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連夜のフサイチ読書「それでも悲しき日本競馬」

昨日の記事〜「ダービーオーナーは社長失格?」(読書感想)〜に続き、関口房朗さんの著書をご紹介。

こちらも古い本ですが、「ダービーオーナーは社長失格?」発行の3年後、2004年の発行です。

副題は「世界の常識、ニッポンの非常識」


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1996年に日本ダービー制覇、2000年に米国・ケンタッキーダービーを制覇した関口さん、「私には4年周期で大きな波がやってくるようだ」と、今度は2004年めがけて良血馬を揃え、競馬界に猛攻をかけると意気込みを記しています。

「かかってこんかい!」と鼻息荒く、世界中のダービーの中でも最も伝統のある英国ダービー制覇を大目標にぶち上げています。

昨日も書きましたが、当時すでに70歳に近い関口さん、本当にエネルギッシュです。

「ダービーオーナーは社長失格?」は自身の生涯を振り返る内容もあり、本業である会社経営にも触れていましたが、この本はほとんど競馬についてであり、タイトルにある通り、「日本競馬」を憂い、その閉鎖性を打破せんと、日本競馬の厩舎制度やレース編成、外国産馬の出走規制について持論を展開しています。

「もっと競争原理を取り入れないとダメになる。馬が生き死にをかけて走っているのに、馬の周りの人間、厩舎、牧場、馬主だってぬるま湯に浸かっていてはだめだ!」というのが関口さんの主張だと思います。

関口さんはその言動からキワモノ的に見られがちですが、実は大真面目な方というのが伝わってきました。(ご本人も、キワモノに見られることは、自分自身楽しんでもいるが、実は真剣に思考を重ねている、と書かれています。)

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その後、日本競馬の改革は、関口さんの主張をなぞるように進んだ部分もあります。

その一つ、海外のビッグレースの馬券をJRAが発売する仕組みができたのは個人的に嬉しいことです。

関口さんの主張、「(フランスに遠征した日本馬)ローエングリンの馬券を買えたら、日本のファンは現地に行かずとも応援でき嬉しいに違いない」というのは、その通りだと思います。

ただ、関口さんが憂いていた現象の一つ、ジャパンカップの国際競争としての形骸化は、現在さらに進んでしまった気がします。

当時、外国からの参戦が少ないことを憂いた関口さんは、自ら外国馬を購入し、外国から日本に遠征しジャパンカップを盛り上げようと、2002年、2003年とサラファン、デノンなどの所有馬を出走させています。

「自分がクロフネになってやる」という意気込みだったよう。

2002年のジャパンカップは、関口さんの所有馬ではないものの、外国馬のファルブラヴが制しました。(2003年は日本馬のタップダンスシチーが優勝)。

2005年にも、英国馬・アルカセットがジャパンカップに優勝しますが、外国馬の勝利は今のところこれが最後となっており、実に18年も経ってしまいました。

日本最高峰の国際競争を謳いながら、日本馬が独占し続けているというのは、関口さんが憂いた問題が依然として横たわっていることの象徴かもしれません。

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残念ながら関口さんの「2004年の猛攻」は成果を上げたとは言えず、Wikipediaを読むと、2013年には馬主登録もやめてしまったようです。

トップ画像は、2007年2月の共同通信杯というレースを観戦したときの、関口さんの馬、フサイチホウオーが勝ったシーンです。(赤い帽子、黄色と赤の勝負服)。

この後フサイチホウオーは、ダービーで断トツの1番人気に推されたものの、7着に敗れてしまいました(勝ったのはウオッカ)。

今になって思うのは、もしダービーをフサイチホウオーが勝っていたら・・関口さんが復活し、日本競馬の運命もまた少し違うものになっていたのかも?

今はお元気がどうかもわからないのですが、YouTubeに、フサイチコンコルドでダービーを制し、菊花賞で3着になった1996年のインタビュー動画がありました。

当時社長を務めていた会社から電撃解任され、取材を受けたもののようです。


私は正直、関口さんのキワモノの部分が強く印象に残っていたのですが、本を読みだいぶ印象は変わりました。

競馬ファンにはとても人気のあった名物オーナーで、今こういう方はなかなかいないでしょうね。


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