小さなOKを、自分に出してみる
声にならない想いって、ありませんか。
私は、よくあります。
もう〇〇歳だから。
小さい子がいるから。
時間がないから。
環境が整っていないから。
男性だから、女性だから。
どちらでもないからこそ悩んでいるのに。
気づけば、
「だから仕方ないよね」
そんな言葉で、自分を納得させようとしている。
でも、ふと思ったんです。
本当に嫌なら、
声にならない想いそのものが
生まれてこないんじゃないかって。
私は音楽のど素人です。
ピアノもギターも弾けないし、
知識もありません。
それでも、あるとき思い出しました。
子どもの頃から、歌うことは好きだったこと。
上手いわけでもない。
リズム感があるわけでもない。
昔、
「声に気持ちがこもっているね」
「なんか、いい声だよね」
そんなふうに言われたことがありました。
正直に言えば、
それが嬉しかったのも事実です。
でも、
「褒められたからやりたい」
という話だけではない気がしています。
考えてみると、
こんなことは、きっと誰にでもある。
点数がつく評価。
順位がつく記録。
公に示される実績。
そういうものには、
自分は到底届かないと感じてきました。
それでも、
たった一人でも、
「なんかいいね」
「それ、好きなんやね」
そんな言葉を向けられた瞬間。
それは、
上手い・下手とは別のところで、
自分が“自分でいられた”感覚
だったように思います。
もしかしたら、人は、
本当に好きなことほど、
自然と相手に伝わるのかもしれません。
でも私は、
勝手に決めつけていました。
「私なんか…」
「今さら…」
「どうせ…」
そうやって、
自分で自分にブレーキをかけていた。
だから今は、
そんな自分に、
小さなOKを出してあげたい
と思っています。
大きな挑戦じゃなくていい。
立派な理由もいらない。
上手に、無理なく、
小さくやってみる。
それで心が少し柔らぐなら、
それでいいじゃないかと。
そうやって積み重ねたものは、
きっと、
自分が「こう生きたい」と思っている場所と
どこかでつながっている。
派手じゃなくても、
説明できなくても、
その人自身の気持ちが
少し温かくなる。
今は、
そんな生き方をしてみたいと思っています。
まだ形にはなっていないし、
途中も途中。
でも、この感覚は大事にしたい。
この続きを、
またどこかで書けたらいいなと思います。
