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Nujabes × Shing02「Luv(sic) Hexalogy」の美しき物語

愛と音楽が紡いだ6つの奇跡、そして“今”に必要な理由

はじめに 渋谷で感じた「Nujabes」の息吹

最近、ある海外ファンが日本を旅したときの話を知りました。
父からの卒業祝いで初来日し、東京湾の近くに滞在したあと、渋谷で数日を過ごしたそうです。

彼が一番強く感じたのは、「音楽がこの街の空気そのものに染み込んでいる」という感覚でした。
コンビニ、レコードショップ、レストラン。どこへ行っても音楽が流れていて、その中でも特に耳に残った名前があったといいます。

Nujabes(ヌジャベス / 瀬場潤)。

その話を読んだとき、僕はひさしぶりに「Luv(sic)」を最初から通して聴き直しました。
すると、単なる名曲シリーズという枠を超えて、もっと大きなものが見えてきたんです。

この作品は、愛の物語であると同時に、時代が荒れるほど必要になる「抑制」や「鎮魂」の形式でもある。
つまり、音楽が人間を人間に戻す瞬間が、ここには刻まれている。


Nujabesは、アンダーグラウンド・ヒップホップのプロデューサーとして伝説的な存在であり、Lo-Fi Hip Hopのシーンに多大な影響を与え続けています。そんな彼のキャリアにおいて、最も素晴らしい功績の一つが、ラッパーのShing02(シンゴツー)とのコラボレーションシリーズ「Luv(sic)」です。

『Luv(sic) Hexalogy(ヘキサロジー:6部作)』のCDには、Shing02による各曲の解説(ライナーノーツ)が添えられていました。今回は、その解説と歌詞を紐解きながら、この6部作がどのような意味を持っているのか、その美しい物語を解説していきたいと思います。

戦争がカジュアル化する時代に、なぜこの音楽が必要になるのか?

最近は、戦争や紛争の情報が、以前よりもずっと「短尺の断片」として消費されている感覚があります。
スマホを開けば戦況は更新され、地図の上で警戒圏が広がり、空港が止まり、誰かの家族が消える。
それでもタイムラインの上では、それらが次々に流れていく。

例えば中東情勢についても、次のような情報が飛び交っています。

米軍も対イラン攻撃を開始し、イスラエルの先制攻撃に続く共同作戦として報じられている。これにより報復と地域拡大のリスクが急上昇している。
一方で、イランがアゼルバイジャンにも攻撃したという疑惑も出ているが、当事者の主張が割れており現時点で断定はできない。ただ、湾岸から周辺地域まで影響が連鎖し得る構図そのものは、現実味を帯びている。

ここで大事なのは、確定寄りの情報と疑惑寄りの情報を同じ強さで語らないことです。
事実の確度は守る。けれど臨場感は失わない。
このバランスが崩れると、文章は簡単に扇動になってしまう。

そして僕が思うのは、戦争がカジュアル化するほど、人間は「人間でいること」を保つのが難しくなるということです。死が数字になり、怒りが娯楽になり、二項対立が気持ちよくなる。

だからこそ、Luv(sic)のような音楽が再評価される。
それは世界情勢を論じる曲ではないのに、戦争を「消費」させないための感情の回路を持っているからです。勝ち負けの快感ではなく、鎮魂や抑制の形式を持っているからです。

この前置きがあると、Luv(sic)の6部作が単なるロマンチックな物語ではなく、もっと普遍的なものに見えてくるはずです。

Luv(sic)とは何か 「愛」の持つ力

Shing02は、シリーズ全体のコンセプトについてこう語っています。

愛が時に人をSickにさせることは誰もが知っている。本当の愛は世界をひっくり返し、人を無力にさせる。Luv(sic)の6部作は、愛がいかに強力で、人生のコースを劇的に変える力を持っているかを表している。

このシリーズを通じて基本的なテーマは「愛のクレイジーさ」ですが、Part 1からPart 6まで、それぞれの曲で愛の異なる側面が描かれていきます。


Part 1 音楽という女神へのラブレター(2001年)

最初の「Luv(sic)」は、元々Pete Rockに提供される予定だったビートを、Shing02が譲り受けたことから始まりました。

Shing02はこう振り返ります。

この曲は25歳のラッパーからのシンプルな手紙。いつものスタイルから離れ、高校時代に書いていたような詩に戻った。言葉の間に物語を忍ばせた。

この曲は、愛がいかに計算不可能なものかを歌うと同時に、Shing02のラップや詩に対する愛、そして音楽への感謝が込められています。
歌詞の中で彼は「音楽の女神にこの曲を捧げる」と歌い、Nujabesのビートと自分のメロディが組み合わさることで、雄弁に愛を語れると表現しています。

この曲は、Nujabesのプロデュース愛とShing02の音楽愛が美しく融合した奇跡の始まりでした。

Part 2 混沌とした世界で見つけた「愛の価値」(2002年)

Part 2が作られたのは、2001年の9.11同時多発テロの直後でした。東京からカリフォルニアに帰る予定だったShing02は足止めを食らい、東京で音楽制作に没頭することになります。

Nujabesから新しいトラックがメールで届いた。そのバイブスにインスパイアされて、世界に対して感じていたことを書き留めた。

Part 2は「愛そのものへの感謝」を歌っています。
世界でどれほど悲惨なことが起きていようとも、私たちにはまだお互いを思いやる愛があり、音楽がある。
歌詞には「すべての良き魂たちよ、安らかに眠れ。世界中のヒップホップよ、私たちは平和に生きなければならない」という祈りのようなメッセージが刻まれています。

この曲が優しいのは、甘いからではなく、傷のただ中で抑制を選んでいるからだと思います。
怒りを燃料にしない。悲しみを誇張しない。祈りの形にする。
だからこそ、今聴いても強い。

Part 3 ルーツへの回帰と、友への鎮魂歌(2015年発表 録音は2010年頃)

Part 3の制作背景には、非常に感動的で切ない物語があります。

2009年、Shing02は末期ガンで寝たきりになっていた若いビートボクサーのファン、Jeffと出会います。JeffからPart 3を歌ってほしいとリクエストされたものの、まだ曲が完成していなかったため、別の曲を彼の前で披露しました。Jeffは2010年1月に亡くなり、Shing02は彼へのトリビュートとして、バンドと共にPart 3を再録音しました。

この曲は、音楽を単なるビジネスとしてではなく、「私たちがルーツに戻って再発見すべき愛」として描いています。

もう一度最初からやり直そう。音楽が人生にサウンドトラックを加え、時間を完璧なものにしてくれる。

ここからLuv(sic)は、明確に「鎮魂」の色を帯び始めます。
そしてこの鎮魂は、湿っぽい懐古ではなく、関係を生き延びさせるための技術に近い。

Part 4 移りゆく季節と「日常の愛」(2011年)

2008年頃から二人はシリーズの続編について話し合い始めました。しかし2010年、Nujabesが不慮の事故で急逝してしまいます。
Shing02は手元にあったNujabesの未完成のビートとコーラスを元に、彼のスタジオ(鎌倉)で残りの曲を完成させることを決意しました。ここから先のシリーズは、Nujabesの死後に完成されたものになります。

Part 4は「季節と日常の愛」について歌っています。
愛は常に2月のように暖かいわけではなく、時に12月のように冷たく、しかし心地よいもの。
こぼれたミルクを拭き取るような日常の些細な出来事や、季節のサイクルを共に過ごすことの喜び。そうした小さな幸せを愛おしむ内容になっています。

喪失の後に「日常」を歌う。
この一見地味な選択に、僕は深い強さを感じます。
大きな言葉で悲しみを語るより、生活へ戻る方が難しい。
そしてNujabesの美学は、その難しさの側に立っている。

Part 5 喪失と、受け継がれる魂(2012年)

Part 5はシリーズの中でも最もヘビーでスピリチュアルな作品です。

元々このダークで厳粛なビートは別のプロジェクト用でしたが、Shing02は先述のJeffの死を受けてこのビートを使いたいと主張しました。そして第一バースを書き終えた直後、今度はNujabesの訃報が飛び込んできたのです。

結果としてこの曲は、二人の大切な友人(JeffとNujabes)への別れの曲となりました。
歌詞には、「死が私たちを分かつまで」「あなたの魂を自由にしたがっていた体を、私が引き止めようとしたのは自己中心的だった」と、深い悲しみが綴られています。

しかし同時に、「肉体はなくなっても、その精神や影響力は生き続ける」ことも歌っています。
Nujabesが遺した音楽や魂が、今もLo-Fiヒップホップのシーンの中で生き続けているように、音楽は死を乗り越えて残る。

ここで見える音楽の力は、慰めというより、保存です。
人が消えても、関係が消えない。
関係が消えないから、人間は完全には壊れない。

Part 6 Grand Finale 永遠に回り続けるレコード(2013年)

2010年の春、Shing02がマネージャーから聞かされたのは、「Nujabesの携帯電話からLuv(sic) Grand Finaleというタイトルのビートが発見された」という事実でした。
Nujabesは完璧主義者だったため、まだShing02にそのビートを送っていなかったのです。

最後にふさわしい、誰も聴いたことのなかったビート。
このGrand FinaleでShing02は、「すべての終わりに対する愛」を歌います。

俺たちが始めたことを終わらせなきゃいけない。だからテープを切るんだ。俺たちのレコードは、これからも永遠に回り続けるから。

回り続ける。
ここはただ美しいだけでなく、少し恐ろしくもあります。
なぜなら、人間の人生は終わるのに、音楽は終わらないからです。

しかし、その非対称性こそが救いでもある。
生きている間に握れなかったものを、音楽が次の世代へ手渡していく。


おわりに 音楽は共有されるためにある

Shing02はライナーノーツの最後に、「幸福とは熱いジャガイモのようなもので、長く持っていることはできない。歌のように、次の人へ回していくものだ」と語っています。

これらの曲は当初、大々的に世界流通されたわけではありませんでしたが、インターネットを通じて世界中のファンと繋がり、愛されるようになりました。

『Luv(sic) Hexalogy』は、「愛がいかに世界中の人々を繋ぐか」を証明する美しい金字塔です。
Shing02のリリックと、Nujabesのビート、そして彼の人柄が、ここには保存されています。

そして今、戦争が短尺で消費され、怒りが気持ちよく加工されていく時代に、僕はなおさらこの音楽に戻ってきます。

Luv(sic)がやっているのは、世界情勢を語ることではありません。
もっと手前の、もっと根の部分。
人間が人間であるために必要な、抑制と哀悼と、関係の形式を守ることです。

もしまだこのシリーズを聴いたことがない方がいたら、ぜひ聴いてみてください。
これは流行の音楽ではなく、回り続けるレコードです。
時代が荒れるほど、その回転音が必要になる気がします。

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