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【後編】なぜ僕らは『古事記』から逃れられないのか|日本人の無意識を動かす、1300年前の「最強OS」

前編では、古事記というOSの基本設計について触れた。

ここからは、このOS上で現在も稼働し続けている具体的なアプリケーションについて解析を試みる。

その代表格が、我々がコンビニエンスストアで何気なく手に取る「おむすび」だ。



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▽前編

・なぜ僕らは『古事記』から逃れられないのか|日本人の無意識を動かす、1300年前の「最強OS」

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常駐アプリケーション「MUSUBI」

タカミムスヒ (『神仏図会』)


なぜ三角形に握るのか。
なぜ「おにぎり」ではなく「おむすび」と呼ばれるのか。

その答えは、古事記の冒頭、天地開闢の瞬間に登場する神々の名に刻まれている。

「タカミムスビ」と「カミムスビ」。
この「ムスビ」という言葉は、単なる結合を意味しない。

古事記による「天地開闢」における神々

「産霊(むすひ)」とも表記され、「産(むす)」は発生、「霊(ひ)」は神秘的な力を指す。

つまり、万物を生み出し、生命力を活性化させるエネルギーそのものの定義だ。

古代の人々は、米という穀物に神の力が宿ると信じた。それを掌の中で結ぶことで、神の霊力(ムスビ)をその形状に封じ込め、自らの体内に取り込もうとしたのである。

これは単なる携行食ではない。
エネルギー補給のための儀式だ。

現代人が運動会や遠足、あるいは震災の炊き出しで「おむすび」を口にする時、そこには単なるカロリー摂取を超えた、魂の回復機能が作動している。

人と人を繋ぐ「縁結び」もまた、このOSが提供するソーシャル・ネットワーキング機能の一つと言えるだろう。


システムメンテナンス「MISOGI」


出典:https://jinja-ibaraki.com/kojiki-sankishin/

 次に、このOSに実装されている強力なセキュリティソフト、すなわち「禊(みそぎ)」について触れねばならない。

我々は神社を訪れる際、手水舎で手と口を漱ぐ。この動作のソースコードは、古事記の上巻、イザナギの物語に記述されている。

死者の国から逃げ帰ったイザナギは、体に付着した死の穢れを落とすため、「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」という海で全身を洗った。

天照大神。岩戸神楽ノ起顕(三代豊国)

この時、左目を洗って生まれたのがアマテラス、右目を洗ってツクヨミ、鼻を洗ってスサノオである。

つまり、日本の最高神たちは、この洗浄プロセス(禊)の結果として出力された存在なのだ。

月読命(ツクヨミノミコト)

ここで重要なのは「穢れ(けがれ)」の概念である。それは物理的な汚れではない。「気・枯れ」、つまり生命エネルギーが枯渇した状態を指すシステムエラーだ。

このエラーを修復し、正常な状態に再起動するためのコマンドが「禊」である。

スサノオ   國輝画「本朝英雄傳」より「牛頭天皇 稲田姫」、大判錦絵

現代において、全身を川で洗うのはハードルが高い。そのため、手と口だけを洗う簡略化パッチが当てられ、今の形式となった。

年末の大掃除や、悪いことが続いた時の「厄払い」も、すべてこのメンテナンス機能の一部である。


国譲りと「SUMO」のアルゴリズム

千引石を持ち上げるタケミナカタ

 最後に、紛争解決のアルゴリズムを見てみよう。日本の国技「相撲」だ。

古事記の中巻に「国譲り」という章がある。天界の使者タケミカヅチが、地上の支配者オオクニヌシに国を譲るよう迫る場面だ。

タケミカヅチ 岳亭春信(八島岳亭)『葛飾廿四将』より武甕槌太神。

オオクニヌシの息子タケミナカタはこれに抵抗し、タケミカヅチに力比べを挑む。二人の神は手を組み合い、投げ技を打ち合う。

これが相撲の起源とされる。

諏訪大社 本宮

結果としてタケミナカタは敗北し、諏訪(現在の長野県諏訪大社)へ退く。

注目すべきは、これが殲滅戦ではなく、あくまで「力比べ」というルールに基づいた儀式で決着している点だ。勝者は敗者を皆殺しにはせず、敗者もルールに従って潔く退く。相撲が神事とされるのは、それが単なる格闘技ではなく、神々の合意形成プロセスを再現しているからに他ならない。

土俵の下には、今も1300年前の契約が埋まっているのだ。


OSの再起動

真福寺収蔵の『古事記』(国宝)信瑜の弟子の賢瑜による写本

我々は古事記という巨大なOSの中で生きている。

箸を使うのも、おむすびを食べるのも、相撲を見るのも、すべてはこのOSがバックグラウンドで処理し続けている「日本人の機能」である。

1300年前に書かれたこのソースコードは、決して過去の遺物ではない。むしろ、AIやグローバリズムによって「人間らしさ」が希薄になる現代においてこそ、その重要性は増しているのではないだろうか。

未完成を許し、穢れを洗い流し、万物を結びつける。

この古き良きOSを意識的に再起動させること。それこそが、現代日本人が見失いかけている「軸」を取り戻すための、最も有効な手段なのかもしれない。


【まとめ】古事記クイック・リファレンス

最後に、本稿で扱った古事記の基本データと、現代生活に残る機能を要約する。

■古事記とは何か?

• 成立: 712年(奈良時代初期)
• 編者: 太安万侶(おおのやすまろ)が記録、稗田阿礼(ひえだのあれ)が暗誦。
• 目的: 国内向けに天皇家の正統性と日本の歴史を統一するため。
• 特徴: 「神話」から「歴史」へ連続して繋がっている物語。神様が人間臭く、失敗ややり直しが許される世界観。

■現代に残る「古事記由来」のアプリ一覧

月岡芳年画浦島太郎

• おむすび:造化三神「タカミムスビ」「カミムスビ」に由来。神の力を結んで体内に取り込む儀式。
• 神社の手水(禊):イザナギが黄泉の国から帰還し、川で穢れを洗い流したエピソードに由来。
• 相撲:国譲りの際の「タケミカヅチ」対「タケミナカタ」の力比べに由来。
• 箸(はし):スサノオがヤマタノオロチ退治の際、川から箸が流れてくるのを見て人の存在を知った記述に由来。
• 三種の神器(鏡・剣・勾玉):アマテラスの岩戸隠れやヤマタノオロチ退治で登場したアイテム。現在も皇位継承の証。
• 浦島太郎(海幸山幸):弟の山幸彦が海神の宮へ行くエピソードが、浦島太郎伝説の原形の一つとされる。


※諸説あります。

参考文献

• 倉野憲司 校注『古事記』(岩波文庫)
• 次田真幸『古事記(上・中・下)全訳注』(講談社学術文庫)
• 竹田恒泰『現代語古事記』(学研パブリッシング)
• 三浦佑之『口語訳 古事記』(文藝春秋)
ヘッダー:天岩戸神話の天照大御神(春斎年昌画、明治22年(1889年))


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