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【音楽雑記】 フィル・コリンズ |破竹の勢いだった80年代(1984年⑥)

とにかく1980年代は、フィル・コリンズが絶好調だった。
彼を初めて知ったのは、ジェネシスのドラマー兼ボーカリストとしてだった。NHKの渋谷陽一サウンドストリートで1978年のアルバム「そして3人が残った」を紹介していたのを記憶している。

そんなフィル・コリンズは1981年にソロデビューし、翌年には早くも2ndアルバムを発表。スプリームスのカバー「恋はあせらず(You Can’t Hurry Love)」をヒットさせる。1983年には所属するバンド、ジェネシスで「ザッツ・オール(That’s All)」がヒット。ここらへんから彼の破竹の快進撃が始まった。

「見つめて欲しい(Against All Odds)」

1984年、珠玉のバラード「見つめて欲しい(Against All Odds)」で遂に全米1位を獲得。ベストヒットUSAなど洋楽番組でMVが頻繁に流れていたのを覚えている。映画の挿入歌だったため、MVには映画のシーンが使われていた。映画自体はあまり話題にならなかった。

とにかくメロディが美しい抒情的なバラードで、シャウトしたときのボーカルも特徴的。当時、彼が流行らせたゲートリバーブのかかったドラムサウンドも懐かしい。

「Easy Lover」

同年、アース・ウィンド・アンド・ファイアーのフィリップ・ベイリーとのデュエット曲「Easy Lover」も全米2位の大ヒットを記録する。

イントロはディストーションギターにキラキラシンセ、そこにバケツを叩くようなドラムフィルでド派手に始まる。そしてリズムインするとタイトなリズムにのったキャッチーなギターリフが続く。この時点でヒットを確信させる完成度だった。個性ある二人のボーカル、ノリもメロディも抜群なポップソングに仕上がっていた。

当然、J-POPが放っておくはずもなく、すぐに”エッセンス”を取り入れた作品も出てきた。例えば、田原俊彦「堕ちないでマドンナ」(1985年)、崎谷健二郎「思いがけないSITUATION」(1987年)、織田哲郎「BOMBER GIRL」(1992年)などが思い浮かぶが、探せばもっと見つかるはずだ。

ライヴ・エイドでの活躍

1985年のライヴ・エイドでは、レッド・ツェッペリンをはじめ、スティングやエリック・クラプトンと共演。基本的に来た仕事は断らないことから、「世界で一番忙しい男」とも評された(Wikipediaより)。

ライヴ・エイドは日本でもフジテレビ系列で長時間特番として夜通し放送されていた。個人的にはこの日限りの再結成だったツェッペリンを楽しみにしていたが、素人目にもバンドの演奏はぎこちなく、世間の評判も芳しくなかった。ロバート・プラントの声はかすれ、ジミー・ペイジはヘロヘロ、フィル・コリンズもバンドのノリと合わず、どこか浮いている印象だった。

今はYouTubeでそれらの映像を見ることができる。Led Zeppelinとの「Rock And Roll」、スティングとの「Every Breath You Take」、エリック・クラプトンの「Layla」など。

更なる大ヒットラッシュ

さらに80年代の怒涛の大ヒットは続いた。全米1位を記録した曲だけでも、
ワン・モア・ナイト(One More Night)」、「ススーディオ(Sussudio)」、「セパレート・ライヴス(Separate Lives)」、「恋はごきげん(A Groovy Kind of Love)」、「ツー・ハーツ(Two Hearts)」、「アナザー・デイ・イン・パラダイス(Another Day In Paradise)」と、これだけある。さらに所属するバンド「ジェネシス」でも「インヴィジブル・タッチ(Invisible Touch)」をヒットさせた。

愛嬌満載で気のいいオジサン風情のフィル・コリンズは、1980年代、とにもかくにも、破竹の勢いの絶好調男だった。