寿司でもつまみながらケンさせてもらいます〜浅田次郎「勝負の極意」を読んだ。
これも、今までに何度もつまみ読みしている本。

この本では、浅田次郎さんが小説家になる前、自衛隊勤務時の話、「競馬で飯を喰ってきた」頃のエピソード(ブティックも経営していたという)や、馬券師としての心構えなどが惜しみなく語られている。
パドックの見方や、具体的な馬券術も勉強になるが、特に心構えの部分、どのように競馬に臨むか、ひいては、どのように生活スタイルを整えるか、普段の生活の中で競馬という趣味を長く楽しむためのヒントが盛りだくさんの本だと思う。
なんで今日これを読んでいたかというと、さいきん、馬券の方を「ケン」し続けており、この本でもツキがない時は、”寿司でもつまみながら横にらみでレースを見るべき”というようなことが書かれていたのを思い出したから。
読み返すと、このように書かれている。
ツイていないと感じたらピタリと止め、ツイているゾと思ったらブンブン行くのである。この判断力に欠けている人間は、競馬で身を滅ぼす。
ツキには時々刻々と変化する短期の波と、長い人生からみた長期の波がある。このいずれの波にも逆らってはならない。
そして、このようにも。
ツキがないからといってまったく目をそむけてしまってはならない。必ず予想をし、結果を見る。努力をおこたってしまえば、勝負の女神は永久にソッポを向いたままなのである。
実はこれが一番むずかしい。金銭のやりとりから離れて、しばらくの間ジッと観察をする。鉄火場の用語ではこの状態を「場を見る」と言って、たとえば少し負けがこんだら席を離れ、「ちょいと場を見させてもらいます」とか言いながら寿司でもつまんでいるわけである。
寿司でもつまみながら、「場を見る」。
実際、今年は金杯の日から馬券の調子は良くない。
そして、家族サービスに追われ、ろくに真面目に予想にも取り組んでいない、、
この状況、浅田次郎さんに言わせれば、「そんなに競馬が好きではない。」のかもとも思ってしまう。もちろん、それは否定したい自分がいるのだけど。
氏曰く、”寝る間を惜しんでもしっかりと予想をし、寝ぼけまなこをこすりながら朝、競馬場に駆けつける”のが本当の競馬好き。
ご時世もあるし、そもそも家族サービスがあるので、”競馬場に駆けつける”ことは諦めているが、予想の方は、たしかに寝る間を惜しめば、できないことはないのかもしれない。
ただ、自分の意志の弱さで、予想をしてしまうと、馬券を買わずにはおれない。
「ケン」するために、予想も自粛する。
さらに、新聞を買ってしまうと予想モードに入ってしまうので、新聞を買う誘惑も断っている。
今日は雨で予定していた行事が流れ、ひさびさに家でグリーンチャンネルを見た。
それでも、ガッツリ見るわけにはいかない。家事や子どもの世話の合間に、競馬を見る。余裕があったら、予想とは言えない浅いレベルだけど、ネットで出走表を見て、何が来そうか馬券を買うつもりで狙いを立てる。
そんな風に見ていても、そこそこは楽しいのだけど、これでは「流れ」は掴めない。
しっかり予想をした上で、馬券は買わず、寿司でもつまんでレースを真剣に見る。そして、「流れ」が来るのをじっと待つ。
これ、実はすごく贅沢な行為に思えてくる。
寿司ってのがまた贅沢なんだな。
自分だったら、寿司をけちって立ち食いの天そばにでもして、浮いたお金で馬券買っちゃいそう。

いや。何を食べてもいいんだろうな。要は、真剣に予想した上で、なお馬券を買わず、レースを見る。これが大事なんだとはわかるんだけど、非常にハードルが高いな〜。
またしても、とりとめのない記事。笑。
来週は、ケンするにしても、新聞を買って予想してみるか…。
(おまけ)
さいきん、もっとも競馬場に接近したのは、船橋競馬場近くのIKEA。

コーヒー飲みながら、山口瞳「草競馬流浪記」を読んでました。
