クイックに理解する「SPAC IPO」
(注) この記事は2021年4月18日掲載のコラムを加筆・再編集したものです。
昨今、証券市場 —とりわけ世界をリードする米国市場— で繰り返し話題に上るのが、「空箱会社」と称されるSPAC(Special Purpose Acquisition Company:特別買収目的会社)を通じたIPOです。日本経済新聞をはじめ各メディアでも頻繁に取り上げられており、SPACを活用したM&Aが急増しているとの報道が相次いでいます。

日本企業においても、ソフトバンクグループが傘下の投資ファンドを通じて複数のSPACを上場させるなど、資金調達・投資手法として実際に活用される事例が現れてきました。
「SPACとは何か」「SPAC IPOとはどういう仕組みか」——これらをテーマにした解説記事は検索するといくつも見つかります。本稿では、実際にSPAC関連の専門的リサーチを手がけた経験をもとに、他の解説とは少し異なる視点から、このSPAC IPOの仕組みを掘り下げてみたいと思います。
SPACのスキームの歴史
SPACは決して新しい概念ではありません。「SPAC」という名称が広まる以前から、長年にわたって「Blank check company(白地小切手会社)」という名称で知られてきたスキームです。「白地小切手」という比喩は、投資先がまだ決まっていない状態の会社に、あたかも白紙の小切手を手渡すかのようなハイリスクな性格を指しています。その本質は、買収・合併を目的として資金を調達するための器(ビークル)にほかなりません。
具体的には、自ら事業を営まず、資産としてキャッシュだけを保有する会社を株式市場に上場させ、そこで集めた資金を使って、将来性のある未上場企業をM&Aするという手法です。いわば「まず箱を上場させ、中身を後から見つけてくる」という、通常のIPOとは順序が逆転した投資ビークルと理解するとわかりやすいでしょう。

それでは、なぜ今このSPACが改めてブームになっているのでしょうか。過去との違いとして、大きく二点が挙げられます。
一点目は、マーケット環境の変化です。コロナ禍を契機とした世界規模の金融緩和・大規模財政出動により、市場には空前の「カネ余り」状態が生じました。通常であれば敬遠されがちなハイリスク案件にも資金が流入しやすい環境が整ったことが、SPACへの注目を一気に高めることになりました。
二点目は、M&Aのターゲット企業像の変化です。かつてのSPACは、一定の規模を持ち、安定したEBITDA(利払い・税引き・償却前利益)を確保している企業をM&A対象としていました。ところが近年は、「ストーリー・ストック・カンパニー」と呼ばれるタイプの企業が好まれるようになっています。
ストーリー・ストック・カンパニーとは、現時点では財務実績や確立したビジネスモデルに乏しいものの、技術革新への期待や将来の成長ストーリー、あるいはメディアの好意的な報道によって株式価値が形成される企業のことです。実態よりも「夢」や「物語」が株価を動かすため、潜在的な利益に対して過度に楽観的な評価が付きやすく、結果として株価が実態以上に急騰することも珍しくありません。ハイリターンを狙う投資家にとって、まさに格好の対象と言えます。
その典型例として挙げられるのが、水素燃料電池トラックの製造を標榜したニコラ・モーターの事例です。具体的な製品の実態が乏しい段階にもかかわらず、「EV関連企業」というだけで株価が急騰し、後に多くの問題が明らかになったことは、ストーリー先行型投資の危うさを象徴する出来事でした。

SPAC IPOのスキーム
SPACを活用したIPOの流れは、大きく以下の手順で進みます。

まずスポンサーがSPACを設立し、この投資ビークルを株式市場に上場させます。通常のIPOと比べて審査項目が少なく、約1ヶ月程度での上場が可能です。
投資家はこの上場時点で資金を投じることになりますが、この段階ではM&Aの対象企業はまだ決まっていません。投資家が参照できる情報は、米国の新規上場企業が提出・開示するForm S-1(日本における証券登録届出書に相当)*1 に記載された「どのような業界・分野の企業をM&A対象として想定しているか」という概括的な方針にとどまります。なお、このForm S-1に記載された業界・分野と大きく異なる企業をターゲットに選定すると、投資家から訴訟を起こされるリスクがあるため、実質的に方針の変更は難しいとされています。
その後、ターゲット企業の目星がついた段階でデューデリジェンス(買収先の詳細調査)が行われ、SPACとターゲット企業の間でLOI(Letter of Intent:基本合意書)が正式に締結されます。以降、約10週間をかけてSECのレビューをクリアすることで、ターゲット企業にとってのSPACを通じたIPOが完了します。
三者の登場人物と、スポンサーの圧倒的な優位性
このSPAC IPOの構造をシンプルに捉えると、主な登場人物は以下の三者です。
SPACを立ち上げた「スポンサー」
SPACに資金を投じる「一般投資家
M&Aのターゲット企業
なお厳密には、PIPE(私募増資)を引き受ける機関投資家も登場しますが、本稿では本質的な構造の理解を優先するため割愛します。
この三者の中で最も重要なのが、スポンサーです。米国の事例を見ても、スポンサーが著名な人物であるかどうかによって、SPACが調達できる金額は大きく変わります。著名ヘッジファンドを率いるビル・アックマン、元下院議長のポール・ライアン、元NBAスター選手のシャキール・オニールといった著名人が関与するSPACには、多額の資金が集まると報道されています。それほど、スポンサーの知名度・信用力がこのスキームの根幹を担っているのです。

そして重要なのは、このSPACという仕組みが、スポンサーにとって非常に有利な設計になっているという点です。以下、具体的な数値例を用いて説明します。
数値例で理解するSPACの利益構造
仮に、スポンサーが$20を出資してSPACを設立し、IPO後に一般投資家A・Bがそれぞれ$90ずつ出資して参画したとします。この時点でSPACには合計$200の資金が集まり、M&Aが実行されるまでの間、このキャッシュは信託口座で保管されます。

ここで、SPAC IPOの慣行として、案件ごとに細部の条件は異なるものの、一般的に以下の二点が定められています。
一点目は、スポンサーへのプロモーションフィーです。M&A完了時、SPACの時価総額の20%相当がスポンサーへの報酬として支払われます。
二点目は、一般投資家に与えられる「償還請求権(Redemption)」です。投資家は、M&Aの相手先に納得できない場合や、将来性に疑問を感じた場合、当初の出資額の返還をSPACに求めてスキームから離脱することができます。一見すると投資家保護の仕組みに見えますが、後述するように、この権利がスキーム全体のゆがみを生む一因にもなっています。
では、先ほどの数値例に戻りましょう。SPACが魅力的な企業のM&Aを発表し、時価総額が$200から$300へ上昇したとします。このとき株主BがRedemption(償還)を申請したとすると、各当事者の帰結は以下のようになります。

まずスポンサーは、時価総額$300の20%にあたる$60をプロモーションフィーとして受け取ります。スポンサーはまだ自身の持ち分を売却したわけではなく、$60を得た上で引き続き株式を保有し続けることになります。
次に、償還を申請した株主Bは、当初の出資額$90の返還を受けます。さらに、ワラント(新株予約権)も付与されます。つまり、出資額の返還を受けながらも、その後会社の業績が伸びて株価がさらに上昇した場合には、このワラントを行使することで追加の値上がり益も享受できるという、実質的に「損のない」ポジションを確保できます。
そして最も不利な立場に置かれるのが、SPACに残り続けた株主Aです。$90を出資したにもかかわらず、スポンサーへのプロモーションフィー$60の支払い、株主Bへの償還$90、さらに各種ランニングコスト(投資銀行への手数料等$10)がSPACのキャッシュから支出された結果、SPACに残るキャッシュは$40にまで目減りしてしまいます。株主Aは$90を出資したにもかかわらず、実質的に裏付けとなる資産が$40しかない状態に置かれるわけです。
ここにSPAC IPOの本質的な問題があります。早期に売り抜けたスポンサーと離脱した株主が利益を確保し、株式を持ち続けた投資家がそのコストを実質的に負担する構造になっているのです。この弊害を上回るほど時価総額が大きく上昇しない限り、長期保有した投資家が報われない可能性が高くなります。現行のスキームは、長期的な株主を育てる設計にはなっていないと言わざるを得ません。
日本企業がSPACを通じてIPOする可能性
現在、日本ではSPACそのものの上場が認められていません。2008年に一度解禁が検討された経緯はあるものの、上場企業に対してコーポレートガバナンス・コードの遵守等を求める東証のルールとの整合性が取れないこと、また投資対象としてのリスクが高すぎるといった懸念から、実現には至っていません。仮に解禁するとしても、制度設計を含めた抜本的な整理が必要だとされています。
では視点を変えて、「日本企業がSPACのM&A対象(ターゲット企業)になり得るか」という問いはどうでしょうか。ターゲット企業が米国企業以外であることは特段禁じられておらず、その場合はクロスボーダーのM&A取引として処理されるにすぎません。理屈の上では、日本企業もターゲット企業になり得ます。
しかし、私たちの見解は「可能性がゼロとは言えないが、現実にはほぼゼロに近い」というものです。その理由として、以下の三点が挙げられます。
1. 適用される会計基準
SPAC IPOにおいては、ターゲット企業の直近1年間の監査済み財務諸表の提出が求められます(なお、被合併会社がSECの報告対象企業でない場合、それ以前の年度については監査不要とされています<Form S-4 Item 17(b)>)*2。この財務諸表に適用できる会計基準は、US GAAP(米国会計基準)またはIFRS(国際会計基準)のいずれかに限られます。
日本のベンチャー企業・スタートアップで、これらの基準に基づいた財務諸表を自力で作成できる会社は、現状ではほぼ皆無と言ってよいでしょう。日本基準(J-GAAP)との差異は細部にとどまらず、収益認識・リース・金融商品など主要な領域で考え方が根本的に異なるため、単純な組み替えでは対応できません。会計体制の整備から着手しなければならないケースがほとんどです。

2. 監査報告書の入手の困難性
仮に会計基準の問題をクリアできたとしても、次の壁が監査報告書の入手です。US GAAPまたはIFRSに基づく監査報告書の発行は、日本の監査法人にとってリスクが極めて高い対応となります。監査報告書の提出先が日本の金融庁ではなくアメリカのSECになるため、訴訟リスクが日本と比べて桁違いに大きくなるからです。そもそも監査契約の引き受けを断られるケース、あるいはベンチャー企業には到底許容できない水準の監査報酬を提示されるケースが現実的に想定されます。
一つの選択肢として、Nasdaq上場を実現したメディロム社のように米国の監査法人と直接契約する方法も考えられます。ただし、そのような対応が可能な体制を持つ日本企業は、現状では決して多くないのが実態です。
3. 上場後の維持コストの重さ
仮に上場を果たしたとしても、それで終わりではありません。米国上場企業には、Form 20-F(日本の有価証券報告書に相当)をはじめとするすべての開示資料を英語で作成・提出・公開することが義務付けられています。英語対応の体制構築だけでも相当な負担ですが、さらに深刻なのが内部統制の問題です。日本のJ-SOXですら対応負荷が重いとされるベンチャー企業にとって、適用範囲が日本以上に広く深いUS-SOXへの対応は、コスト面でも人員面でも計り知れない負担となります。
加えて、弁護士費用・監査報酬といった専門家コストも、日本での上場と比較して何倍もの水準になることが通例です。資金調達コストという観点で見ても、通常のIPOの引受手数料が平均7〜8%程度とされるのに対し、SPACを通じた場合には25%近くに跳ね上がる事例も報告されています。これだけのコストを負担してまでSPAC IPOというスキームに乗る実益は、日本のスタートアップ・ベンチャー企業にはほとんどないと言えます。同等あるいはそれ以上の資金調達を、より低いコストでグロース市場(旧マザーズ)のIPOを通じて実現できるのであれば、そちらを選択するのが合理的な判断です。

おわりに
以上、SPACの歴史的背景からスキームの仕組み、そして日本企業との関係まで、順を追って見てきました。現時点では、SPAC IPOは依然として「日本とは異なる世界の話」として捉えておくのが現実的です。
ただし、その前提が変わり得るとすれば、日本国内でのSPAC解禁という制度的な転換点が訪れたときでしょう。資本市場の国際化が進む中、その動向は引き続き注視していく必要があります。
<注>
※1 Form S-1に記載された業界・分野と大きく異なる企業をターゲットとして選定した場合、投資家から訴訟を起こされるリスクがあるため、実質的に方針の変更は困難とされています。
※2 被合併会社がSECの報告対象企業でない場合、対象となる財務諸表は、直近の1年間、それ以前の年度の監査は不要とされています(Item 17(b) of Form S-4)

【付録:投稿以降の変遷】
その後のSPAC市場——2021年以降の変遷と現在地
本稿の初稿を執筆した2021年は、まさにSPACブームの絶頂期でした。しかしその後、市場を取り巻く環境は大きく変化しています。
ブームの急速な冷却(2022〜2023年)
2021年にIPO調達額が約1,490億ドルに達した米国のSPAC市場は、2022年には約53億ドル、2023年にはさらに約34億ドルへと急落しました。背景には複数の要因が重なっています。
まず、米連邦準備制度(FRB)による急速な利上げです。低金利・カネ余りを前提として膨らんでいたSPACバブルは、金融引き締めによって一気に萎んでいきました。加えて、2020〜2021年のブーム期に上場したSPACによるM&A案件の多くで、合併後の株価が低迷し、上場後のパフォーマンスの弱さがSPACに対する根本的な批判として広く認識されるようになりました。
SPACブームの時期に振り返ってみると、SPACを「IPOの代替手段」として捉えるという根本的な誤解があったとも指摘されています。本来SPACは売り手主導のM&A取引であるにもかかわらず、バリュエーションの最大化に重点が置かれたことで、合併後に成長余地を失った企業が続出しました。
SECによる規制強化(2024年)
こうした状況を受け、米証券取引委員会(SEC)は2024年1月24日、SPACおよびde-SPAC取引に関する最終規則を採択しました。同規則は2024年7月1日に発効し、SPAC IPOおよびde-SPAC取引における開示強化と投資家保護の拡充を目的としています。具体的には、スポンサーの詳細情報、利益相反の可能性、株主持分の希薄化効果に関する開示の義務付けなどが新たに課されました。また、SPACが従来享受していた将来予測情報に関する訴訟免責(PSLRAセーフハーバー)が適用除外となり、通常のIPOと同等の法的責任を負う扱いへと変更されました。

市場の再興——「SPAC 2.0」の胎動(2025年)
厳しい時期を経て、2025年には米国のSPAC市場が顕著な回復を見せました。2025年第1〜第3四半期だけで約100件のSPAC IPOが実施され、調達総額は約207億ドルに達しました。これは2024年通年の57件・約97億ドル、2023年通年の31件・約39億ドルと比較して、大幅な増加です。
ただし、この回復は2020〜2021年のブームとは性格が大きく異なります。2025年の回復を主導しているのは機関投資家の資金と実績あるスポンサーであり、ガバナンスが強化され、より規律ある投資対象の選定が行われるようになっています。2025年第1四半期にはシリアルスポンサー(複数回SPACを手がける経験豊富なスポンサー)が全新規SPAC IPOの78%を占め、第2四半期には80%へと上昇しました。市場参加者の間では、この動きを「SPAC 2.0」と呼ぶ向きもあります。
一方で課題も残っています。SPAC IPOの件数は増加しているものの、実際のM&A(合併)成立ペースが新規SPAC組成に追いついておらず、ターゲット企業をまだ見つけられていまま6ヶ月以上が経過したSPACが100件超存在しています。上場の器(箱)は増えても、中身を埋める良質な案件の確保が依然として課題であることに変わりはありません。

日本での動向——議論は続くも、解禁は未実現
日本側の動きについては、2020〜2021年の米国SPACブームを受けて政府の成長戦略会議や金融庁の審議会で導入可能性が検討され、東京証券取引所でも2021年10月以降「SPAC制度の在り方等に関する研究会」が複数回開催されました。しかし現時点での制度化には至っておらず、日本でのSPAC解禁は引き続き「検討中」の段階にとどまっています。
SPACを巡る米国市場の変遷は、このスキームの本質的な難しさを改めて示しています。投資家保護の仕組みが整備され、スポンサーの質と規律が問われるようになってきた現在、SPACが「早く売り抜けた者が得をする」構造から脱却し、長期保有の投資家にも報いる持続可能な手法として定着できるかどうか—その問いへの答えは、まだ出ていません。
