中国で「おばあちゃんへのラブレター」鑑賞しました。(ネタバレ全開)。
中国で、大ヒット中の映画「おばあちゃんへのラブレター」を鑑賞しました。
■原題:给阿嬷的情书
■監督:蓝鸿春
■劇場公開日:2026年4月30日
公開当初は、広東省の潮汕地区(広東省東南部の潮州市・汕头市・揭阳市)で封切られ、口コミで評判が広がるにつれ、上映地域も広東省全域、北京や上海など大都市へと拡大した、今年上半期で屈指のヒット作だそう。
周りの中国人から、「必ず泣ける。めっちゃオススメ」と言われました。

藍監督も、映画の大ヒットを受けての取材で「予想をはるかに超える反響にびっくりしています」と語っていました。
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映画は、広東省の汕頭市とタイのチャイナタウンを舞台に、そして時代としては、現代と過去の場面が行き来する設定になっていました。
ほとんど予備知識がなかったので、タイトルの「おばあちゃんへのラブレター」は、誰が書くものなのかなと、そんなことを思いながら見始めました。
(ネタバレせずに書くのが難しいので、内容を知りたくない方は以下は読まない方がいいかもしれません。日本で公開されるかは未定と思います)。
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物語は、現代の汕頭で、おばあちゃんが88才の誕生日会で家族から祝われるシーンから始まります。
そこに登場したのが、借金で首が回らず窮地に陥っている孫の青年。
青年は、おばあちゃん(淑柔)の夫・木生の消息を追い、タイに飛びます。というのも、木生は戦後の混乱期に、国民党から徴集されるのを逃れ東南アジアへ出稼ぎに行き、タイで一財産を築いたらしい、という噂があったのです。

青年の狙いは、その財産の分け前でした。このあたりでは、この青年が主人公のロードムービーなのかな?と思って見ていました。
しかしほどなく、青年は、木生が若くして亡くなっていたという事実と、木生が淑柔に向けて送っていた手紙と仕送りのお金についての秘密を知ります。
このあたりで青年はほぼお役御免で、木生と淑柔の過去へと場面が切り替わります。

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タイトルに含まれていることからも分かる通り、映画の大事な要素となっているのが、手紙です。方言で「僑批」と言い、華僑が故郷へ送るお金と手紙がセットになったものだそうです。

(方言の発音はわかりません💦)
そして、木生は文盲なので、同郷の知人や、部屋を借りていた宿屋(客桟)の娘、南枝に代筆してもらい、淑柔宛てに、元気であることを知らせる手紙と仕送りを送り続けます。
少し話の筋とはずれますが、郵便局(当時は「銀信局」という私営機構だったよう)には、手紙の代筆係のような職員がいて、依頼者の想いを汲み取って文章にしてくれるのが、「プロの文章屋」という感じでカッコよかった。
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いつかお金を貯めて故郷へ帰ることを夢見ていた木生でしたが、ある日、南枝の宿屋が放火され、中に取り残された南枝の父を助けた後、放火犯との取っ組み合いの喧嘩の末に、不当に逮捕され、2年の牢屋暮らしを強いられます。
仕送りができなくなった木生を支えたのが、南枝でした。南枝も実は文盲だったのですが、木生が華僑のこどもたちに中国語を教えるために開いていた塾で、中国語の読み書きを覚えていたのです。
南枝は、投獄された木生に会いに行き、彼から伝え聞いた淑柔への言葉を手紙にしたため、また、自分と父で宿屋から商売替えして営んでいた食堂の売上から、淑柔への仕送りも捻出します。


こうして、少し奇妙な手紙(僑批)のやりとりが続いていきます。
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やがて、牢屋から出ることのできた木生ですが、突如悲劇に襲われます。
牢屋で知り合った同郷の仲間に誘われた海の仕事を始めた矢先、船上荒らしに襲われ、命を落としてしまうのでした。
木生の死を聞いた南枝は、一度は淑柔に訃報を伝えようと郵便局(銀信局)まで行くのですが、寸前で気が変わり、木生のフリをして手紙(僑批)を送り続けることを決心します。
・・と、うまくまとめられず話の流れをだらだらと書いてしまっているのですが、この映画でいちばん「謎」と言えるのが、なぜ南枝が木生の死を伏せて、淑柔に手紙を送り続けたのか?というところです。
私も映画を観たあとしばらく考えたのですが、南枝は木生に打ち明けられなかったものの、恋心を抱いてしまったのかな、と思いました。
映画の中でははっきりと「暗恋(中国語で片想いのこと)」について明示されなかったものの、南枝は見合い話を二度断り、結局結婚はしませんでした。未婚のまま、道端に捨てられていた赤ちゃんを養子として引き取り、立派に育て上げます。
つまり、南枝は木生への想いを断ち切れず、彼が生きているという世界線を保ったまま、淑柔に手紙を送り続けた、とは解釈できないかな、と思いました。
この映画は、南枝が木生の身代わりとなり淑柔に手紙(ラブレター)を書き続けるという点が破綻してしまうと台無しだと思うのですが、そこの不思議な所が、いい塩梅に納得でき、それで感動できたのかな、と思いました。(もっとも泣けるのが、南枝が木生の死後に、手紙を読み上げるところでした・・)。
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映画では、それから数年が経ち、南枝がついに木生の死を打ち明けようと、今までの経緯を説明した手紙と、一枚だけ残された写真ーー南枝と木生、塾のこどもたちが写ったものーーを送ったところ、郵便の途中に手紙だけ紛失し、写真だけが淑柔の元に届いてしまいます。
そして、この写真を見た淑柔は、木生はタイで新たに妻を迎え、家庭を築いたのだ、もう、自分たちの元には帰ってこないのだと誤解します。
そこで手紙のやり取りは途絶え、数十年後、冒頭の淑柔の孫の青年がタイを訪ねたのをきっかけに、木生の過去が明らかになり、映画の最後では、年老いた淑柔がタイの南枝を訪ね、ついにふたりが対面するーーというラストに繋がっていきます。
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正直、観ていてこのラストは蛇足ではないか、淑柔が、タイに行って南枝に会うと言い出した時、淑柔の息子が「何を言い出すの母さん、そんな・・」と言うのに同感しました。
二人はこのまま出会わないままの方がいいのでは?なんとなく、映画のセオリーにも反している気がしたのですが、二人はついに対面します。
そして、このシーンでの年老いた南枝を演じる女優さんの演技が凄すぎて、いや、ここでまたも泣きました(笑)。
この映画は、この作品でデビューした俳優さんや、素人のキャスティングが多いことも特徴らしいのですが、この女優さんはウシャ・セアムクンさんというタイの名優だそう。(そういえば、「おばあちゃんと僕の約束」という映画を、最近私も観ていました)。
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ということで、聞いていた通り、泣けました。
ネタバレ全開、失礼いたしました。
今回は映画館で北京語吹き替え版で観たのですが、もう一度、オリジナルの潮州語版でも観たいなと思いました。
