フロー理論とIDでつくるガイド育成。アドベンチャートラベルに必要な「ソフトスキル」評価
想定読者層(ターゲット)と具体的な悩み
・想定読者: ガイドのリーダーや育成担当者、地域の観光協会、DMO、広域連携を考えているDMC。
・具体的な悩み: ベテランガイドが行うOJT(現場指導)が、感覚的なものばかりで、若手が納得せずに育たない。ガイド個人の「センス」に頼っているため、ツアーの質にばらつきがある。ソフトスキルをどう客観的に評価し、フィードバックすればいいのか明確な基準がない。
現場で新人を迷わせる、正解のないアドバイス
ある地域のガイド事業者のOJT(現場指導)にインストラクターとして立ち会っていたときのことです。
ツアーを終えたばかりの新人ガイドに対し、先輩たちが口々にアドバイスを送っていました。
「トークのテンポが悪い。」
「説明なんていいから、とにかくお客さんを楽しませて」
「ここはもっと背景をしっかり説明して」
「もっとパッションを伝えろっ!」
指導する先輩ガイドによって言うことがまったくバラバラです。
熱心にメモを取っていた新人ガイドのペンが止まり、その顔にははっきりと「結局、どうすればいいの?」という戸惑いが浮かんでいました。
先輩からの矛盾したアドバイスに挟まれ、彼が元々持っていた魅力や個性までが萎縮していくのが手に取るようにわかりました。
広域で地域をまたぎ、アドベンチャートラベルのツアーを連携させようとする時、私たちはいつも同じ問題に直面します。
ガイドの質をどうやって担保し、育てていくか。
今の現場には、「これが質の高いガイドだ」という明確な基準がありません。スキルが目に見える形で可視化されていないため、人材育成はどうしても手探りか今までの経験による根拠のないものになってしまいます。
ツアーでお客様の反応が鈍かったとき、一体何が悪かったのかを客観的に振り返るための基準がない。
ただひたすらに色々なやり方を試して空回りするしかありません。これは現場に立つ人間にとって、あまりに非効率で先の見えない道のりです。
私たちには、属人的な感覚に頼らない、全員で共有できる明確な基準が必要です。
深堀りして言うと、正直なとこ基準がない訳ではないのですが、、、
ではなぜ「ない」と感じるのか。「ない」と思える理由がいくつかあります。ここが本質的な部分です。
1. 基準を「知っている」が「使っていない」
資格の有無は確認するが、それが実際のガイディング品質とどう連動するかを現場で運用していない。
2. 資格と現場スキルが乖離している
資格を持っていても、ゲストとのコミュニケーション力、解説の深さ、グループマネジメントは別の話。資格が「入口の基準」にしかなっていない。
3. 「自分たちの文脈」に翻訳されていない
国際基準や既存資格はあっても、自分たちが展開する地域・ジャンル・ゲスト層に合わせた「運用基準」に落とし込まれていない。
4. 評価する仕組みがない
基準があっても、誰がいつどうやって評価するかが決まっていないと、基準は紙の上にしか存在しません。
根拠のない基準は、根拠のない自信を生む
これまで、ロープワークや安全管理といった目に見える確かな「ハードスキル」は基準が作りやすく、評価も簡単でした。結び方が間違っていれば、誰が見てもすぐにわかります。
しかし、お客様の心を動かすコミュニケーションや、場の空気づくりといった「ソフトスキル」はどうでしょうか。
どうしても「あの人はセンスがある」「上手に振る舞える」といった、抽象的で感覚的な評価になりがちです。既存のアウトドア資格を見渡しても、このソフトスキルの部分までをしっかりと測れているものは少なく、資格を持っているからといって、必ずしも質の高い体験を提供できるとは限らないのが現実です。
ここで、私たちが目を逸らしてはならない一つの真実があります。
「根拠のない基準は、根拠のない自信となる」
感覚だけで経験を積んでベテランになったガイドが、OJTの場で「俺のこのやり方を真似しろ」と伝えても、次の世代が心から納得し、自ら身につけようというスキルには決してなりません。
「なぜそれをするのか」という明確な目的や理由を求める今の若い世代には、こうした感覚的な指導はまったく刺さらないのです。
指標としての「フロー」と、手法としての「ID」
では、何をもって質の高いガイドと評価するのでしょうか。
その指標を、参加者を「フロー(没入)」の状態に導けるかに置いてみます。
フローとは、お客様が日常や時間を忘れ、目の前の体験に完全にのめり込んでいる状態です。「えっ、もう2時間も経ったの?」と驚かれるようなツアーを想像してみてください。
このフロー状態を作り出せたかどうかを基準に据えることで、「なんとなく良かった」という主観的な評価から抜け出す第一歩を踏み出せます。
そして、そのフロー状態を意図的に作り出すための手法が「インストラクショナルデザイン(ID)」です。
IDは、学習効果や体験の質を最大化するための科学的な設計プロセスです。どうすれば参加者が自然と没入し、深い気づきを得られるかを、論理的に組み立てていきます。
センスの言語化こそが、ガイド育成の基準を作る。
これが今回のコア・メッセージです。
↓ ↓ ↓フロー理論についてはコチラを参考に
暗黙知を共通言語に変える
フローとIDの枠組みを取り入れる最大の価値は、これまで感覚でしか語れなかったガイドのスキルに対して、「確かな根拠」に基づいたコンピテンシー(能力水準や行動特性)を定められるようになることです。
これは、ベテランガイドたちのこれまでのやり方を否定するものではありません。
すでに現場で活躍しているガイドには、長年培ってきた自身の理念や確固たる哲学があります。そうしたベテランに対して、「ここを改善してください」と求めても、なかなか腑に落ちることはありません。
むしろ、一人ひとりの考えやスタイルを尊重したまま、彼らがこれまで感覚でやってきた素晴らしい技術を「なぜ上手くいっていたのか」と言語化する作業です。
「あのベテランガイドさんが問いかけるタイミングは、参加者の注意を惹きつけるIDのARCSモデルになっているんですね」と説明できれば、それは個人のセンスから組織の財産へと変わります。
その上で、自分自身の理念をさらに体現するために、今の自分が新たに身につけるべきスキルは何かも明確に可視化されていきます。
共通言語ができると、指導の現場が変わります。
「もっとパッションで!」という曖昧なダメ出しから、「お客様がフロー状態に入るために、ここでひとつ五感を使う問いかけを入れてお客さん自身が考える時間にしてみよう」という具体的な作戦会議に変わります。
フローとIDという客観的な指標を用いることで、個々の考えやスタイルを尊重したまま、彼らがこれまで感覚でやってきた優れたスキルを「なぜ上手くいっていたのか」と言語化することができます。
よくある質問
Q1. ソフトスキルを評価する基準を作るのは、とても難しそうに感じます。
最初から完璧な評価シートを作る必要はありません。「一方的に話している時間が8分を超えていないか」「参加者が自ら答えを見つけるための『間』を取れているか」といった、観察可能な具体的な行動から言語化していくとスムーズに進みます。
Q2. ベテランガイドが「自分には自分のやり方がある」と、共通の基準を嫌がります。
新しいルールを上から押し付けるのではなく、彼らのこれまでの成功体験を言語化するお手伝いをするスタンスを取ってみてください。自分の技術が理論的に裏付けられると知れば、多くの人は喜んで協力してくれます。
Q3. お客様がフロー状態に入っているかどうか、現場でどうやって判断するのですか?
参加者の視線がガイドや対象物にぐっと集中しているか。参加者同士の無関係な私語が減っているか。ふと時計を見たときに時間の経過に驚く様子があるか。ツアー中のそうした具体的な行動や反応の変化から、十分に読み取ることができます。
Q4. インストラクショナルデザイン(ID)は、自然を相手にするアウトドアにも通用するのですか?
もちろんです。自然というコントロール不可能な要素が多いからこそ、人間側の体験設計(ID)をしっかりと固めておく必要があります。予測不可能なフィールドで安定した質を提供するために、国際基準のガイドたちは皆この枠組みを使っています。
成長のベクトル
ガイドの育成やコンテンツの質の担保は、もはや「個人のセンス」や「背中を見て覚えろ」といった精神論に頼る時代ではありません。
指標としてのフローと、手法としてのインストラクショナルデザイン(ID)。
この科学的なアプローチを取り入れることで、誰もが納得できる共通言語が生まれます。
それは、ガイド本人が持つ本来の魅力や個性を萎縮させるものではなく、むしろ最大限に引き出し、輝かせるための確かな土台となります。
若手が育たない、ツアーの質にばらつきがある。そんな感覚的な指導の限界に悩んでいる現場に、この「共通言語」という新しい風を入れてみてください。
きっと、ガイドたちの成長のベクトルが揃い、ツアーの質が劇的に変わっていくのを実感できるはずです。
この言語化されたコンピテンシー(行動特性)を、実際のツアーの評価や採用基準にどう具体的に落とし込むのかというステップがあります。
これについては、また別の記事でじっくりと解説しようと思います。
著者情報・監修者プロフィール
栃木アウトドア事業振興会BERGTOAD
ラブ(山﨑和幸)
WEA(Wilderness Education Association)国際認定野外指導者
国際環境倫理LeaveNoTrace L2インストラクター
EFR国際小児救急インストラクター
日本教育学習評価機構認定IDexpert
日本インタープリテーション協会 公認トレーナー
日本キャンプ協会D1キャンプディレクター
日本スポーツ協会ジュニアスポーツ指導員
日光国立公園認定ガイド
アウトドアガイド養成インストラクターとして15年以上のキャリアを持ち、理論に基づく人材育成、コンテンツ造成を多数監修。自然という予測不可能なフィールドで培った「人間の心理と行動変容のメカニズム」を、インストラクショナルデザイン(ID)の科学的アプローチと掛け合わせ、持続可能な観光コンテンツ造成やガイド育成、アウトドアガイドのスキルをビジネスの現場に応用した企業の人材育成を支援する専門家。
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