調査報告書を読んで① 責任について
7月31日、学校法人同志社の特別調査委員会による調査報告書が公表されました。
可能な方にはぜひ全文を読んでいただきたいのですが、218ページという量と、記号化された人名のため、実際に読もうとすると、皆様苦労されるかと思います。
今回の記事から、この報告書について考えたことを書いていきます。
3回に分ける予定で、1回目は、報道各社を通じたコメントでも触れた「責任」についてです。
この調査は、強制力のない任意の調査としては、丁寧に調査がされたものという印象です。
そして報告書は、学校法人同志社に「明らかに安全配慮義務違反があった」と認定しました。
・事前調査を行う義務。
・安全性を確保した計画を策定し、実施する義務。
・生徒と保護者への説明義務。
その3つすべてへの違反です。
その上で、この報告書の冒頭には、こう書かれています。
本調査は、学校法人同志社及び同志社国際高校の役員及び教職員(退職者を含む。)その他本件事故の関係者の民事上又は刑事上の法的責任の追及を目的とするものではない
宣言のとおり、誰の判断が、どの責任にあたるのかは書かれていません。
結語にある「想像力の欠如」、「およそ非難を免れず、猛省しなければならない」という非難も、「多くの教職員」に向けられたもので、個人にも、役職にも、向けられていません。
しかし、報告書が責任を追及しないことは、責任がないことを意味するわけではありません。
報告書を読めば、分かることがあります。この事故は、「空気」や「組織風土」という、誰のものでもない何かが起こしたのではありません。判断のひとつひとつには、それを行った人が、しっかりと存在しています。
2022年度
当時の学年主任は、下見の際に船長からボート乗船の提案を受け、現地でボートを見ることも、試乗することもないまま、コースとして導入する判断をしました。この教員は後に、委員会に対してこう述べています。
導入当時に立ち戻って下見をしていたのであれば、プログラムの導入を中止する、あるいは(安全性を確保した)別の方法を考えるといった判断をした可能性はあったかもしれない
導入を判断した本人が、下見をしていれば止めていたかもしれないと、認めているのです。
実施当日、この学年主任が確認したのは「主として晴れているかどうかという天候の概況」だけで、注意報の発令状況は確認しませんでした。引率教員も「目視」で問題ないと判断し、実施の可否について、教員間の協議は行われませんでした。
その引率教員は、前半組の乗船に同乗しています。つまり、船長の操縦する船に実際に乗り、海上保安庁のゴムボート3隻程度が並走する状況を、自分の身体で体験しています。報告書によれば、この教員は当初「一定の懸念を抱いた」。しかし、船長から「問題はない」という趣旨の説明を受けて、そのまま受け入れました。
その教員は後半組には乗りませんでした。報告書によれば、理由は、座学プログラムも把握する必要があったこと、そして「ボートの運航や乗船中の安全管理について、教員である自らが実際に対応できることは限定的であると考えた」ことだったとされています。生徒9名は、教員なしで海に出ました。
「一定の懸念を抱いた」とする船で、教員にできることが限定的なのだとしたら、それは「教員が乗らなくてもよい」という結論にはなりません。「教員がいても安全を確保できない船に、生徒を乗せてはいけない」という結論になるはずです。この理屈が逆向きに使われたまま、4年間、継続されたことになります。
報告書によれば、旅行中の昼食の時間、学年主任から実施状況を聞かれた際の引率教員は、「全然大丈夫でした。問題なかったです。」と言ったとされています。
その年の生徒の感想文には、こう書かれています。
ボートは思ったよりも小さく、この大きな海で大丈夫なのかなと少し不安になりました。
これを読んだ学年主任の受け止めは、「程度の問題である」だったとのことです。
2023年度
新しい学年主任は、前年度の感想文を確認せず、このコースが旅行会社を介さない独自コースであることも認識しておらず、旅行会社が安全確認に関与しているものと誤認していたとされています。船長との事前の面談はなく、電話で「昨年同様に実施したい」と伝え、ボートの定員と隻数を確認しただけだといいます。
そして当日。2隻のボートで実施する予定が、来たのは1隻だけでした。引率教員は、なぜ1隻しか来なかったのか、理由を確認しませんでした。そのまま、予定を変更して1隻で3往復させました。乗船中には、拡声器で警告を受ける場面もありました。
2025年度
学年主任は、海や河川が関わる活動は事前に現地を見た方がいいのではないかと考え、「辺野古には行かなくていいのか」と、期間を空けて2度、先輩の教員に相談していたといいます。返ってきた答えは、「昨年度とやり方を変えないものから下見の対象から外していくことは当然だと思う」。
そして下見は、行われませんでした。
その前年度(2024年度、実施は2025年3月)のボートコースは、雨天のため中止されています。生徒たちは陸から辺野古を見学し、行程は無事に終わっています。天候を理由に中止するという判断も、ボートに乗らなくても学習が成り立つという事実も、学校は事故の1年前に、自分自身で経験していました。
それでも事故の当日、発令中の波浪注意報を確認した教員は一人もおらず、2人の引率教員はどちらも船に乗らないという判断をし、生徒たちを見送りました。
導入の判断。 確認しないという判断。 報告しないという判断。 引き継がないという判断。 下見の相談を退けた判断。1隻しか来なくても理由を問わないという判断。 そして、乗らないという判断。
その判断があったというのであれば、どの判断にも、行った人がいます。
調査委員長は会見で、「個人に対する民事上・刑事上の法的責任の追及を目的としないと定めており、役員・職員の懲戒処分等について、当委員会としては踏み込まなかった」と説明しました。委員からも、「第三者委員会が人事処分・懲戒処分まで言及することは極めて稀で、組織が自ら考えるべきもの」との説明がありました。
ここから先は、役割が分かれます。
刑事の責任を明らかにするのは、捜査機関。
教職員の処分を決めるのは、学校自身。
民事の責任は、当事者のあいだで、必要であれば裁判所で、明らかにされていくもの。
報告書は、その出発点を揃え、それぞれに引き渡したのだと理解しています。受け取った側が動かなければ、この報告書は、「よく調べた記録」で終わります。
たとえば、捜査機関。この報告書を、鵜呑みにする必要はありません。報告書自身が、個人の責任追及を目的としないと宣言しているのですから。より深く捜査をしていただければ、もっと腑に落ちる事実が認定されるかもしれません。
学校も、同じです。むしろ捜査機関より先に、一人ひとりの責任の所在を、自ら吟味する必要があるはずです。
「第三者委員会が調査しているから」。
「捜査機関が捜査しているから」。
それを理由に自分では動かないのだとしたら、「猛省しなければならない」と書かれた報告書の意味を、何も理解していないことになります。
私たちは、それぞれの動きを、注視したいと思います。
次回は、報告書自身が「分からない」と結論づけた問い、「根拠のない盲目的な信頼」について書く予定です。
【お知らせ】
このたび、「辺野古転覆事件の全容解明と再発防止を求める会」を設立しました。
事故の全容解明と責任の所在の明確化、そして再発防止の実現には、長い時間と、専門家の力が必要です。個人としての発信に加えて、継続的に活動していくための組織として、会を立ち上げました。あわせて、活動資金のためのクラウドファンディングを立ち上げました。いただいた寄付金は会計規程に基づき適切に管理し、収支概要は当ホームページおよびnote等で定期的に公開します。
▶︎ 会の概要・設立の経緯・寄付金口座について:https://belovedtomoka.jp
▶︎ クラウドファンディングはこちら:
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