競馬、ヨキモノニ非ズ。
最近、邱永漢「香港」、横光利一「上海」と、続けて昔の小説を読んだのですが、どちらの小説にも、競馬に関する挿話がありました。
どちらも、競馬が良くないものとして認識される主たる要因であるところの、射倖心の現れだったり、人生の破綻、破滅をもたらすもの、という悪印象に直結する挿話でした。
+++
「香港」の方は、主要人物の一人である大鵬がこんなセリフを吐きます。
「この馬票が一等に当たったら、明日から俺あたちまち百万長者だ。(中略)ビルディングを買って世界大漫遊をしてもまだおつりが来る。この香港で誰か一人が必ず当たるんだから、それが俺でないと誰が断言できるか」
THE・射倖心😅
「上海」の方はもっと酷いです。
木村という人物がロシア人の妾を六人連れて競馬場に行き、馬券を外すたびに一人ずつ売っていき、最終的に六人売っ払い、その上に上着まで質に入れてしまった、という逸話が出てきます。
(ちなみに、妾を一人譲り受けた山口という男は、副業で人骨販売を企てる変人。)
この木村という人物、創作上の人物だろうとは思うのですが、横光利一の恩人に、馬主としても有名な菊池寛がいるので、何かしら挿話のネタとなる話を菊池寛から仕入れたのかも?
現在、さすがに競馬はそこまでイメージは悪くないと思うのですが、私自身、「競馬が趣味です。」と言ったところ、軽蔑の目つきをされたこともあります。
まあ、いくら「競馬はロマン」とか言っても、賭博である以上、射倖心は確かにありますので!
<付記:トップ画像「上海競馬場」について>
トップ画像は、昔の上海競馬場です。

1848年に初めてレース大会が開催され、1940年代の太平洋戦争中まで、レースが施行されていたそうです。(その間、コースが移設されたり、スタンドが建設されたり、様々な経緯あり。)
こちらのページに、当時の写真、そして現在の写真が解説付きでありました。

今は都会の公園に様変わり。

競馬場は、太平洋戦争後、政府がレースの再開を許可しなかったよう。
市民の健全な精神と生活を保つため・・賢明な判断かも😅
