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別姓にしたい②

 まだ清田さんの「戻れないけど、生きるのだ」を読んでいる。仕事が刺繍、星読み勉強中、外で働いている場所もお店なので、これらをしながら本を読むことが難しい。読書の時間を余裕で確保できるくらい、お仕事でもらったお金で少しのゆとりでいいから持つことが目標。休みがあって、ないような生活。どうしても仕事につながることからしてしまう。それでもいいんだけど。(最近ずっと積読のことを考えたり話したり書いたりしている。)

 10日前ほどに書いた別姓にしたい私の話。こういうことを思うようになった経緯ってなんだっけ、と思った。ここに来るまでの流れを、振り返ってみることにする。

 そもそも、周りの空気とか世間一般を意識していなかったら、結婚したいって思っただろうか、という疑問がある。2000年前後に学生時代を過ごしたわたくし、記憶にある範囲だけれど割と男女二元論のなかで多感な時期をすごしていた。パートナーがいるかどうかを聞かれることに疑問を持たなかったし、今まで恋人がいないという人に対して「理想が高い」なんていう発言をする友人もしばしばいた。今思えば、パートナーがいようがいまいが、理想が高かろうが高くなかろうが、そんなの人それぞれで答える義務もないのだけれど、そういう時代だった。何となくだけれど恋人がいる方がなんか上、みたいな感覚があった。もっと、友人と違う話が出来たらよかったのだろうけれど、文系の学部で女子が多い環境で自ずとそういう話はよく出ていたし、私もそれに合わせていたと思う。当時は「なごや巻き」なる巻き髪が流行っていて、周りの大学生のいくらかは髪を巻き、タイトスカートを履いてコンパクトなGジャンを来ていた。カバンはエルメスのキャンパストートの人が多かった。同級生の多くが同じような格好をしているのを見て、「そこには行きたくない。」と思ったのを覚えている。雑誌はCancamとかJJが全盛期だった。

 話がずれた。そういう学生時代を過ごした私は、パートナーがいようがいまいが、いずれ自分も結婚とかするんだろうなーと思っていた。自分が女性であるがゆえ、就職活動の意味がよく分からなかった。キャリアを積む覚悟もなかったけど、かといって結婚していずれ辞めるであろう仕事のために何か月も費やして活動をする気がわかなかった。昔から、真に納得しないと行動できないのは変わっていない。あの頃、自分が何に向かっているかがほんとうに分からなかった。
 就活はしなかったけれど、アルバイトをしていたアパレルの会社に新卒で何とか入った後も、イメージがわかないことには気持ちが入らず、それは仕事でも人間関係でも同じだった。パートナーがいる時期もあったけれど、相手の熱量から一歩引いている自分がいた。そのくせいずれこのまま結婚するかもなーとイメージがわかないくせに思っていた。

 今思えば、「普通こうするから、自分もこうするだろう。」みたいな思考だった。そりゃ、破綻するよ、仕事もパートナーシップも。

 

 眠たくなってきたから、続きは明日。今週末はよく働いた。えらい、私。

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