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デジタルデトックス中に「馬馬馬」本を読んだ。〜摘読日記_95

先月末からデジタルデトックスをしたおかげで、積読していた本を読み進めることができました。

台湾の中央研究院近代史研究所の張寧著・「狂驫年代 西洋赛马在中国(激動の時代・中国における西洋競馬)」は、近代中国における英国発祥の競馬文化の浸透と発展にフォーカスした新作。

2024年10月発行。

タイトルの二文字目の「驫(簡体字では「骉」)」、「馬」が三つ・・・凄い漢字ですよね😅

中国でもあまり使わない漢字のようで、「狂驫クアンビャオ年代ニエンダイ」で「激動の時代」、「熱狂の時代」のような意味のようです。

著者の張寧さんの前作、「异国事物的转译(異国事物の転訳)」も面白かったですが、新作「狂驫クアンビャオ年代ニエンダイ」は、競馬のみにフォーカスしている内容で、競馬ファンとしてはこちらの方が読みやすかった。

2020年8月発行。
競馬以外の英国発祥のスポーツ・賭博(ドッグレースなど)についても書いていた。


内容は重複もかなり多いですけどね。(同様の内容でも書き分けられてはいるようでした)

同時期のアメリカ最強馬マンノウォー(サラブレッド)と、上海で走っていたモンゴル馬の比較
体高が30〜40cm違うようです。


ところで、以前noteで「かつて、上海には三つの競馬場があった。」という記事を書いたのですが、それは「イギリス人主体で施行される上海競馬」のコースが、短い間に移転を繰り返し、その結果「のべ三箇所に競馬場」があった、という意味でした。

一方で実は、上海には同時期に「三つ」の競馬場がありました。

上海市内に第二の競馬場となる「江湾競馬場(1911年4月15日に初開催)」、そして第三の競馬場「遠東公共運動場(1926年3月21日に初開催)」がかつて存在していたのです。

そして、第二、第三の競馬場は中国人が発起人だったんですね。

これは第一の競馬場「上海競馬場(跑马厅)」と第二の競馬場「江湾競馬場」の位置関係を示した図。

江湾競馬場は上海競馬場の北、虹口公園(現在の魯迅公園)よりも北にありました。


遠東公共運動場はさらに郊外、江湾競馬場の東に位置していました。


前作にもこれら第二、第三の競馬場について書かれていたのですが、新作の方が整理された上に前作で書かれていなかったと思われる内容も含まれているようで、読みやすくなったように感じました。

また、なんとか当時の面影を偲べる形跡がないかと、第二の競馬場「江湾競馬場」の跡地周辺には、足も運んでみました。


現地調査結果は、また別記事で書きたいと思います。

最近は、1930年前後の上海を描いた書籍にはまっていて、金子光晴「どくろ杯」を読み直したり、また積読してしまっていた、上海の新聞聯合社支局長だった松本重治さんの回想記「上海時代」、榎本泰子著「上海 多国籍都市の百年」、そして「伝説の日中文化サロン 上海・内山書店」などを読みました。

これらの本の読書感想記事も改めて書きたいと思っているのですが、こう立て続けに同じ時代・場所の本を読んでいると、それぞれの本に別の本の登場人物がカメオ的に出てくるのが楽しいです。

ひとつ例を挙げると、内山書店の店主・内山完造氏は当時の上海の日本人社会の相談役になっており、「どくろ杯」の中で金子光晴夫妻に宿を紹介したり、同じように「上海時代」の松本重治さんが引っ越しについて相談しているのが面白かったです。


最後に、内山書店(神保町)のサイトにも今回ご紹介した二冊の概要が載っていましたので、リンクを貼っておきます。


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