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リオネル・メッシが理性を失った夜

 2022年12月9日、カタール・ルサイルスタジアム。世界中の視線が注がれる中、アルゼンチン代表のエース、リオネル・メッシは異様な熱を帯びていた。

普段は物静かで、感情をピッチ上に露わにすることを好まない男が、オランダベンチに向かって両手を耳に当てる挑発的なポーズを突きつけた。

試合終了後には、オランダの指揮官ルイ・ファン・ハールのもとへ歩み寄り、激しい口調で詰め寄る姿までもがカメラに捉えられている。

世界を震撼させたあの夜の激昂は、単なる試合中の興奮がもたらしたものではない。その背景には、アルゼンチンサッカー界が20年間にわたり抱え続けてきた、ファン・ハールという知将への深い怨念と因縁が存在していた。


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【1】ファン・ハールが放った「言葉の矢」とディ・マリアの怨嗟

https://www.footballista.jp/special/119839

 火種は、試合前の記者会見で撒かれていた。オランダを率いるファン・ハールは、メッシの戦術的な弱点を突く言葉を容赦なく放った。

「メッシは素晴らしいクリエイティブな選手だが、相手がボールを持っているときはプレーに参加せず、関与もしない。そこに我々のチャンスがある。」

この冷徹な分析は、アルゼンチン代表のプライドを激しく逆撫でした。

特にこの言葉に強い怒りを覚えたのが、メッシの長年の盟友であり、副主将格のアンヘル・ディ・マリアであった。ディ・マリアとファン・ハールの間には、修復不可能な亀裂が存在する。

https://www.goal.com/jp/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/manchester-united-di-maria-202109032330/1hz2ebiyog6is1fgmjehx3jshn

2014年、ディ・マリアは当時のクラブ史上最高額でマンチェスター・ユナイテッドに加入した。しかし、監督であったファン・ハールの厳格なシステム至上主義と冷遇により、その才能は徹底的に抑圧された。

後にディ・マリアは「ファン・ハールは私のキャリアの中で最悪の監督だ。自分がゴールやアシストを決めても、彼は私のミスばかりを指摘した」と痛烈に批判している。

ファン・ハールにとって、南米の天才たちが持つ即興性や自由なプレースタイルは、自らの完璧な戦術を乱すノイズに過ぎなかった。ディ・マリアの受けた屈辱を、メッシをはじめとするアルゼンチン代表の面々は忘れていなかった。

試合前、ファン・ハールが再び放った言葉の矢は、ディ・マリアの過去の怨嗟を呼び覚まし、アルゼンチンのロッカールームを戦闘モードへと変貌させる決定打となったのである。


【2】「トポ・ジージョ」に込められたリケルメの無念とメッシの復讐

本領を発揮しきれないまま、バルサを追われたリケルメ。(C) Getty Images

 後半30分、メッシがペナルティキックを冷静に沈め、アルゼンチンに2点のリードをもたらした直後だった。メッシは歓喜に沸く自軍サポーターのもとではなく、真っ直ぐにオランダのベンチへと歩を進めた。

そして、ファン・ハール監督の目の前に立ち止まると、両手を広げて耳の後ろに添えるポーズを突きつけた。

リケルメのパフォーマンスでオランダベンチを挑発したメッシ。 (C)Getty Images

イタリアの操り人形のキャラクターにちなんで「トポ・ジージョ」と呼ばれるこのジェスチャーには、アルゼンチンサッカー界における最も深い傷跡が刻まれていた。

このポーズの生みの親は、かつてアルゼンチンが誇った不世出の天才司令塔、フアン・ロマン・リケルメである。そして、若き日のメッシが熱烈に憧れ、背番号10を受け継いだ偉大なる先輩であった。

2002年、リケルメは鳴り物入りでバルセロナに加入したが、当時チームを率いていたのがファン・ハールだった。システムと規律を絶対視する指揮官は、ピッチ上で魔法を紡ぎ出す古典的な司令塔を毛嫌いした。

「お前は世界最高の選手だが、ボールを持った時だけだ。私のチームでは機能しない。」

ファン・ハールはメディアの前で公然とリケルメの獲得を「クラブの政治的判断」と切り捨て、本来のポジションではないサイドに追いやり、最終的にクラブから事実上追放した。

当時、バルセロナの下部組織に在籍していた少年時代のメッシは、憧れの存在が冷遇され、尊厳を傷つけられていく姿を間近で目撃していた。ファン・ハールという指揮官が持つ、南米の才能に対する冷酷な姿勢。それは、若きメッシの心に消えない不信感を植え付けた。

20年の歳月を経て、ワールドカップという最高峰の舞台で再び相まみえた知将に対し、メッシはリケルメと全く同じポーズを突きつけることで、アルゼンチンサッカーの誇りをかけた復讐を果たしたのである。


【3】ピッチ上の火薬庫と「失せろ、マヌケ」の真相

後半、アルゼンチンのアクーニャがオランダのドゥムフリースに足をかけられPKを獲得(https://www.yomiuri.co.jp/sports/soccer/worldcup/20221212-OYT1T50166/)

 試合は、2点リードしたアルゼンチンが逃げ切るかと思われた終盤、ファン・ハールが仕掛けたパワープレーによって急変する。長身FWヴェグホルストの投入によりオランダが同点に追いつき、戦いは延長、そしてPK戦へと突入した。

この過酷な展開の中で、ピッチは完全に理性を失った火薬庫と化していた。

主審アントニオ・マテウ・ラオスが提示したイエローカードは、ワールドカップ史上最多記録となる18枚。

レアンドロ・パレデスがオランダベンチに向けてボールを強振し、激怒したフィルジル・ファン・ダイクが体当たりでパレデスを突き飛ばすなど、両チームの憎悪は限界に達していた。

https://times.abema.tv/fifaworldcup/articles/-/10057974

PK戦の末に勝利を掴み取ったアルゼンチンだったが、歓喜の瞬間、選手たちは崩れ落ちるオランダの選手たちを真っ向から嘲笑した。

それは、試合中に繰り広げられた執拗な心理戦に対する報復であった。

本当の激震は、試合後のインタビューエリアで起きた。テレビカメラの前でマイクを向けられたメッシは、質問に答えようとした直後、画面の枠外にいる誰かを鋭い眼光で睨みつけた。

「何を見ているんだ、マヌケ。あっちへ行け」

普段のメッシからは想像もつかない、剥き出しの罵声。その視線の先にいたのが、オランダの同点劇の主役であったヴェグホルストだった。

のちに元アルゼンチン代表のセルヒオ・アグエロらが明かしたところによると、ヴェグホルストはPK戦の最中、キッカーに向かうアルゼンチンの選手たちに近づき、執拗に声をかけて精神を揺さぶろうとしていた。

試合終了後も、ユニフォーム交換を名目にメッシに近づこうとしたが、その威圧的な態度がメッシにはさらなる挑発と映った。

ピッチ裏の通路でも両チームのスタッフが揉み合う中、メッシの怒りはついに沸点へと達したのである。


参考文献

  • FIFA公式マッチレポート(2022年12月9日 オランダ対アルゼンチン)

  • TyC Sports メッシ独占インタビュー映像・書き起こし

  • アンヘル・ディ・マリア自伝および記者会見発言録

  • ルイ・ファン・ハール監督 試合前記者会見記録

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