第41回JCを前に〜河村清明「ミスター・ジャパンカップと呼ばれた男」を読んだ。
🐎今週はいよいよジャパンカップ。
1981年の第1回から数えて今年は41回目の開催となる。
見出し画像の第1回ジャパンカップの広告コピー、
「この1着は世界の1着かもしれない。」
熱いな〜。
・・近年のジャパンカップ、海外からの強豪馬参戦が減っているのは残念。
JRAさんには、賞金増額以外にも色々手を打って欲しい。いち競馬ファンとしては、海外の超一流馬とのガチンコ対決がやはり見たいもの。
(今年の凱旋門賞を勝ったドイツのトルカータータッソ、一時はジャパンカップ参戦も、と報道されていたと思うが、間も無く立ち消えとなってしまった。リップサービスだったのかな、、)
📚河村清明著「ミスター・ジャパンカップと呼ばれた男」を読んだ。
以前一度読んだ本をジャパンカップウィークに読み直した。
ジャパンカップ創設までのJRA職員たちの奮闘を、当事者たちへの取材を元に描いたノンフィクション。

読み応えある。
競馬ファンにはもちろん楽しめるし、JRAという官僚的なイメージのある組織の中で、国際レースを創設するという難題に挑んだ男たちの熱い物語としても面白いので、そういうのが好きな人なら競馬ファンじゃなくても楽しめるかもしれない。
🐎難題山積だったジャパンカップ創設プロジェクト。
ジャパンカップ創設に向けたプロジェクトの中心メンバー・北原義孝氏(競争番組の編成を担当する企画チームに所属)のエネルギッシュな仕事ぶりが描かれている。
北原氏は、ときにはJRAの常識・前例を破り、海外の競馬会へ送る文書の内容を改竄までする。それらは全て、ジャパンカップの創設を通じて、日本の競馬人たちの意識と行動を変え、強い馬作りに繋げたいという情熱に支えられている。
また、北原氏を支える、同僚、部下の仕事ぶりも具体的に描かれている。ひとつのチームが難題山積のプロジェクトに立ち向かっていく様子は胸を打つものがあった。
北原氏が英語堪能な同僚を伴い北米やアジア各国を行脚する精力的なロビー活動の様子も面白い。
ジャパンカップ創設(それはすなわち海外の関係者にジャパンカップの魅力を伝え、馬の招致に成功することに他ならない)には、北原氏の情熱が大きく寄与したことが伝わってくる。
📚トリビア的なエピソードも多い。
ヘッダー画像は、第1回ジャパンカップの開催を告知する広告。

第1回ジャパンカップに参戦した国々の国旗がある。アメリカ、カナダ、アルゼンチン、インド、トルコ、日本である。
このうち、アルゼンチンとトルコの馬は、故障により出走は叶わなかったが、なんとも国際色豊かな参加国である。
そして、意外なことに、このうち最初に来日し、初めて日本の土を踏んだ馬は、”インドのシンザン”と言われたオウンオピニオンだったという。
オウンオピニオンを乗せた航空機が成田空港に降り立つのをJRA関係者が息を呑んで見つめるシーンが描かれている。
また、レース名について、元々の候補名称は「東京インターナショナル競走」だったことも明かされている。
なぜ最終的に「ジャパンカップ」という名称になったのか、そのいきさつも実はJRAのジャパンカップを創設するかどうか、という葛藤に関わりがあった。
創設に関わる最終決定者、当時のJRA理事長は、海外招待馬が来なかった、あるいは少なかったときのこと(つまり、国際レースの体を成せなかった事態)を懸念し、創設についてはゴーサインを出したものの、”国際”と銘打つのは止め、レース名称について代案を出させたのだった。
🐎さて、明後日のジャパンカップ。
海外からの参戦はフランスから一頭、アイルランドから二頭。これでも、一昨年のゼロ頭、昨年の一頭に比べれば増えてはいるものの、40年前の熱気と比べるとやや寂しい感は否めない。
いちばんの注目ポイントは、昨年の三冠馬・コントレイルが引退戦で有終の美を飾れるかどうか、だろう。
【11/28朝追記】
ミスタージャパンカップ・北原義孝氏の二年前の”緊急提言”の記事を発見。二年前というと、ジャパンカップに海外参戦馬がついに”ゼロ”となってしまった年。
毎年11月末の日曜日が近づいて来ると、私は憂鬱(ゆううつ)になる。ジャパンCに出走する外国馬が数少ないうえ、馬券の対象になる馬が少なすぎるからだ。そしてついに、外国馬が出走しない日本馬だけのジャパンCが24日に開催されることになった。
”憂鬱”とまで書いている・・。
