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銀河を漂う"地球の遺言"|ボイジャーが運ぶ黄金のレコードと、250億キロの孤独

 漆黒の静寂が支配する、恒星間空間。そこには空気もなく、音も届かず、太陽の光さえも微かな点へと収束していく絶対的な孤独が広がっている。その深淵の中で、2026年現在、一つの人工物が人類未踏の領域に足を踏み入れようとしている。

探査機ボイジャー1号である。

ボイジャー1号の構造図

地球を旅立ってから48年。ボイジャー1号が現在位置しているのは、地球から約251億キロメートルの彼方。光の速さでさえ、片道で23時間を超える時間を要する場所だ。

2026年11月、ボイジャー1号は地球から「1光日」という距離に到達する。光が丸一日かけて進む距離。それは、人類が作り出した道具が、初めて宇宙的なスケールにおける「1日」という単位を手に入れる瞬間を意味している。

もはや太陽の影響力すら及ばない、へびつかい座の方向へと突き進むその機体には、1枚の黄金に輝く円盤が取り付けられている。

ボイジャー・ゴールデンレコード。

(Photo by Universal History Archive/Universal Images Group via Getty Images)

それは、いつか出会うかもしれない未知の知的生命体に向けた、人類の自己紹介であり、同時にいつか滅びゆく運命にある私たちがこの宇宙に存在したという唯一の証拠である。

(Photo by Oxford Science Archive/Print Collector/Getty Images)

今、改めてこの「地球の遺言」が背負った使命と、その遥かなる旅路の始まりを振り返る。



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【1】175年に一度の奇跡

ボイジャー1号の打ち上げ(タイタンIIIEセントール)

 ボイジャー計画の始動は、ある天文学的な「奇跡」に端を発している。1960年代後半、NASAの技術者たちは、1970年代後半に木星、土星、天王星、海王星といった外惑星が、ちょうど扇形に並ぶという稀有な事態に気づいた。

1977年9月から1981年12月31日までのボイジャー1号の軌道をアニメーションで示したもの。青:地球、水色:木星、緑:土星、中央:太陽

この惑星直列が起こるのは、実に175年に一度。この好機を逃せば、人類は再び一世紀半以上の待機を余儀なくされることになる。

この配置を利用すれば、一つの惑星の重力を利用して加速し、次の惑星へと向かう「スイングバイ」が可能となる。

加速スイングバイの動画。グラフは太陽を基準とした宇宙機の速さの時間による変化を示す。最終的には進入時よりも増速しているのがわかる。

最小限の燃料で太陽系の外縁部を網羅できるこの壮大な航海は「グランドツアー」と名付けられた。

こうして1977年、双子の探査機、ボイジャー1号と2号はフロリダのケープカナベラルから相次いで打ち上げられた。

当時の技術力は、現在のスマートフォンにも遠く及ばない。搭載されたコンピュータのメモリは、わずか数十キロバイト程度。しかし、その中には人類の英知と、未知への飽くなき渇望が限界まで詰め込まれていた。

ボイジャー2号は1977年8月20日にタイタンIIIE/セントールロケットで打ち上げられた。

ボイジャー2号が先行して1977年8月20日に発射され、その約2週間後の9月5日、より高速な軌道を通るボイジャー1号が追いかけるようにして星の海へと放たれたのである。

ボイジャー1号によるイオの南極領域のモザイク写真。画像中にはイオで最も標高が高い10の山のうち2つが写っている。上の左端のエヴィア山脈 (Euboea Montes) と下部のハエムス山脈 (Haemus Montes) である。

彼らの当初の目的は、木星と土星の探査であった。しかし、ボイジャーたちはその期待を大きく上回る成果を上げ続けることになる。

ボイジャー2号が撮影した、イオにおけるいくつかの微かな火山噴火の写真

木星の衛星イオにおける活火山の発見、土星の環の複雑な構造の解明。

そしてボイジャー2号はさらに遠く、天王星と海王星へと到達し、人類に初めて氷の巨星たちの真の姿を見せつけた。

ボイジャー2号が捉えた天王星
ボイジャー2号が撮影した海王星の画像

しかし、この計画の真の核心は、惑星探査の先にある。科学的な観測機器の裏側、機体の側面に固定された黄金の円盤こそが、このプロジェクトを単なる科学探査から、壮大な文化的象徴へと昇華させたのである。

それは、10億年の時を超えることを運命づけられた、人類から宇宙へのメッセージであった。


【2】黄金の円盤に託された、10億年のタイムカプセル

ボイジャーのゴールデンレコード

 ボイジャーの機体側面に、ひっそりと、しかし確かな存在感を放ちながら取り付けられた直径12インチ(約30センチメートル)の円盤。それが「ボイジャー・ゴールデンレコード」である。

金メッキを施された銅製のこのディスクは、アルミニウム製のカバーに保護され、10億年以上という、もはや想像を絶する歳月を生き延びるよう設計されている。

カール・セーガン博士

この壮大なプロジェクトを主導したのは、コーネル大学の天文学者カール・セーガン博士であった。セーガン博士らは、いつかこの探査機を拾い上げるかもしれない未知の文明に対し、地球という惑星がいかに多様で、いかに生命に溢れているかを伝えるための「音と映像のポートフォリオ」を編纂した。

ボイジャーのゴールデンレコードのジャケット

レコードに刻まれたのは、115枚の画像と、55種類の言語による挨拶、そして地球上の「音」である。

波の音、風の音、雷鳴といった自然の音から、鳥のさえずりやクジラの歌声、さらには母親が子供にキスをする音まで。そこには、地球上の生命が紡いできた無数の物語が、溝となって刻み込まれている。

舐める、食べる、飲む仕草を写し、人間の食事の方法を表したもの(レコードに収められた内容)

挨拶の言葉の中には、当時の国連事務総長のメッセージから、幼い子供の「こんにちは、元気ですか」という素朴な声までが含まれている。日本語による挨拶も収録されており、「こんにちは、お元気ですか」という女性の穏やかな声が、今も深宇宙を漂い続けているのである。

スーパーマーケットの女性(レコードに収められた内容)

収録された音楽の多様である。

バッハ、ベートーヴェン、モーツァルトといった西洋クラシック音楽の巨匠たちの作品はもちろんのこと、チャック・ベリーによるロックンロール、ジャズ、そして世界各地の民族音楽が選定された。

その中には、日本の伝統楽器である尺八による名曲「鶴の巣籠」も含まれている。尺八の枯れた音色が描く、親鳥が子を慈しむ情景は、地球という揺り籠に生きた人類の情動を、音の粒子として星間空間へと届けている。

ジャケットに描かれた図の解説

アルミニウム製のカバー表面には、レコードの再生方法を説明する図解が緻密に彫り込まれている。それは、数学という宇宙共通の言語を用いた説明図である。

カートリッジの針を置く場所、回転数、そして映像を再生するための走査信号の仕組み。さらに、太陽系の位置を示すために、14個のパルサーを基準とした宇宙の地図も描かれた。

軌道上から見たエジプト・シナイ半島と地球の大気組成を表したもの(レコードに収められた内容)

この円盤は、記録媒体ではない。人類という種が抱く、根源的な「孤独」への抗いである。いつか自分たちが消え去ったとしても、かつてこの青い惑星に、音楽を愛し、他者を思い、宇宙の理を知ろうとした生命がいたこと。

その証明を、金色の光彩に託したのである。

われわれは宇宙に向けてメッセージを送りました。銀河には2000億個もの星があり、いくつかの星には生命が住み、宇宙旅行の技術を持った文明も存在するでしょう。もしもそれらの文明の一つがボイジャーを発見し、レコードの内容を理解することができれば、われわれのメッセージを受け取ってくれるでしょう。

われわれはいつの日にか、現在直面している課題を解消し、銀河文明の一員となることを期待します。

このレコードではわれわれの希望、われわれの決意、われわれの友好が、広大で畏怖すべき宇宙に向かって示されています。

ボイジャーが太陽系外に向けて旅立つにあたり、
カーター大統領が発した公式コメント

【3】もし未知の文明がこれを拾ったならば

直径を記入した木星(レコードに収められた内容)

 宇宙の広大さを考えれば、ボイジャーが別の恒星系に住む知的生命体に捕獲される確率は、砂漠の中に落とした一粒の砂を見つけ出すよりも低いかもしれない。

しかし、その確率はゼロではない。

もし、数百万年後、あるいは数億年後の未来において、何らかの文明がこの沈黙の使者を拾い上げたとしたら、彼らは何を思うだろうか。彼らにとって、収録された55の言語は意味をなさないかもしれない。音楽のリズムやメロディも、彼らの感覚器官では理解できない異質なノイズに聞こえるかもしれない。

アイザック・ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』第三巻(レコードに収められた内容)

しかし、レコードのカバーに刻まれたパルサーの地図や、水素原子の遷移図といった科学的サインは、彼らにとっての共通言語となる。彼らは、この機体が高度な論理的思考を持つ存在によって作られたことを即座に理解するだろう。

そして、収録された音の中に込められた「リズム」や、画像のなかに映し出された「解剖学的な構造」を通じて、かつて銀河の片隅に存在した、自分たちとは異なる生命の鼓動を感じ取るはずである。

カール・セーガンはかつてこう述べた。

「このレコードが再生されるのは、宇宙に宇宙船を操る文明が存在し、かつボイジャーを拾い上げたときだけである。しかし、広大な空間という瓶の中にこのメッセージを投げ入れることは、この惑星の生命にとって希望に満ちたことである」

カール・セーガン

地球上では、文明が興り、滅び、幾多の戦争や天災によって記録が失われていく。しかし、宇宙の真空という完璧な保存庫の中にあるゴールデンレコードは、地球上のどの歴史的遺産よりも長く、その姿を留め続ける。

たとえ人類が滅び、太陽が膨張して地球を飲み込んだとしても、ボイジャーと黄金の円盤は、かつて人類が奏でた「鶴の巣籠」の音色と共に、銀河系の軌道を回り続けるのである。

それは、人類が宇宙に対して残した、最も美しく、最も切実な「自己紹介」なのだ。


【4】251億キロ、ボイジャーの現在地

2018年12月におけるボイジャー2号の位置。対数スケールに凝縮された広大な距離に注目してください。地球は太陽から1天文単位(AU)の距離にあり、土星は10 AU、太陽圏界面は約120 AUにあります。海王星は太陽から30.1 AUの距離にあり、したがって星間空間の端は、最後の惑星から太陽までの距離の約4倍の距離にあります。

 2026年4月現在、ボイジャー1号は地球から約251億キロメートルの地点を航行している。この距離は、天文学的な単位である「天文単位(AU)」に換算すると約168AUに相当する。

太陽から地球までの距離を1としたとき、その168倍もの彼方に、人類の作り出した機械が到達しているのである。

ボイジャー1号と2号の速度と太陽からの距離


2026年11月に予定されている歴史的な転換点。

ボイジャー1号は、地球から「1光日」の距離に到達する。光が1日(24時間)かけて進む距離、約259億キロメートル。この領域に人工物が達することは、人類史における一つの極点といえる。

ボイジャー1号が2000万キロメートルの距離から撮影したこの写真には、何百年もの間猛威を振るっている大赤斑と、木星の2つの衛星、大赤斑上空のイオとエウロパが写っている。(写真:オックスフォード科学アーカイブ/プリントコレクター/ゲッティイメージズ)

現在、ボイジャー1号から送られてくる微弱な電波が地球に届くまでには約23時間15分を要しているが、11月にはついにその通信時間が「1日」の大台を超える。

今日送ったコマンドの返信が返ってくるのは、翌々日の朝になる。そんな、時間の概念さえも変容させるほどの深淵に、彼は今立っている。

ボイジャー1号が進む先は「へびつかい座」の方向である。一方、双子の兄弟であるボイジャー2号は、1号とは異なる軌道を描き、太陽系の南側「くじゃく座」の方向へと進んでいる。

2号の現在地は約208億キロメートル(約139AU)。1号に比べればやや地球に近いものの、それでも光の速さで19時間以上かかる星間空間を、孤独に突き進んでいることに変わりはない。

太陽圏(Heliosphere)の模式図。青が末端衝撃波面(Termination Shock)、水色の縁がヘリオポーズ(Heliopause)、その間にある領域がヘリオシース(Heliosheath)(Credit: NASA/JPL-Caltech)

彼らが現在航行しているのは、太陽から放出される粒子(太陽風)の影響が及ばなくなる「ヘリオシース」を超えた先、真の星間空間である。

星間空間に達した「ボイジャー」の想像図(Credit: NASA/JPL-Caltech)

そこは、太陽系という巨大な泡の外側であり、銀河系を漂う別の星々から放たれた物質が支配する、冷たく暗い未知の領域だ。

ボイジャーたちは今、人類の「目」として、その境界線で何が起きているのかを懸命に伝え続けている。


【5】永遠の沈黙へのカウントダウン

ボイジャー1号、最接近から4日後、530万キロメートルから見た三日月形の土星

 しかし、この壮大な探査にも、抗いようのない物理的な限界が近づいている。ボイジャーたちの動力源は、プルトニウム238の崩壊熱を電気に換える「放射性同位体熱電気転換器」、いわゆる原子力電池である。打ち上げから半世紀近くが経過し、この電池の出力は年々低下を続けている。

ボイジャー2から見た土星

NASAのエンジニアたちは、少しでも長く探査機の寿命を延ばすため、苦渋の決断を繰り返してきた。ヒーターを切り、科学観測機器を一つ、また一つと停止させる。

極寒の宇宙空間で機体が凍りつくリスクを冒しながらも、残された僅かな電力を通信装置に集約させるためだ。

NASAが作成した、パイオニア10号、パイオニア11号、ボイジャー1号、ボイジャー2号の探査機の軌道を示す地図。

2030年代のどこかで、ボイジャーの電力はついに、地球との通信を維持できる最低ラインを下回ると予測されている。そのとき、人類は史上最も遠くへ派遣した特使との繋がりを、永遠に失うことになる。

最後に届く信号は、一体どのようなデータなのだろうか。
あるいは、何の前触れもなく、静かにその鼓動を止めるのかもしれない。

地球との通信が途絶えた後、ボイジャーたちは機能を失った「金属の塊」へと変わる。しかし、それこそが彼らの第二の旅の始まりでもある。


【6】星の海へ還る使者たち

グリーゼ445 出典: Caltech / Palomar

 通信が途絶え、暗黒の沈黙に包まれた後も、ボイジャーたちの航海は止まることはない。慣性の法則に従い、彼らは銀河系を巡る永遠の旅人となる。

ボイジャー1号は、今から約4万年後、きりん座にある恒星「グリーゼ445」から約1.6光年の距離まで接近する。

ロス248の位置(赤丸内、κ星の右下付近)

一方、ボイジャー2号は、約4万年後にアンドロメダ座の恒星「ロス248」の付近を通り、さらにその25万年後には、全天で最も明るい星であるシリウスから約4.3光年の地点を通過すると予測されている。

かつて、1990年にボイジャー1号が約60億キロの彼方から地球を振り返って撮影した「ペイル・ブルー・ドット」という写真がある。

ペールブルードット画像は、地球を60億キロメートルの距離から撮影したもので、深宇宙の暗闇の中に小さな点(右側の光帯のほぼ中間にある青白い点)として写っている。

漆黒の宇宙の中に、塵のように小さく浮かぶ青い光。

そこには、人類の歴史のすべて、すべての愛と憎しみ、すべての文明が凝縮されていた。ボイジャーに搭載された黄金のレコードは、その「淡く青い点」に生きた者たちが、宇宙という大海原に向けて放ったボトルメールである。

約5万年後、ボイジャー1号は近くのいくつかの恒星と同じくらい遠くまで離れるだろう。

たとえ数億年後、地球という惑星が形を変え、人類という種が記憶の彼方に消え去ったとしても、ボイジャーとゴールデンレコードは銀河のどこかを漂い続けている。

そこには、55の言語による挨拶があり、バッハの旋律があり、そして日本の尺八が奏でる「鶴の巣籠」の調べが刻まれている。

1989年8月にボイジャー2号探査機が撮影した、海王星とその最大の衛星トリトン。(Photo by © CORBIS/Corbis via Getty Images)

人類は、自分たちがいつか滅びゆくことを知りながら、その存在の証を星々に託した。

ボイジャーの旅路は、私たちがかつてここにいたという事実を、永遠に証明し続けるための聖なる巡礼なのかもしれない。


参考文献

  • NASA Voyager Mission Official Site

  • Jet Propulsion Laboratory (JPL) Public Archives

  • カール・セーガン『コスモス』(朝日選書)

  • 宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙情報センター資料

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