジナルイラストを心からリスペクトし、その構図や空気感に触発されて制作したオマージュです。
使用している画像は、公式ビジュアルをそのまま加工したものではありませんが原画に含まれていた要素(建物・風景・列車など)を参考にしつつ、
それぞれをAI生成し、自分なりに再構成したデザインです。
中央に配置している人物だけは、私の創作作品にたびたび登場する
「寅子」というキャラクターをゆりかもめの30周年を記念したイメージキャラクター「ゆりなさん」の衣装に合わせてみました。

ゆりかもめ株式会社様、そして30周年記念イラストを手がけられた
イラストレーターの皆さまの素晴らしい表現に深く敬意を抱きつつ、
“一人のゆりかもめファン”として、私のトラベルノートシリーズとして記事とともに作らせていただいたものです。

公式関係者の皆さまへ、勝手ながらここに敬意と感謝を記し、
本記事の冒頭に明記させていただきます。

こんにちは、Bell noteです。

気づけば、新交通ゆりかもめが開業してから30周年を迎えるとのことです。1995年11月の開業当初から、ゆりかもめは一貫して全自動無人運転を続ける「未来志向の都市装置」として、東京の湾岸エリアを静かに支え続けてきました。
そのゆりかもめが30周年を記念して、「30円」で一日乗車券を発売する、というニュースを見たのは、ある平日の夜、何気なくスマホをスクロールしていたときでした。

「1日乗車券が…30円?」思わず声に出してしまうくらいの破格の値段です。

私たちの「非日常」と、ゆりかもめの30年
私たち夫婦にとって、ゆりかもめはいつだって「非日常」への入り口でした。
開業した1995年といえば、私たちもまだ若く、まさに東京のウォーターフロントが急激に発展していた時期です。ゆりかもめは、臨海副都心開発などと連動しながら、地域の早期開発に貢献したある意味、“未来志向の都市装置”ですが、私たちにとっては、ちょっと背伸びをしてデートで出かける、きらびやかな場所へと連れて行ってくれる存在でした。

普段からお台場方面へ出かけることはあっても、決まって降りるのはお台場海浜公園駅や台場駅あたり。アクアシティやダイバーシティといった、賑やかな商業施設が中心です。車窓から見る景色は、常に「遊び」や「リフレッシュ」のための背景でした。
あの頃の私たちにとって、ゆりかもめに乗ること自体がイベントで、特に夜景を見ながら進む時間は、二人にとって「大切な時空間」として心に刻まれています。

ゆりかもめ開業記念動画のメッセージにあったように、ゆりかもめは「みんな(私たち)の想いを乗せて走り続けてきた」のだと、今になって改めてしみじみ感じます。


30円のパスが誘う「非日常」の発見
しかし、この30円という記念価格、そして乗り降りが自由な一日乗車券を手にしたとき、「いつもの場所」だけでなく、これまで“通過するだけ”だった駅で降りてみよう、という気持ちが強く湧いてきました。
その晩、妻にニュースを見せると、「え、30円? タダみたいなものじゃない」と少し目を丸くしつつも、「どうせなら、普段降りない駅で遊んでみたら面白そうだね」と笑っていました。
ゆりかもめ開業30周年記念のキーフレーズは、「つないで未来へ」過去から現在へ、そして未来へと、時代の変遷をつないできたという想いが込められているそうです。

今回のデイトリップは、私たちの個人的な思い出の軌跡と、ゆりかもめが支えてきた東京臨海地域の30年を重ね合わせる、小さな試みかもしれません。商業施設から少し離れた駅で降りてみることで、これまで観光客の視点からは見えにくかった景色を発見したい、そんな気分になりました。
「安全」で「安定」した運行を常に最優先してきたこの路線 に乗り、これまで通過してきた場所で降りてみる。夫婦の思い出を語り合いながら、沿線にまちの未来を形づくろうというゆりかもめの願い を、私たちなりに体感してみたいと思います。
というわけで、「ゆりかもめ30周年記念・30円QR一日乗車券」を使って歩いた、秋の午後のトラベルノートです。それでは、本編どうぞ。


📢 ちょっとだけトラベルノートについて

この「トラベルノート」は、もともとnoteを始める前から書き溜めていた、私個人の“旅の覚え書き”のようなものです。忘れっぽい自分が、あとから妻との旅行を思い出せるように──そんな理由で始めたので、誰かに読んでもらうことは想定していませんでした。

文体も、きれいに整えようとはあまり思わず、そのときの自分の視点や会話の温度が残っていればそれでよし、という書き方を続けてきました。最近になって、その過去のトラベルノートも含めてnote上で公開するようになりましたが、本編部分については当時のスタイルをなるべく崩さないようにしています。

そのため、今回も冒頭にだけ導入文(この部分)を付けて、本編は昔のままの書き方で綴っています。少し読みづらいところもあるかもしれませんが、「そういうものなんだな」と思っていただければ嬉しいです。



午後、新橋から乗車

午前中の用事を片づけ、新橋に着いたのは、太陽が少しだけ傾き始めた午後だった。駅の喧騒の中を抜けながら、スマホの画面には今日の主役──ゆりかもめ30周年記念の「30円」QR一日乗車券が収まっている。
ほとんど冗談のような価格だが、この一枚が、いつもの“お台場で過ごす非日常”ではなく、これまで素通りしてきた沿線の駅を歩いてみようという気分を後押ししてくれた。

改札を抜け、そのまま高架上のホームへ向かう。

ゆりかもめは開業以来ずっと、全自動の無人運転を続けてきた路線だ。華やかな響きのわりには控えめな存在感だが、東京の湾岸エリアを黙々と運び続けてきた“未来志向の都市装置”という表現がしっくりくる。車両の席を確保し、発車の瞬間を静かに待つ。

動き始めた車両は、ゆっくりと高架を上り、レインボーブリッジ方面へ向かう。前面展望に広がる景色を見ると、どうしても昔の記憶が重なってくる。若い頃、まだ新鮮な気持ちで出かけていた頃のデートで、何度も乗った。夜景の中を滑るように進むあの感覚は、今でも変わらずどこか特別な時間として心に残っている。

最初に降りるのは、お台場海浜公園駅。普段の私たちなら迷わず商業施設の方へ向かってしまうが、今日は違う。海沿いを歩き、風や景色の変化をそのまま受け取ることにした。

列車が静かに停まり、扉が開く。
吹き込んできた秋の風には、どこか潮の匂いが混じっている。
30年間、「安全」と「安定」を最優先に走り続けてきたこの路線の足元に、私たちは小さな一歩を踏み出した。


海沿いを歩いて、台場駅へ


お台場海浜公園駅に到着した。

「いつもはここから先、建物の中ばかりいるよね」
妻がぽつりと言った。

たしかに、お台場に来るたびに、足は自然とデックス東京ビーチアクアシティの方へ向かっていた。

デックスの中には東京ジョイポリスや、たこ焼きミュージアムマダム・タッソーなど、全天候型の“お楽しみ”がぎゅっと詰まっているし、アクアシティにはシネコンや飲食店が並んでいる。いったん建物に入ってしまえば、窓の外に広がっていた海や空の存在は、いつの間にか背景へ引っ込んでしまう。

今日はあえて、外すことにした。
商業施設へ続く連絡通路を横目に見ながら通り過ぎ、砂浜側の遊歩道へ。足元には人工のビーチがゆるやかに弧を描き、波打ち際では、子どもたちが靴を片手に持って走り回っている。海に入ることはできないが、そのかわり、砂浜沿いにはボードウォークと芝生が続き、ランナーや散歩する人たちが思い思いのペースで行き交っていた。

少し歩くと、マリンハウスの建物が見えてくる。

シャワーや更衣室のある管理棟で、マリンスポーツのボードがずらりと並んでいる。その上に続くデッキに上がると、視線の先には、レインボーブリッジと東京タワーのシルエットが重なり、その手前に小さな自由の女神像が立っているのが見えた。ニューヨークのそれに比べればずいぶん控えめなサイズだが、橋と高層ビル群をバックにした姿は、この街らしい象徴になっている。

遊歩道を台場駅方面へと歩き続けると、やがて頭上にゆりかもめの高架が現れる。電車ならほんの数分で通り過ぎてしまう区間だが、こうして自分の足で辿ってみると、お台場という場所の“距離”や“高さ”が、ようやく身体の感覚としてつかめてくる。

観光地としてのきらびやかな顔と、東京湾に面した一つの街としての素顔。
その両方を行ったり来たりしながら、歩く速度に合わせて景色の解像度が少しずつ上がっていくような時間だった。


台場駅からの車窓と、なくなってしまったもの


台場駅から、再びゆりかもめに乗る。
ホームに吹き込んでくる湾岸の風は少しひんやりしていて、レール上を走るゴムタイヤの低い唸りが足元から伝わってくる。30周年記念のポスターと「30円QR一日乗車券」の案内が貼られ、静かな節目の空気をつくっていた。

車両が滑り込んできたので乗り込み、先頭寄りの席へ。
走り出してしばらくすると、視界の奥にガラスの大屋根を持つ大きな建物——東京国際クルーズターミナルが見えてくる。

白とガラスの直線的なデザインで、お台場の中でもひときわ“未来的”な存在感を放っている。

その手前の一帯に視線を移し、思わず息をのんだ。

「……本当に何も残ってないんだね」

かつて海辺に立っていた“船の形をしたあの本館”——
船の科学館の象徴だった巨大な白い船型の建物は、今はもう跡形もない。

東京国際クルーズターミナル

過去には船の科学館にはプール(2008年8月閉鎖)もあった。

その場所には広い駐車場と奥には日本財団のパラアリーナという施設がぽつんとある

綺麗に整地された更地と仮囲いだけが広がり、あれほど存在感のあった建物があったことすら、初めて来た人には分からないかもしれない。
私たちが若い頃、何度かあの船型の前を歩き、ふらりと立ち寄った記憶まで、すこし遠ざかっていくようだった。

その視線の奥で、近代的なクルーズターミナルが静かに佇んでいる。
「過去の象徴が消えて、未来の玄関だけが残った」
そんな風景の対比が、車窓越しに浮かび上がっていた。

レールの上を、ゆりかもめは淡々と進み続ける。
風景が大きく変わっても、軌道だけは開業当時から揺らがない。
変化と不変が同じ窓の中に同居しているところに、この路線ならではの不思議な感覚がある。

さらに進むと、湾岸警察署が見えてくる。

建物が視界に入った瞬間、自然と会話が始まった。

「ここ、『踊る大捜査線』の…」

ドラマや映画で見ていた“架空の湾岸署”と、今こうして実際の車窓に流れていく湾岸署が、頭の中でゆっくりと重なっていく。現実とフィクションの境目が薄らいでいく感覚は、ゆりかもめの車窓が持つ独特の魔法のようなものだ。

ゆりかもめに乗ると、懐かしさと新しさが絶えず交差する。
その小さな揺らぎが、私たちがこの路線に惹かれる理由なのかもしれない。

ゆりかもめの車窓には、いつも少しだけフィクションの気配が混ざっている。
それが、この路線に乗るときのささやかな楽しみのひとつでもある。


テレコムセンターと、ミナトリエからの眺め


テレコムセンター駅で降りることは、これまであまりなかった。
唯一の記憶といえば、かつて近くにあった「大江戸温泉物語」へ行ったことくらいだ。2003年に開業し、温泉街のような館内と浴衣体験が話題になった施設だが、2021年に幕を閉じてしまった。あれほど賑わっていた場所も、閉館してしまうと記憶の輪郭が急に薄くなる。

今日の目的地は、その大江戸温泉とは反対側、テレコムセンター駅の直結の
青海フロンティアビル A棟 の20階にある「ミナトリエ」。

東京都港湾局が運営する無料の展望フロアで、名前の通り“みなと(港)を知るアトリエ”のような場所らしい。いままで来たことは一度もない。

詳しい展示の内容はミナトリエのホームページへ🔗

エレベーターで一気に20階まで上がると、ひらけた静かな空間が広がっていた。
窓際に立つと、視界が一気に東京湾へ向かって解き放たれる。

レインボーブリッジ、お台場のホテル群、青海の埠頭、コンテナヤード。
港の風景は、上から見ると街とはまったく違うリズムで動いている。巨大なガントリークレーンが規則正しく並び、まるで巨大なキリンのように静かに佇んでいる。

海の色は、午後の光を受けて黄金色に変わり、ところどころに帯状の反射が浮かんでいた。
いつもの“観光地としてのお台場”とはまったく違う、働く東京湾の顔だ。

壁面には、港湾の歴史や、物流を支える仕組みが淡々と紹介されている。
派手な演出はなく、説明は必要なことだけを簡潔に伝えてくる。そういう素っ気なさが、かえってこの場所の重みを引き立てていた。

ゆりかもめが30年近く見続けてきた“港の景色”は、いつも車窓の背景として流れていった。しかし、実際にはそこに人がいて、働き、出入りする船やコンテナに合わせて時間が動いている。窓の外に広がるこの景色を「観光の風景」だと思い込んでいたことに、ここで気付かされた気がした。

ミナトリエの静けさの中で、東京の港が支えてきた長い時間が、ゆっくりと記憶に沈み込んでいった。

滝と紅葉。ベンチでタマゴサンドを食べる


ミナトリエをひとまわりしてから、エレベーターで1階へ戻った。
ビルの足元には、小さな広場があり、低い段差を伝って水が流れ落ちる一角がある。ちょっとした滝のような造りで、上から落ちてきた水が段ごとに砕け、細かな粒になって涼しい音を立てていた。そのすぐ脇に、赤や黄色に色づいた低木が並んでいた。

滝の内側が通路になってた

秋の陽を受けて、葉が薄く透けるように輝いている。
この場所だけがふっと和らいだ空気をまとっていた。

「紅葉、きれいだね」
そう言いながら、思わずスマホを向けて何枚か写真を撮った。
水面に落ちた葉がゆっくりと流れていくのを眺めていると、それだけで小旅行の寄り道のような時間になる。

広場にはベンチがいくつか並んでいて、
ビル風と水音、そして足元の紅葉が、都会の隅にある“ちいさな秋”を形づくっていた。

「ここで、かなり遅いお昼にしようか」

そう言って、家から持ってきたタマゴサンドを取り出す。
普段は移動の途中でどこかに寄ってしまうところを、今日はあえて手作りにした。観光地のテラスでもなく、有名店のランチでもなく、港のビルの足元で食べるタマゴサンド。少しだけいつもと違うことが妙に心地よかった。

周囲では、スーツ姿の男性がスマホを見ながら缶コーヒーを飲んでいたり、
作業服の人が同僚と二言三言だけ会話を交わしていたりする。
観光客の気配よりも、“働く人たちの合間の時間”が漂っている空間だ。

ゆりかもめは、こうした人たちの“行き帰り”も、毎日淡々と運んできたのだろう。
車窓から眺めていたビル群の向こう側に、こんな静けさが広がっていたのだと思うと、見ていた景色の解像度が、すこしだけ上がった気がした。


ビッグサイトの「謎のエスカレーター」に乗ってみる


再びゆりかもめに乗り、ビッグサイト駅で降りた。

この場所には、これまで何度も展示会で来ている。
人の波に流されるように会場入りし、パンフレットと荷物で腕がだるくなった頃に駅へ戻る——そんな記憶ばかりが積み重なっている。

それでも、ずっと気になっていた場所があった。
東京ビッグサイトのシンボルである“逆三角形の会議棟”に向かって、斜めに長く伸びているエスカレーター。展示会の一般導線とは外れた位置にあって、毎回「どこに続くんだろう」と思いながら、仕事モードのままスルーしてきた。

行ったことがない

「せっかくだから、今日はあれに乗ってみようか」

午後のビッグサイトは相変わらず賑わっている。
イベント参加者の流れを横目に、その導線からふっと外れて、会議棟側へと歩いていく。
普段の動き方と違うだけで、ビルの陰影や空のひらけ方が微妙に変わって見えるから不思議だ。

少し遠回りして、ようやくその斜行エスカレーターの乗り口を見つけた。
見上げると、ガラス張りのレールが空に向かって伸びているように見える。
展示会の入り口に続く正面の大階段とはまったく別の表情だ。

エスカレーターに乗ると、ゆっくりと身体が斜めに持ち上がっていく。
横はすべてガラス張りで、上がるにつれて視界が少しずつ湾岸へとひらけていく。
東京湾、青海の埠頭、レインボーブリッジ——角度が変わるたびに、見慣れたはずの景色が違う表情を見せる。

上に着くと、会議棟の入口前にある小さなテラスのようなスペースに出た。
吹き抜ける風が気持ちよく、視線の先には広々とした空と、遠くに弧を描くレインボーブリッジ。
こんなに開けた景色があったなんて、何度も通っていたのに知らなかった。

奥へ進もうとすると、そこから先は会議棟専用エリアで、関係者以外は入れないようになっていた。
会議室が詰まった“逆三角形”の内部は、普段は一般客の導線から切り離されているらしい。

それでも、この場所に立てただけで十分だった。
仕事で何度も訪れてきたはずのビッグサイトに、こんな静かな空間や、こんな角度の景色が隠れていたとは思わなかった。

ルートを少し変えるだけで、見えるものが変わる。
当たり前のことだけれど、“知っているつもりの場所”にまだ知らない表情があったことに、ちょっと驚かされる。

豊洲と、新しく生まれた「SAIL PARK」

ビッグサイトを後にして向かった豊洲駅。すっかり暗くなっていた。

何度も来ている場所のはずなのに、改札を抜けたあと、視界の片隅がわずかに違って見えた。

駅のデッキに出ると、見慣れない白い建物がすっとそびえている。
ガラス面の多い、風の流れを意識したような外観。
どことなく新しい匂いがする。

「こんなのあったっけ?」

豊洲ベイサイドクロス ららぽーと豊洲3
2020年6月1日オープン

いつの間にか5年も前にこんな商業棟ができていた。全く気が付いていなかった。
もともとのアーバンドック ららぽーと豊洲を大幅リニューアルしたのだとか。テナント数はこの「ららぽーと豊洲3」の店舗を含めて全214店舗だそうだ。湾岸エリア最大級の商業施設。

駅から直結の館内に入ると驚くほど広い。
人の往来も多く、さながら一つの街の様だった。

ふと自分の眼鏡のことを思い出した。
朝から、右側のテンプルのネジが微妙に緩んでいたのだ。

「そういえば、金子眼鏡ってららぽーと豊洲に店舗あったな?」
と軽く検索してみると……

KANEKO OPTICAL ららぽーと豊洲店

と、ららぽーと内のフロア情報にしっかり表示されていた。

「これは寄っていこう」

店内は、金子眼鏡らしい静かな空気が流れていて、
落ち着いた木目とガラスケースの中に、整然と並んだフレームが光っていた。

スタッフに声をかけると、
「もちろん無料で調整できますよ」と、手慣れた動きでメガネを預かってくれる。
数分後、ネジを締め直し、全体のバランスまで整えて返してくれた。

これだけで視界がほんの少しクリアになった気がする。
旅の途中に立ち寄った新しい建物が、ちょっとしたメンテナンスの場所になる——
それもまた街歩きの楽しさのひとつだ。

街は、知らないうちに増築されていく…

「いつの間にか、だいぶ変わってるね」
と妻が言う。

確かに、豊洲はここ10年で劇的な変化を遂げている。
運河沿いの遊歩道が伸び、商業棟は増え、マンション群は空に向かって階層を重ねている。
その変化のスピードについていかないと、数年ぶりに降り立った時に“知らない街”になってしまうくらいだ。

ゆりかもめの車窓から見る限り、変化はいつも「遠景」として流れていく。
でもこうして歩いてみると、街の新しい呼吸が足元にまで伝わってくる。

ららぽーとは、まさにその「変化の結晶」だった。
知らないうちに増築された豊洲の新しい一棟が、それも5年も前に。
ほんの数分の寄り道で、思わぬ実用性を発揮してくれたのだから。


市場前駅と、静かな“足湯の展望台”


豊洲から一駅戻り、市場前駅で降りる。
かつて築地市場があった頃、このエリアは地図の上でしか見たことがなかった。
移転をめぐる議論が何年も続いたことは、ニュースで何度も見た。
石原都政が押し進めた築地移転計画、汚染問題でストップした豊洲新市場、
その後、小池都政のもとで再検討され、ようやく2018年に豊洲市場が開場した——
あの長い“すったもんだ”は、今となっては遠い記憶のようにも思える。

ただ、こうして駅前に降り立つと、
「築地から移ってきた市場は、確かにここにあるのだ」
という実感がようやく伴う。

そして、その市場のすぐ隣に、ひとつの大きな建物がある。
東京豊洲 万葉倶楽部

2022年に開業した滞在型温泉施設で、小田原や箱根の名湯を毎日タンクローリーで運び入れているという、ちょっとした“都市の贅沢”が詰まった場所だ。

今日の目的地は、その 屋上にある展望足湯庭園(無料開放)
入館しなくても利用できる、ささやかな憩いのスペースだ。

エレベーターで屋上に着いた瞬間、夜景が広がった。

細長い足湯の縁に腰を下ろし、靴と靴下を脱ぐ。
温かい湯に足を沈めると、秋の冷えた空気がスッと引き、
身体の芯だけがじんわりとほぐれていく。

「気持ちいいね」

目の前のガラス柵の向こう、夜景のなかをゆりかもめが走っていくのがみえる。

「30円で、この景色まで楽しめるなんてね」
妻が足湯の縁に手をつきながら笑う。

確かに、ゆりかもめの記念乗車券は、
“乗り放題”というより“風景見放題”というほうが近いのかもしれない。
足湯越しに眺める湾岸の景色は、同じ東京でも少し異国めいていた。


有明と、観覧車の記憶


市場前から再びゆりかもめに乗り、有明駅で降りる。
駅前一帯には、2020年に開業した大規模複合施設 「有明ガーデン」 が広がっている。

ホテル、劇場、ショッピングモール、公園、温浴施設まで一体になった街のような場所で、週末らしく家族連れや買い物客がのんびり歩いていた。

館内を少し散策し、
イオンのイートインスペースでパンとコーヒーを買って、軽く休憩する。
こういう“どこにでもある場所”を、旅の途中で挟むと、
その土地の時間に溶け込めるような気がする。

施設の出口をでて外を見ると、
視線の先にあるはずの“あの大きな丸”が、どこにもない。

「観覧車、完全になくなっちゃったね」

かつてここには、パレットタウン大観覧車がそびえていた。

開業したのは1999年。高さ115メートル、当時は世界最大級で、
お台場の象徴のひとつとして長く親しまれてきた。
私たちも、オープンして間もない頃にわざわざ乗りに来たことがある。
湾岸の景色は高層ビルがほとんどなく、
まだ空き地や倉庫が点在していた時代の東京湾が、
広がりのあるパノラマとして見渡せた。

その観覧車は、2022年8月で営業を終え、翌年には完全に解体された。
跡地では現在、「TOKYO A-ARENA」という次世代型アリーナが建った。

時代が変われば、“街のアイコン”も更新されていく。

でも、私たちにとっては、あの観覧車はやはり特別だった。
最終営業日が近づいた頃、「最後にもう一度」と言って乗りに来たことがある。

あの日の夜景は、いまだに記憶の中のゴンドラの窓の向こうに残像のように浮かんでいる。

今は、その空間だけがぽっかりと残っている。
だが、観覧車があった場所を横切るように、ゆりかもめのレールは変わらず伸びている。
街のほうが先に変わり、記憶が後からゆっくり追いついてくる。
その時間差を、ゆりかもめは30年間、静かに運び続けてきたのだろう。


ふたたびミナトリエ──夜の港湾とレインボーブリッジ


有明から再びゆりかもめに乗り、テレコムセンター駅へ戻る。
昼にも訪れたミナトリエだが、夜の港を見ずに帰るのは惜しい気がした。

エレベーターで20階まで上がると、フロアは昼とはまったく別の表情をしていた。
コンテナヤードにはオレンジ色のライトが点々と浮かび、
巨大なガントリークレーンが、影絵のオブジェのように港を縁取っている。
埠頭ではトラックのヘッドライトが規則正しく移動し、
運河沿いのビル群には無数の小さな明かりが灯っていた。

昼間に見た「働く港」が、夜には「光で描かれた地図」に変わる。
ゆりかもめの車窓から何度も眺めていたはずの景色だが、
こうして静かな展望フロアで対峙すると、港の呼吸まで聞こえてくるようだった。

ふと、視線の端に見覚えのある輪郭が入る。
お台場の象徴ともいえる フジテレビ本社ビル の球体展望室だ。

1997年に竣工したあの建物は、臨海副都心の“未来感”を象徴してきた存在で、ゆりかもめが走る湾岸の“顔”として、ずっとこの景色の一部だった。

湾岸の街が変わり続けるなかで、
あのビルだけは、光の中に静かに佇んでいる。
30年のゆりかもめの歴史の中で、何度も何度も車窓に映り込んできたシルエットだ。

レインボーブリッジのライトが水面に細く揺れ、
港全体が「今日という一日」をゆっくりと締めくくっているかのようだった。

展望フロアを後にして地上へ降りると、
先ほどまで高い位置から見下ろしていたレインボーブリッジが、
今度は目の前で静かに横たわっている。
海沿いの歩道を少しだけ歩き、夜風を胸いっぱいに吸い込んでから駅へ向かった。

新橋行きの電車の窓から見える夜景は、
さっきまで自分が見下ろしていた港が、逆再生するように後ろへ流れていく。

30円の一日乗車券で巡った、ちいさな湾岸の旅。
いつものお台場とは違う沿線の風景に触れられた一日だった。
ゆりかもめが30年間つないできた「未来」の意味を、
ほんの少しだけ実感できた気がした。


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