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香港競馬の歴史が詰まった本、「馬照跑(マージャオパオ)」読了。

香港の競馬博物館でひとめぼれし、その後ネットで古本をゲットした「馬照跑マージャオパオ」、読み終わりました。

2000年/香港賽馬会による制作


Wikipediaの「香港の競馬」ページより詳しく、香港競馬の歴史が書かれていました🙂

ハッピーバレー競馬場の建設から始まり、本書の出版年2000年までの歴史。

文章による説明も興味深かったのですが、豊富な写真や絵が特に楽しめました。


特に、競馬場が建てられたばかりの頃の絵が良かった。

コースを岩の上から見る地元民。

競馬に向ける真剣な眼差しは、150年以上昔も今も同じですね。


昔はサラブレッドではなく、ポニーが主流の時代が長かった。

このポニーについても、20世紀初頭はモンゴルポニーが主流だったのが、1930年代には戦争の影響により中国を経由しての供給が難しくなり、オーストラリア産のポニーが多くなった時代もあったそう。

(1941年には日本の軍隊の侵攻により馬の数も減った上に、優秀な馬は没収された、という悲しくなるエピソードの紹介もありました。)


以下は、1970年代以降の近代競馬の名馬たち。

上から、ミスターバイタリティ(活力先生)、コータック(同徳)、シルバーライニング(祿怡)。
シルバーライニングは、骨格標本が香港の競馬博物館で展示されています。


近代より前の名馬でリバティベイ(Liberty Bay)という無敵のモンゴル馬のエピソードなども面白かった。(この馬については中国語のWikiがありました。)


内容はすべて紹介できないので、各ページからのメモを時系列に年表ぽく整理してみました。ご興味のある方はどうぞご覧ください。

1841年:領土が英国に割譲された。
1845年:最初の競馬大会が香港島西部のポックフーラムで開催された。
1846年:ハッピーバレー競馬場建設。
1884年:香港ジョッキークラブ設立。
1892年:新スタンド設立(それまではmat-shed/竹とヤシの葉による構造物)。
(1892-94年の2年間は賭博休止。)
(1902年にもヘンリー・ブレイク卿による賭博禁止令。)
1900-20年:競走馬は中国(モンゴル)ポニーが主流を占めた。
1914年:クラブ規約改正により、慈善団体への寄付認可。
1918年:ハッピーバレー競馬場全焼。687人が亡くなる大事故。
1926年:クラブは中国人会員の受け入れを決議。
1931年:戦争の影響で中国ポニーの供給ルートが絶たれオーストラリア産のポニーが人気となる。
1939年:最高配当が出る。(2000年時点で未だ破られていない)
1952年:アーサー卿により、ジョッキークラブの1/3以上の収益の市民および社会事業への寄付が提案される。
1955年:クラブは毎年の剰余金の全額を慈善活動や地域プロジェクトに充てることを正式に決定。
1959年:寄付を管理する別会社として香港ジョッキークラブが設立。
1971年:競馬のプロ化決定。
1972年:第一回ジョッキーズインビテーションカップ開催。
1973年:10月、ナイター競馬が始まる。
1974年:場外販売が開始。売上が急増を見せる。
1975年:シャティン競馬場建設(埋め立て)開始
1978年:10月、シャティンで競馬開催スタート。
1988年:香港招待カップ初開催。(日本馬は1993年から参加-ホクセイシプレー、香港招待ボウルに参戦。)

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