黒猫読書クラブ⑥
あまりにも有名過ぎる茨木のり子さんの詩、「自分の感受性くらい」は知っていた。「自分の感受性くらい自分で守ればかものよ」の言葉に、ガツンとやられ、ははぁとうなずき、きっと書き手は、きりりとした渋い美人(どんなだ?)を想像した。
で、この写真。

なにこれ!
美しい人!!
あ〜。ミーハーだよね。
これは、この本から、引用。


二階の居間には、「倚りかからず」の椅子があり、奥に食卓と厨房が見えた。
居間の窓際には金木犀が咲いている。
書斎や本棚の写真。
甥っ子のあとがきによると、茨木のり子さんは、32歳のときに、従姉妹の建築家と一緒にこの家を設計したそうである。施工は1958年。
「どの程度まで本人が設計に関わったのかはさだかではないが、エントランスから臨む山小屋風のデザインは今見ても斬新だし、内装には独特の落ち着きがある。武蔵野の雑木林に佇むこの住居も茨木のり子の作品の一つと言えなくもない。」(宮崎 治)
本当に漆喰塗りの白壁やら、玄関ドア、高い天井などなど、独特の雰囲気。本の表紙に使われていたのは、窓ガラスだった。


食卓の写真や旅先で買い集めたデキャンタ、香炉、燭台、酒器。
寝室の窓から見える紫陽花。愛用していたコロンとヘアトニック。
家計簿と料理レシピのメモ。
庭のみかんの木。
なんと最後には、自筆の死亡通知の原稿まである。
2冊目。

詩人で、素敵な家に住み、料理上手。
茨木のり子には、詩人としての顔と家庭人としての顔がある。
昭和二十四年(一九四九)、 二十三歳で結婚してから
五十代にいたるまでの日記に目を通すと、
創作に励みながら、毎日の生活にていねいに気を配る姿が、
簡潔なことばのなかから浮かび上がってくる。
生活の中心は家事であり、ご飯の支度である。
その日の献立を考え、買いものをして料理する。
医師であったY(夫・三浦安信)との食事。
Yの喜ぶ姿。詩人のグループや友人、知人を招いての食事会。
茨木のり子の詩は、そうした日々の営みが結晶したものである。
ファイルにのこされた手書きレシピやスクラップ帳、
日々欠かさず綴られた日記の記述などをもとに、茨木のり子の食卓を再現してみる。
再現した料理に、手書きのメモや日記添えてある。もちろん、素敵な家の素敵な台所の写真も。
台所の平面図や断面図まである。そして、日記。

再現された料理は、なかなかにハイカラなものが多い。
初めの本であとがきを書かれていた甥の宮崎治さんが、エッセイを寄せている。
「伯母の書斎の本棚にはスクラップブックが五十冊以上もある。」
「それはどちらかというと詩人・茨木のり子ではなく、主婦・三浦のり子としてのコレクションのほうが多い。」
「伯母は外食も好きで、よくおいしいレストランや料理店に連れて行ってもらったが、伯母には外食で美味しいと感じたものを、家に帰って自分で再現できると言う特技があった。」
一緒に茨木のり子さんの手料理を食べていた甥っ子が言うのだから、間違いない。レシピ集が出るというのは、腕前も相当なことだもの。
ふと、頭の中に1冊の本が浮かんだ。沢村貞子さんの「わたしの献立日記」。…母の本棚には沢村貞子さんの本があったなぁ。懐かしくて、こんな本を以前買った。


でも、沢村貞子さんの本を探してみたが、見つからない。実家を片付けた時、持ってきたと思ったのだが、うーん・・。この本や母の本については、別の機会に紹介したいと思っている。
沢村貞子さんと言えば、NHKのEテレの「365日の献立日記」という番組が好きだ。
昭和の名脇役として知られる沢村貞子さんが26年半、毎日続けた「献立日記」。滋味あふれるお総菜に知恵と工夫がつまっている。その日記をもとにフードスタイリスト・飯島奈美さんが料理します。
わずか5分だけれど、見ると豊かな気持ちになる番組である。
今日紹介した2冊の本も、読んだり見ているだけで豊かな気持ちになる本。

