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世界で「最初に撮られた写真」は、どんな人生から生まれたのか?【世界初。シリーズ#1】

わたしたちは毎日のように写真を撮る。

食事の写真、子どもの成長、何気ない風景。
その行為があまりに当たり前になった今、ふと問いかけたくなる。

「世界で最初に撮られた写真」って、どんなものだったんだろう?

そして、それを撮ったのは、
どんな人だったのだろうか?


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それは、1826年の夏に生まれた※

※あるいは1827年

写真という概念すら存在しなかった19世紀初頭、フランス・ブルゴーニュ地方の小さな町サン=ルー=ド=ヴァレンヌで、ひとりの男が人類初の「写真撮影」に成功した。

彼の名は、ジョゼフ・ニセフォール・ニエプス

Joseph Nicéphore Niépce
1765年3月7日 - 1833年7月5日

撮影されたのは、自宅の2階の窓から見た中庭の風景。露光時間は、なんと8時間以上。

その1枚には、屋根や建物、空の明暗が、微かに、しかし確かに写っている。

「ル・グラの窓からの眺め」
(1826年か1827年ごろ)

タイトルは《ル・グラの窓からの眺め(View from the Window at Le Gras)》。

世界で現存する最古の写真である。

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「発明家」として、陽の当たらない人生

ナポレオン戦争
1803年 - 1815年

ニエプスはもともと軍人であり、政治にも関わっていた。しかし、時代は激動のナポレオン戦争期。彼は病を理由に軍を退き、科学技術への関心を深めていく。

兄クロードとともに、蒸気エンジンや印刷技術の改良など、さまざまな分野の研究に没頭。

ニエプスが1818年に作ったベロシペード

その中でも特に彼を魅了したのが、「光を固定する」技術だった。

当時、風景を写し取るには画家の手を借りるしかなかった。ニエプスはそれを、“機械の目”で代替する未来を夢見た。

彼が開発したのが「ヘリオグラフィ(太陽描画法)」と呼ばれる技法で、これが後の写真技術の原型となった。

ニエプスの使用したカメラ・オブスクラ

▽ナショナル ジオグラフィック プロの撮り方


静かなる革新と、その後の影

ニエプスは、生涯にわたって世間から大きく注目されることはなかった。

しかし晩年、当時人気の舞台装置画家だったルイ・ダゲールと出会い、共同で写真技術の改良を始める。

ダゲール(1844年)

だが、その2年後の1833年、ニエプスはひっそりと亡くなる。

写真という革新が世界を席巻する前夜だった。

彼の死後、ダゲールは「ダゲレオタイプ(銀板写真)」を発表し、写真家として名を刻むことになる。

1840年にバイエルン州で撮影されたダゲレオタイプ
前列左端の女性はモーツァルトの妻と言われている。

▽富士フイルム(FUJIFILM) 手のひらサイズカメラ


1枚の写真が、すべての始まりだった

『Un cheval et son conducteur』(馬引く男)Nicéphore Niépce
1825年ごろ

ニエプスの名は、ダゲールの陰に隠れ、長らく歴史の表舞台には現れなかった。

しかし、彼こそが“最初のシャッター”を切った人物であり、技術と芸術の狭間で「見ることの記憶化」に挑んだ孤高の先駆者である。

その最初の1枚に写っていたのは、日常のただの風景。
だがそれは、人類が時間を封じ込め、後世へと手渡す力を手に入れた瞬間でもあった。


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