【第1巻】OASIS全史:結成前夜
マンチェスターの空気の中で育った兄弟
ノエル・ギャラガー(1967年5月29日生)とリアム・ギャラガー(1972年9月21日生)。二人はマンチェスター郊外の労働者階級の家庭に生まれた。
父親のトーマスはアイリッシュ系の出自を持つ厳格な男で、建設業などを転々としながら家計を支えたが、家庭内暴力も絶えなかった。
母親ペギーはそんな家庭を守りながら三人の息子(ポール、ノエル、リアム)を育てた。
幼少期、兄弟は不安定な家庭環境の中で育った。
父親の暴力によりノエルとポールは特に傷つき、後に母親が父と離婚し、子どもたちだけの生活が始まった。
この経験が兄弟それぞれの性格を形成していく。ノエルは内向的で孤独を好み、音楽に没頭する少年へと育ち、リアムは反発心と自己主張の強い気質を身に付けていった。
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ノエル・ギャラガーの青春時代

ノエルは10代の頃から音楽に深くのめり込む。
ザ・スミス、ストーン・ローゼズ、ザ・フーやビートルズなどマンチェスター内外のバンドを貪るように聴き、時にラジオから録音したカセットテープを何度も巻き戻しながらギターのフレーズを耳コピした。
やがて自作曲を書き始め、地元の楽器店に通っては安い弦やピックを買い集めた。彼は母親から安価なアコースティックギターを譲り受け、毎晩自室にこもってはコード進行やリフを研究し、窓の外が明るくなるまで指を動かし続けたという。
学校生活にはあまり馴染めず、教師や同級生との衝突も絶えず、問題児として扱われしばしば停学処分を受けるほどであった。16歳で学校を退学すると、建設現場や倉庫、家具工場など日雇いの仕事を転々としながら、給料の一部を中古レコードやアンプに注ぎ込み、余暇のほとんどをギターの練習に費やした。
工事現場で働いた後に真っ黒な手で弦を押さえ、指先が血で裂けても弾き続け、近所の少年たちがその姿を見に来るほどだったと言われている。
その後、地元バンド「インスパイラル・カーペッツ」のローディーとしてツアーに同行することになり、音楽業界の裏側を間近で体験する。ツアーの旅先ではプロのミュージシャンの演奏を観察し、ステージ設営や機材トラブル対応、PAやアンプのセッティングの細かい手順を学び取った。
長距離移動のバスの中では、疲労と眠気にまみれながらも自分のノートにメロディの断片や歌詞のアイデアを書き溜め、コード進行を想像しながらエアギターで試すこともあった。
後にOASISの中核となる多くの楽曲の原型はこの時期に生まれており、ローディーとして過ごした数年間は彼にとって音楽家としての土台を築くための過酷で濃密な修業の時代だった。
リアム・ギャラガーの青春時代

ゲッティイメージズ
一方で、弟のリアムは幼少期から反抗的な性格で、不良少年として知られていた。
喧嘩や校則違反で教師や警察の世話になることも度々あり、学校から家に帰れば兄との口論も絶えなかった。音楽には長らく興味を示さず、友人と街を徘徊したり、サッカーに明け暮れる日々を送っていたが、10代後半に偶然友人に誘われて行ったストーン・ローゼズのライブが彼の運命を変える。
音の洪水に圧倒され、フロントマンの存在感に衝撃を受けたリアムは、初めて自分もステージに立ちたいと強く思ったという。
ライブの帰り道、彼はその衝撃を何度も口にし、友人たちを相手に即興で歌まねを始めるほどだった。
その後、地元の仲間が組んでいたバンド「The Rain」に加入することになる。練習はガレージや小さなスタジオ、そして地元のパブで行われ、彼は独特の鼻にかかった歌い方や攻撃的なステージ態度を徐々に身に付けていった。
しかし曲作りは全くできず、バンドはカバー曲や簡単なオリジナルを演奏するだけで、評価も芳しくなかった。ライブでは客からヤジを飛ばされることもあり、バンドは大きく伸び悩んでいたが、リアムの存在感だけは周囲を惹きつけ始めていた。
兄弟が交わる瞬間

左からノエル、ポール、リアム、そして母ペギー。
Photo: Dan Callister / Liaison
1991年、ノエルがオーストラリアでのローディー経験から戻ると、弟リアムがボーカルを務めるThe Rainの小さなライブを見に行く。
マンチェスターの場末のパブで行われたその演奏は荒削りで、観客もまばらだったが、リアムが放つ独特の声と存在感には光るものがあった。ノエルはステージを見ながら「自分が作曲すれば、このバンドはもっと良くなる」と確信し、演奏後に弟とバンドメンバーに加入を提案する。
ノエルはただ参加するのではなく、バンドの楽曲制作を一手に担うことを条件にし、その場で方向転換を促した。
数日後、彼らは集まりバンド名を再考し、ポスターに載っていた別バンドのツアー名から「OASIS」を選び、新しい出発を誓った。

ゲッティイメージズ
こうして、ギャラガー兄弟が初めて同じバンドで音を鳴らすこととなった。この瞬間に至るまでの道のりは、決して順調でも華やかでもなかった。
家庭の暴力、貧困、労働者階級の現実に加え、音楽しか拠り所のない少年時代を経て、二人は互いに複雑な感情を抱えながらも音楽で結ばれていった。
小さなガレージと地元のパブが彼らの初めての舞台となり、そこからのちのOASISの土台となるサウンドとアティチュードがゆっくりと形作られていった。
▽第2巻
▽第3巻
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