世界で最初に「本を書いた人」エンヘドゥアンナ【世界初。シリーズ#3】
古代の筆が記した、最古の“わたし”
西暦にして約4,300年前。
チグリス・ユーフラテス川が流れるメソポタミアの地に、ひとりの女性が歴史の筆を取った。
彼女の名は、エンヘドゥアンナ(Enheduanna)。

現存する最古の著作物に、自らの名前を明記した最初の人物であり、「世界初の作家」として称えられている。
当時はまだ「著者」という概念さえ存在しない時代。王や神の命によって記録されるだけの文章に、「わたしが書いた」と自己を刻んだその勇気と表現は、まさに“文字の革命”といえるだろう。
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▼世界初。
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神官として、王の娘として

エンヘドゥアンナは、アッカド帝国の創始者、サルゴン王(Sargon of Akkad)の娘として生まれた。サルゴン王はメソポタミアを統一した初めての王であり、エンヘドゥアンナは王女としてではなく、宗教的・政治的にも重要な役割を担った。
父王の命によって、彼女はウル市にある月神ナンナの大神殿の最高女神官(エン・プリーステス)に任命される。政治と宗教が不可分な時代、神殿の最高位に立つことは、王家の統治を正当化する要でもあった。
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しかし、彼女の人生は権威に守られた穏やかなものではなかった。政変が起こり、追放されることもあった。だがその時期にこそ、彼女は数々の詩を書き上げ、自らの存在と信仰を“言葉”として刻むことになる。
神に捧げた詩の数々

エンヘドゥアンナが著した作品の中で、最も有名なのは『イナンナへの讃歌(The Exaltation of Inanna)』である。
それはただの宗教詩ではない。彼女は「イナンナ」という強大な女神に、個人的な祈りをささげ、苦悩を吐露し、信仰による再生の物語を詩に編んだ。
「私は神殿から追われ、暗闇に閉ざされた」
「だがイナンナよ、あなたの光にすがり、わたしは再び立ち上がる」
それは人類の歴史において初めて記された、“自分の声を持つ文章”だった。
神の言葉ではなく、「わたし」の言葉。
神殿に仕える巫女ではなく、ひとりの人間としての叫び。
この作品を含め、エンヘドゥアンナによって書かれたとされる詩や讃歌は約40編にも及ぶ。粘土板にシュメール語で刻まれたその詩文は、現代の詩学やフェミニズムの観点からも再評価されている。
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時を超えて語りかける「はじまりの声」
エンヘドゥアンナの著作が持つ真価は、「書いた内容」だけでなく、「自分の名で書いた」という点にある。
彼女は、ただ神の代弁者として書いたのではない。歴史上で初めて、「自らの内面」を“文学”として表現した人物であった。
彼女の文章は、数千年の歳月を超えて、いまもなお私たちに問いかけてくる。
「あなたの“わたし”は、何を語るのか?」
参考資料・出典
Dalley, Stephanie. Myths from Mesopotamia (Oxford World’s Classics)
Foster, Benjamin R. Before the Muses: An Anthology of Akkadian Literature
Robson, Eleanor. “Enheduanna: The World’s First Author” (British Museum, 2023)
The Metropolitan Museum of Art. “In the Light of Enheduanna” (Exhibition, 2022–2023)
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